第136話 誰のための炒飯か
翌朝、タクミは森の分館の中継鏡をのぞき込んでいた。
鏡の向こうは、召喚遺跡の薄暗い調理場だった。エスペルが鍋を傾ける。
「待って、そこまで返さなくていいです」
タクミの声と同時に、米が三粒、鍋の外へ飛んだ。
「……三粒で済んだ」
「次は、火にかけたまま混ぜてください」
この日は資料を照らし合わせるため、分館の中継鏡を長く借りていた。
互いの記録を写したところで、朝食の時間を挟んでいる。
遺跡に残っていた米と、持参した干し肉。卵はない。
それでも、エスペルは炒飯を作りたがった。
「前に食ったやつと、同じにしなくてもいいのか?」
「材料が違いますし。食べてみて、決めましょう」
タクミの《調理》が鏡を通るわけではない。
火を見るのも、塩を入れるのも、向こうにいるエスペル自身だった。
味見の一口で、エスペルは眉を寄せた。
「塩、少ないな」
塩へ伸ばした手を、横からノエルが止めた。彼女も一口、味を確かめる。
「私には、このくらいでいい」
エスペルは塩を置き、炒飯を四枚の皿へ取り分けた。
自分の分にだけ、少し足す。
皿を受け取ったトウマが、その様子を眺めていた。
「故郷にも、こういう料理があるのか」
「ああ。こっちに来てからは、タクミに作ってもらった」
エスペルは自分の炒飯をもう一口食べた。
「俺が作ると、だいぶ違うな」
「確かに」
イリスが即答したので、ノエルが咳払いをした。
タクミは笑い、エスペルも笑った。
焦げた米が、鍋底へ薄く残っていた。エスペルは匙で剥がそうとして、力を緩める。
「これ、あとで湯を入れればいいのか?」
「はい。無理に削らなくて大丈夫です」
ノエルは自分の皿を食べ終え、鍋のそばへ水を置いた。
鏡の端では、トウマが炒飯を口へ運んでいた。
「帰ったら、また作りますか」
タクミが訊くと、エスペルは顔を上げた。
「どっちへ?」
訊き返されて、タクミは少し詰まった。
「……まず、帝都で」
「作るよ。次は卵も入れる」
エスペルは配合を写した紙の下へ、『卵』と書き足した。
◇◇◇
食事が済むと、鏡の両側で記録を広げ直した。
タクミの隣には、オルガも席を寄せていた。
トウマが鏡へ向けたのは、到着後に測ったエスペルの身体と魂の状態だった。
「帰るためでも、魂だけを引き離せば、身体との結びつきを傷つける恐れがある。昔の記憶をたどるだけでは、安全な帰還にはならない」
エスペルは故郷の名を書いた紙を見た。今度は筆を取らず、トウマの話を待った。
タクミは手元の皇帝救命の記録を開いた。昨夜、エスペルたちが相談した内容も写してある。
「陛下の身体と魂も、傷つけずに、魔力を送る経路だけを外したいんです」
「そのために、まず術式の働きを確かめる」
トウマに促され、オルガが帝都から届いた二つの印の写しを鏡へ向けた。
ミアの母の書き込みを手がかりに、調べてきた印だった。
よく似た形なのに、古い記録には『保つ』と『受け入れ』という違う説明が残っている。
「この二つが、それぞれ何をしているかを調べたい。記録の言葉だけで、外してよい方を決めるわけにはいかない」
トウマはイリスへ向き直った。
「君の写した召喚陣を。呼び寄せたものを受け入れる側の術式が要る」
イリスが該当する頁を開く。トウマは帝都の印の写しと並べ、器具を置く場所を空けた。
「まず、器具で印の働きを確かめよう」
エスペルは自分の空いた皿を持ち上げ、実験台から離れた。
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