第131話 壊す前に止まれること
その翌朝、最初の花は折れた。
亀裂のあった留め具は新しいものに替え、動きを確かめてから始めた実験だった。
タクミが息を詰める横で、リエナは手を止めた。オルガが固定を戻すよう求める。
動き始めた花の先が、重みで傾いていた。まだ固定された茎は動かず、その境目で折れている。
固定し直しても、切れた茎はつながらなかった。
「戻せるのは、今の状態を保つところまでだ」
オルガは折れた場所を紙へ写した。
「起きた傷を、なかったことにはできない」
実験に使ったのは、すでに切り花にされた枝だった。
保存器具の小さな固定を外しただけで、この結果になる。シィルヴィアの傷なら、もっと危ない。
タクミは机の縁を掴んだまま、記録から写した解除手順の図を見た。
「一本ずつなら、外せると」
「この花には、境目を支えるものが足りなかった」
オルガは、折れた位置へ印をつけた。
花の細い茎に、彼女の胸の傷が重なった。誰も次の留め具に触れていないのを見てから、ようやく手を離した。
リエナは折れた花を器具から外し、実験台の端へ置いた。
二本目には細い添え木を添え、これから固定を解く部分と、まだ解かない部分を別々に支えた。
オルガが、解除する順番の横に、支える場所を書き足す。
リディは器具から伸びた紐を握った。引けば固定が戻り、花の動きを止められる。
治す方法を探す紙が、止めるための注意で埋まっていく。
タクミは歯を噛み合わせた。早く次へ進める結果が欲しかった。
オルガが手順を読み上げ、リエナが留め具を一つ外す。
花の先がわずかに傾いた。添え木との間で、茎が曲がり始める。
「ここまで」
リディが言って紐を引いた。固定が戻り、茎の曲がりが止まった。
今度は折れなかった。
タクミは、まだ曲がった茎から目を離せなかった。
「間に合った」
オルガが時計の示す時刻を記録した。
「裂ける前に保てた。この曲がりと時刻を残してくれ」
リエナは花を固定したまま、添え木の下へ細い支えを足した。器具の位置を確かめ、同じ箇所の固定をもう一度、ゆっくり解いていく。
リディの手は、紐から離れない。
薄く色をつけた水が、茎の中を少しずつ上がった。曲がりは増えなかった。
「吸っています」
タクミが言うと、リエナも水面を覗いた。
「止めた後でも、支えを直して、ここから続けられました」
オルガは、最初に折れた花と、二本目を並べた。新しい図には、停止の印から再開へ戻る矢印が一本増えた。
茎が曲がった幅と、固定を戻した時刻、支えを変えた位置を、帝都の治療班へ送る。花の器具は森へ残し、人の血管や呼吸に合わせた支えは向こうで設計してもらう。
タクミは実験台を片づけ、鍋の方へ回った。
昼を過ぎても、誰も食べていなかった。
昨日の茸汁に豆を足し、パンを焼く。タクミ自身も同じ皿を取る。
「僕に、できることは」
言いかけた時、リディの手が止まった。
「今、やっている」
彼女は汁を一口飲んだ。
「さっき、目盛りが二重に見えかけた。休憩を入れて正解だ」
リエナが慌てて時計を見る。
オルガはパンを置き、午後の予定から一つ実験を消した。
タクミはパンを汁へ浸した。実験台の端では、二本目の花がまだ形を保っていた。
◇ ◇ ◇
夕方の鏡に、イレーネが映った。
「治療班は図を受け取りました。こちらからも、一枚見ていただきたいものが」
小さな紙が鏡の前に出される。
二つの印だった。よく似ているのに、下の一画だけ違う。
「ミアさんのお母様が書き残した印です。森の資料にも、同じ形はありませんか」
オルガが、森の資料から写した輪の図を引き寄せた。図に添えられた印を、鏡の向こうの紙と見比べる。
帝都から示された印の一つと、森の資料の印。同じ位置で、線が途切れていた。
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また次の一皿で、お会いしましょう。




