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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第8章 旅する料理人と、約束の帰り道

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第133話 匙を渡した手

 翌朝、匙の来歴について各地の聖堂へ頼んでいた調査の返答が届いた。


 照会はタクミたちが旅に出る時に、匙の特徴と、ミアの母が持っていた品であることを伝えて出してあった。


 届いた記録の中に、地方聖堂が保管していた埋葬簿の、認証付きの写しがあった。前日に食器の台帳で見つけた侍女の名が、そこにも記されていた。


 イレーネは受け取りの印を押し、机の上を空けた。ユリウスが紙を広げる。


 運んできた使者の外套は濡れていた。朝から、北の道で雨が降っているという。


「本人だと、確かめられますか」


「名だけではなく、年齢、勤め先、それに食器の受領記録が一致します」


 亡くなったのは、何年も前だった。


 都を離れた後、病を得て、地方の療養所で最期を迎えている。


 イレーネは椅子へ腰を下ろした。


 まだ会えるかもしれない。その可能性を、誰も口には出していなかった。


 出していなくても、なくなれば分かった。


 イレーネは使者のために椅子を引いた。濡れた外套を掛ける場所を空け、温かい水を頼む。


 知らせを持ってきた人は、それで初めて手袋を外した。


「遺品の照会は、続けますか」


 ユリウスが尋ねた。


「残された方が答えられる範囲で。急がせないでください」


 すぐに返事が欲しい案件だった。


 遺品を守ってきた人にも、手放すかどうかを考える時間が要る。


 イレーネは濡れた受領票を乾いた紙の上へ移した。


「ミアさんには、私から話します」


 ユリウスは頷き、もう一枚を差し出した。


 療養所が保管していた、預かり物の受け渡し記録だった。あの侍女が、研究のために訪れていたミアの母へ、匙を直接渡したと記されていた。


 その時の侍女の言葉も、添えられている。


『使える子がいるなら、その子に』


 そこに、王位も血筋も書かれていない。


 受け取った母は、物品の受領欄に署名していた。ミアの持ち物になったのは、それより後のことだった。


 昼前、ミアは話を聞いて、椅子から半分腰を上げた。


「どこ?」


 イレーネは地名を伝えた。


「遠い?」


 頷く前に、ミアは座り直した。遠いだけなら、そこまで行けばよかった。膝の上の匙を、両手で持ち替える。


「……ありがとうって、言えないの?」


「直接は、言えません」


 ミアの指が、三本の溝をなぞった。


「お母さんは、言ったかな」


「会って渡してもらった記録があります。どんな話をしたかまでは、残っていません」


「お母さんにも、聞けない」


 イレーネは紙を持たずに、隣の椅子へ移った。


 ミアが袖を掴んだ。指が離れるまで、昼の鐘を二人で聞いた。


 食卓には、調べるための紙を持ち込まなかった。ミアの前には、白い豆と肉の煮込みがよそわれていた。


 いつもの木の匙で白い豆を一つ掬う。ミアは口へ運ばず、椀へ戻した。柄の端に残った煮汁を、指で拭く。


「しまっておかなくていい?」


 ガレスが鍋を置いた。


「使ったら、減っちゃう?」


 溝は、長く握られたところだけ浅くなっている。


 ガレスは自分の木杓子を上げた。縁が、片側だけ丸かった。


「洗って、乾かせばいい。壊れそうなら直す」


「直せる?」


「割れる前に持ってこい」


 ミアはもう一度豆を掬った。熱いので息を吹きかける。今度は、口へ入れた。


「お母さんも、こういうの作った」


 半分噛んだところで、声が止まった。ガレスは木杓子を持つ手を止め、待った。


「でも、こんなにお肉、入ってなかった」


「今日は入ってる。食え」


 笑った拍子に、ミアの頬へ涙が落ちた。イレーネが布を渡す。片方の手で押さえ、もう片方では匙を持っていた。


 椀が空になるまで、ガレスは鍋を下げなかった。


 洗い場では、ミアが柄の溝を指で洗った。


「明日の朝、取れるところに置いて」


 ルッツは乾いた布を広げた。


「ここで乾かしたら、いつもの場所へ戻します」


 食後、イレーネは侍女の記録を、事件の資料とは別の薄い綴りにも収めた。


 匙を職人へ頼んだ日と、療養所での勤め先も、同じ綴りに写した。


 洗い場から戻ってきたミアが、イレーネの隣の椅子に座った。ユリウスは、埋葬簿を調べた聖堂からの追記を読んでいた。


「彼女は療養所で、子供に歌を教えていたそうです」


 譜面はない。けれど、書き留められた最初の言葉を聞いて、ミアが顔を上げた。


「それ、知ってる」


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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