第128話 六十二日後の予約
シラスの研究記録を閲覧するため、タクミたちはエルフの森の東端にある分館を訪ねた。
門番に渡された閲覧予約の木札には、六十二日後の日付が刻まれていた。
「もっと早くは、なりませんか」
タクミが尋ねると、門番は札を裏返して確かめた。
「次の開架日だ。例年より早い」
旅に出て六日目になった。帝都で異変が起きた日から数えると、八日目になる。
魔導国北西の街道では、橋を一つ迂回した。
車道が終わる宿に馬車を預け、門までは荷馬と一緒に歩いてきた。
オルガが同意書と紹介状を出す。門番が呼びに行っている間、タクミは袋から干したパンを取り出した。
リディが半分を受け取る。
「食べて待つ」
「まだ、昼には少し」
「待ち時間は短くならない。空腹になる時間だけは進む」
正しかったので、タクミも齧った。
門の向こうから来た女性は、二人が食べ終えるのを待った。
若く見えた。長い耳の下で、木の実の耳飾りが揺れる。
「リエナです。分館を預かっています」
差し出された手には、細かい切り傷があった。
「シラスが来たのは、つい先日だと思っていたのですが」
「何年前だ」
「三十一年ほど」
オルガは一度だけ目を閉じた。
「彼は今、六十三歳だ」
リエナの視線が同意書の署名へ落ちた。昔よりずいぶん乱れた字らしかった。
タクミは、今朝届いた帝都の報告を伝えた。
受け石の一つを交換したこと。南の病院が、まだ元の建物へ戻れないこと。そして、食べられない人を待たせていること。
「……では、この予約では間に合わないのですね」
リエナは木札の日付を親指でなぞった。
「森でも、困っている方は待っています。先に申し出た人を、何も聞かずに後へ回すことはできません」
リディが帝国の封書を持ち上げかけ、下ろした。
タクミは空になったパンの包みを畳んだ。
「必要な記録だけでも。シラスさんが教えてくれた場所があります」
オルガが目録を開き、必要な三つの表題へ印をつけた。
リエナは木札を懐へしまった。
「緊急閲覧を申請します。ただし、本人の許可のない記録は見せられません。森の道も、指定したところだけを通ってください」
足元に白い紐が張られていた。
紐の外で、一本の木が葉を落とす。落ちた葉は地面へ着く前に消え、同じ枝からまた落ちた。
「あれは?」
「古い景色が、今の景色に重なっています。根の奥が乱れているのです」
門番が落葉の下へ行こうとした旅人を止めた。
森も、安全な避難先ではなかった。
リエナが、落葉のそばに置かれた小さな杭を確かめる。
「今までは、根が受けた魔力を周りへ返していました。ここ数日は、外へ返せず、根元へ押し戻されます」
「帝都の異常と、つながっているんですか」
「調べています。ここだけを塞ぐと、隣の木に同じことが起きたので」
タクミは白い紐から足を引いた。
◇ ◇ ◇
閲覧申請の返事を待つ間、リエナに案内されて厨房を借りた。
リエナが乾いた茸の瓶を渡す。
「人が食べられる種類です。戻し汁は捨てないで」
タクミは茸を湯で戻し、その間に鍋へ水を張って火にかけた。リエナは戸口で待っている。
「どのくらいで?」
「これなら、半刻もかかりません」
「そう」
戻した茸を刻み、戻し汁ごと鍋へ入れる。
しばらくすると、リエナが鍋を覗いた。
タクミは笑うのを堪えて、蓋をずらした。
「待つには、長いですか」
リエナは湯気の上で瞬きをした。
「……ええ。匂いがすると、少し」
茸が柔らかくなると、塩で味を整え、四人分の椀によそった。
食べ終わる前に、閲覧許可が届いた。
◇ ◇ ◇
リエナに案内されて閲覧室へ入ると、卓上に三つの記録が用意されていた。
ただし、記録には赤い紐が巻かれていた。
「本人が公開を望まなかった部分があります。そこを飛ばすと、肝心な場面が抜けるかもしれません」
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