↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第8章 旅する料理人と、約束の帰り道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
135/143

第135話 戻れなかった人の線

 帝都の異変から十二日目の夕方。ミアたちが歌の記録を調べていた頃、エスペルたちは魂術研究者を訪ね、召喚遺跡へ着いた。


 床には、召喚陣に近づきすぎないための白線が引かれていた。エスペルは、その手前で足を止めた。


「ここから先に行けば、帰れるのか?」


「先へ行けば、帰れなくなることもある」


 答えた男の左目は、布で覆われていた。


 イリスが一歩進み、頭を下げる。


「トウマ先生」


 男は彼女を見てから、持ってきた機材へ視線を移した。


「実験を止めて退避するための機材もあるか」


「はい。実験に使うものとは別に、用意しました」


 その返事で、白線の外側にある研究用の卓へ案内された。


 東方ヤシノ出身の魂術研究者トウマ・カガリは、いまは大陸内の召喚遺跡を管理していた。


 海を渡る必要はなかったが、最後の道は荷車を降りて歩かなければならなかった。


 ノエルが水袋を置き、崩れた壁から離れた場所を確かめる。


「ここを退避場所にします」


「それでいい」


 トウマは実験台に紙を広げた。召喚された場所と帰還先の位置を記録する図で、二つの記入欄があった。


『呼ばれた場所』と『戻る先』。


 エスペルは戻る先の空欄へ筆を伸ばしかけた。故郷の町の名なら、書ける。最初の一画を置く前に、筆先が止まった。


「思い出せば、埋まる?」


 トウマは、布に覆われた自分の左目へ触れた。


「私は、そう考えた。強く覚えていれば、座標になると」


「先生自身が、帰ろうとしたのか?」


「違う。私が帰そうとした人だ。私は目を、相手は魂を傷つけた」


 エスペルの視線が、トウマの左目に止まった。


「……その目、今も痛むのか?」


「今は、痛まない」


 エスペルはそれ以上、傷のことを尋ねなかった。


 イリスは視線を落とした。封印された研究の記録を、今は、その失敗で傷ついた本人から聞いていた。


 トウマは記録帳を開いた。最初の何頁かは綺麗だった。途中から、字が大きく傾いている。


「景色は似ていても、時が違えば同じ場所ではない。帰りたい気持ちと、安全に帰れる経路は、別に調べるものだ」


 エスペルは筆を戻した。


「向こうで、俺、まだ行方不明なのかな」


 トウマは召喚の日付を確かめた。


「こちらの経過は分かる。向こうで何日過ぎたかは、まだ測れていない」


 机へ置いたエスペルの手が、動かなくなった。


「分からないのは、分かった。でも、帰りたい」


 トウマは空欄の脇に『未測定』と書いた。


 エスペルは床の白線から離れる方へ椅子を引いた。


 トウマが、わずかに眉を動かす。


「待つのか」


「座って聞く。立ってると、足が出そうだから」


 冗談のつもりだった。思ったほど軽い声にはならなかった。


 イリスが隣へ座り、研究帳の最初の頁を開いた。


「実験では、どこまで確かめられて、どこで相手を傷つけたのか。順に教えてください」


 トウマは長く黙った後、途中の頁を折り返した。


 イリスがその頁の見出しを、自分の帳面へ写した。


◇◇◇


 夕食は、三人が運んだ干し肉と、現地の固い芋を煮たものだった。


 トウマは研究台で食べようとしたが、ノエルが椀を渡さず、椅子を指した。


「こぼすと、記録が読めなくなります」


 もっともな理由だったので、男は座った。


 エスペルは芋を崩した。真ん中だけ、匙が止まる。


「次は、小さく切る。これ、まだ固い」


 ノエルが頷き、固い芋を鍋へ戻した。木杓子で小さく割り、もう少し煮る。


 エスペルは椀を置き、トウマを見た。


「俺が帰る話のほかに、もう一つ、相談したいことがある。皇帝を助けたいんだ」


 エスペルは、シィルヴィアが死の直前に自分を固定したことを話した。


 命はつながっている。けれど、固定されたままでは傷を治せず、タクミの料理も食べてもらえない。


 陛下へ魔力を送る経路は止まらず、届かなかった魔力が流路に溜まっていることも伝えた。


「魔力が入ってくる道を外したい。でも、陛下まで傷つけたら意味がない」


 イリスが、身体の状態と魔力の流入を記した観測記録を開いた。


「経路を切り離すとき、陛下の身体と魂の結びつきにも影響が出るのか。先生に調べていただきたいのは、そこです」


 トウマは匙を置き、記録を読み始めた。


 誰も先を促さなかった。ノエルが鍋をかき混ぜる音だけがした。


 やがて、トウマは身体の状態を記した頁を指で押さえた。


「この記録を見る限り、魂は身体と結びついている。まず、その結びつきを守らなければならない」


 次に、魔力の流入を記した頁へ栞を挟んだ。


「外すべき経路と、残すべき結びつきが、術式の中でどう分かれているかを調べよう。安全に切り離せるかは、それを確かめてからだ」


 イリスは新しい紙に『皇帝救命』と書き、確認する内容を記した。


 その隣には、エスペルの帰還先を記す紙があった。『戻る先』は、まだ空欄だった。


 エスペルは、二枚の紙を見比べた。


「陛下を助けたい。でも、俺が帰る話も、置いていきたくない」


「二つは、別々に調べよう。君の帰還も、進める」


 トウマの返事を聞いてから、イリスは元の図に『エスペルの帰還』と書き添えた。


 二枚の紙は、並べたままにした。


 ノエルが、煮直した芋をエスペルの椀へ戻した。今度は、匙で押すと崩れる。


 エスペルは一口分を冷まして口へ運んだ。


 それから筆を取り、『戻る先』の空欄の横へ、故郷の名を小さく書き添えた。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。