第130話 いま食べたいもの
翌朝、器具を点検すると、留め具の一つに細い亀裂が見つかった。
代わりを作る間、実験台には布が掛けてある。オルガは昨日調べた実験記録を整理し始めた。
厨房へ戻ると、リエナが果実を煮るための古い配合表を出してきた。砂糖が入っていなかった。
「これが、昔のシラスの好みです」
タクミは配合表の横に、ヴェラから朝届いた伝言を置く。
『酸味は控えめ。今日は少し甘いものを希望』
タクミは二枚を見比べた。
「今日は、こちらにします」
林檎に似た森の実を薄く切る。リエナが種類を確かめ、渋い芯の取り方を教えてくれた。少量の蜜と一緒に弱火へかけると、固かった実が縁から透き通る。
帝都へ持ち帰る料理ではない。療養棟へは作り方を伝え、向こうの材料で試してもらう。
『今日の希望に合わせて、酸味を控え、少し蜜を加えました。そちらの材料で試して、食べられたか、甘さはどうだったかを知らせてください』
ヴェラ宛ての紙にそう書くと、オルガが隣へ一行足した。
『好みの変化だけで記憶の回復は判断せず、食べた量と本人の言葉も記録する』
タクミは読み返して、頷いた。
◇ ◇ ◇
昼は茸と根菜の平焼きにした。
茸の戻し汁で粉を溶き、刻んだ茸と細く切った根菜を混ぜる。縁が乾くまで触らず、薄い焼き色がついたところで返した。
戻し汁の一部は鍋へ取り分け、茸を煮て汁物も用意した。
オルガが果実の配合表を読み続けていると、リディはその端へ皿を置いた。
「こっちは、今日使える」
それから、端の欠けた一枚を取る。
「失敗か」
「返すのが少し早かっただけです。味は」
「なら、これでいい」
齧る音が、思ったより大きかった。
中は柔らかく、端だけが軽い。
タクミは次の一枚を眺めた。
シィルヴィアなら、端の方を先に齧るだろうか。真ん中を切って、熱いのを我慢するだろうか。
「二枚、包む?」
リエナに尋ねられ、手が止まる。
「……いいえ。これは、ここで食べます」
遠くへ持ち歩けば、湿ってしまう。
帰ってから焼けばいい。
自分の皿へ置いた。熱いところを齧って、少しだけ舌を引く。
リディが無言で水を寄せた。
◇ ◇ ◇
夕方、中継所からヴェラの返事が届いた。
シラスは甘い煮物を半分食べ、残りは明日のために取っておきたいと言ったそうだ。ヴェラは残りを取っておく代わりに、明日また作ると答えたという。
『昔を聞かずに食べられたせいか、今日は途中で手が止まりませんでした』
タクミは返事を畳み、オルガへ渡した。
「明日は甘すぎると言われたら、どうしましょう」
「その時は、次の鍋で変える」
タクミは頷いた。オルガが読み終えるのを待ち、返事を今朝の果実の配合表へ留めた。
リエナは洗った皿を拭き終えると、古い配合表へ目を落とした。
「同じように残すことばかり、考えていました」
「これも残ってると助かります。最初に、どれくらい入れるか分かるので」
タクミは古い配合表の隣へ、蜜の量を書き留めた今日の分を置いた。
リエナは二枚をまとめず、日付を別々に書いた。
片づけが終わる頃、オルガが新しい留め具を持ってきた。リエナは亀裂のある古いものも、その隣へ置いた。
「明日は、この違いも見てから始めましょう」
タクミは、包まずに食べた焼き物の皿を重ねた。
彼女が起きた後にも作れるように、平焼きの配合を書いた紙を自分の荷物へしまった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
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また次の一皿で、お会いしましょう。




