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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第8章 旅する料理人と、約束の帰り道

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第126話 椅子へ戻った人

 帝都からの返事は、約束の時刻を過ぎても来なかった。


 通信鏡には、空の机だけが映っている。


 タクミは配膳の盆を持ったまま立っていた。


「置け」


 リディが机を指す。


 盆の上で、薄い汁が揺れていた。


 今朝の試験では、皇城地下へ流れ込む経路の一つを、旧離宮側の受け石へ逃がしている。


 昨夜見た断面図には、石に刻まれた道があった。槽のような空洞はなく、その道を通して先の放流路へ渡す。


 離宮の外へ続く三本の放流路は、一晩かけて人が歩いて確かめたという。周辺の退避も済んでいた。


 それでも、返事はない。


 道を確かめた人たちは、朝の食事を取れただろうか。


 盆を置く。椀の縁へこぼれた汁を拭く。


 鏡から目を離しても、返事が届かなくなるわけではない。


 それでも、布を絞る間にも目が戻った。


 鏡の中を誰かが走った。


 紙が落ちる。


「繋がっていますか」


 セレスティアだった。


 タクミが身を乗り出す。


「どうなりました」


「一組目の受け石への流入は止めました。表面に亀裂が出たので」


 オルガが椅子を寄せる。


「流量は」


「安全に受けられる量が、古い記録より少なかったんです。流入を絞って、残る二組へ分け直しています。出口の値は、上がっていません」


 セレスティアが横を見る。


 しばらくして、向こうから声が来た。


「下がった。中央の針、二目盛り」


 タクミはすぐには分からなかった。


 オルガが時刻を書き留める。


「そのまま観測を。下がっただけで弁を広げないでくれ」


 鏡の向こうで、イレーネが男の肩を叩いた。


 術師だった。額に貼りついた髪が、濡れたまま動かない。


「交代です」


「まだ手を離せない」


「次が持っています」


 男は後ろを振り返った。


 若い術師が頷いている。


 ゆっくりと手が下りた。


 男は三歩ほど歩き、椅子へ座った。


 その前へ、ガレスが椀を置く。


「匙は持てるか」


 男は一度握り損ねた。


 ガレスは大きい匙を引き、小さな木の匙へ替える。


 タクミは、その手元を見ていた。


 煮込みの湯気が鏡を少し曇らせる。男が食べ、額の汗を袖で拭いた。


「……寝ても?」


「寝ろ」


 それを聞いて、タクミはようやく息を吐いた。


 オルガの記録紙に、細い線が一本増える。


「もう七日目です。今夜も、保ちますか」


 タクミが聞くと、オルガは書き留めた値を指した。


「今の処理量が続けば、今夜までに流れ込む分は逃がせる。だが、流れ込む量はまだ増えている。観測は続ける」


 イレーネは、連絡を待つのではなく、警戒値を越えた時点で避難を進めると答えた。


 受け石は消耗する。交換用の石も、運ぶ人も必要だった。


 クラウスの声が鏡の外からした。


「必要量を出してください。国境で止まっている物資に含まれているか、確認します」


 タクミは自分の盆へ目を下ろした。


 こちらの汁は、すっかり冷めている。


「温めます」


「私の分も頼む」


 オルガが記録を閉じた。


 リディは先に椅子へ座っていた。


 小鍋へ汁を戻し、火にかける。


 指先の震えが収まるまで、杓子をゆっくり動かした。


 湯気が戻った汁を三人の椀へ注ぎ、タクミも椅子に座った。


 食べ終えた時、ヴェラが療養棟から来た。


「シラスさんが、呼んでいます」


「話せるんですか」


「長くは。でも、今朝は同じ言葉ばかりではありません」


 彼女はオルガを見た。


「皇帝を起こすな、と」


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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