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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第8章 旅する料理人と、約束の帰り道

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第129話 記録は返事をしない

 閲覧室の卓上で、オルガがシラスの目録を開いた。


「陛下の固定を、安全に解く手掛かりを探す。外から魔力を送る道と、身体を保つ力。シラスに言われた通り、分けて調べよう」


 リエナが木の薄板を卓上へ置く。若いシラスの姿が映り、声が流れた。


『もう一度、初めから説明します』


 タクミは返事をしかけて、飲み込んだ。映った姿は、こちらを見ているようで、見ていなかった。


「これは、昔の記憶を写したものです。ご本人の魂が入っているわけではありません。質問しても、新しい返事はできません」


 リエナは再生を止め、薄板の裏にある日付と名前を見せた。


 タクミは目録の一行を指した。


『保存対象本人による、保存中止の申し出』


「これは、固定を解いた人の記録ですか」


 リエナはその項目に添えられた説明を確かめた。


「記憶を預けた方からの申し出です。身体の固定を解く話ではありません」


 シラスの目録には、研究資料と一緒に、記憶の保管に関する文書も引用されていた。


 この人は、自分の若い姿だけを家族に見せ続けてほしくない、と書いていた。公開を許された一節を、リエナが読み上げる。


『今日の私に、今日の話をしてください』


 タクミは、療養棟の窓際で匙を持っていたシラスを思い出した。


 薄板に映った若い彼は、ずっと速く、淀みなく話す。それでも、今日の好みを聞きたいのは、窓辺にいた方だった。


 目録から指を離し、研究記録の方へ椅子を寄せた。


 まず確かめたのは、魔力の流れだった。リエナが、器の実験より古い土地の観測記録を開く。


 根へ集まった光が枝へ上がり、葉から土へ返っていく。添えられた図には、川や木、人の家を巡る道が描かれていた。


 オルガが器制度の図を隣へ置く。こちらでは、太い線が一人を示す円へ集まっていた。


「初めから、一人が受ける形だったんじゃない」


「ああ。だが、なぜ変えたかは、この記録だけでは分からない」


 現在の流路図には、土地へ戻る細い線と、施設へ向かう線がある。リエナはその継ぎ目を指した。


「森で逆流を測ったのは、ここです」


 帝都から届いた報告をもとに、オルガが付けた異常の印も、そこにあった。


 外から送る道は、森の異常とも関わっている。オルガは照合した箇所を写し、帝都へ送る紙に挟んだ。


 器へ集める仕組みができた経緯も調べるため、女神が現れた頃の資料を尋ねた。森にあるのは観測の数字だけで、姿を描いた記録は王国の書庫にあるという。そちらの開示は、帝都経由で頼むことになった。


 オルガは流路図を脇へ寄せ、シィルヴィアの固定の観測値を手前へ置いた。


「次は、身体を保つ方だ。固定を解いた実験を見たい」


 タクミは顔を上げた。ここから、起こす手順が見つかるかもしれない。


 リエナが薄板を替え、花の状態を固定した実験を再生する。


 映った若いシラスは、萎れる前の形で止めた花を示していた。


 その隣に、新しく採った花が置かれる。そちらだけが、水を吸って少しずつ開いた。


『変化を止めることと、生き続けることは、同じではありません』


 花の茎には、小さな留め具が付いていた。実験者の手がそこへ伸びたところで、映像が途切れる。


 白い区間が長く続いた。公開を許されていない部分だった。


「この後、どうやって外したんですか」


 タクミはシラスの同意書を出した。


「本人が、見ていいと」


「この記録集は、複数の人から預かった記憶を合わせたものです。ここから先は、シラスさん以外の方が写した記憶になります」


 リエナは同意書の名と、目録の名を順に示した。


「その方の許可は、いただいていません。まず、今どこにいらっしゃるかを調べます」


「でも、あの人は」


 思ったより大きな声になった。


 リディが顔を上げる。叱りはしなかった。タクミが次を言うまで、そのまま待った。


 胸元の手紙へ指が触れた。シィルヴィアが書かなかった続きまで、ここで読ませてもらうような気がした。


 手の中で、同意書の角だけが折れていた。


「……許可を頼めるか、調べてください」


 折れた角を伸ばす。白い面から目を離すには、もう一度息を吐く必要があった。


「待っている間に、公開されたところをお願いします」


 オルガが一枚の写しを手前へ引いた。


「映像が抜けた間に、留め具の位置が変わっている。どう外したかを推測で埋めてはいけない。公開された別の実験を探そう」


 タクミは、畳んだ同意書を机の端へ置いた。


 リエナが目録を繰り、花の固定と解除を繰り返した実験を探す。タクミも、公開されている記録の番号を書き留めた。


◇ ◇ ◇


 夕方、公開された実験の中から、解除の手順を最後まで見られるものが二つ見つかった。


 オルガが両方の映像を見比べる。


「ここだ。花の固定を解く時、全体を一度に動かしていない」


 花の茎に付けられた三つの留め具が、一本ずつ外されていた。


 順番を変えた別の花は、途中で折れている。


 タクミは顔を上げた。


「傷のある人でも、同じようにできますか」


「人でできるかは、まだ分からない。傷を支える方法も要る。だが、固定を部分ごとに解けるなら、陛下を起こす手順を考える足掛かりになる」


 リエナは記録を消し、戸棚の鍵を取った。


「当時の実験器具が残っています。明日は、留め具の傷みを調べましょう。動かすのは、その後に」



最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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