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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第8章 旅する料理人と、約束の帰り道

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第125話 閉じない逃がし口

 空の槽は、観測所の裏にあった。


 翌朝、タクミたちは係に案内され、蓋の割れた貯蔵槽を見下ろしていた。水は入っていない。内壁にだけ、銀色の線が何重にも巡っている。


「魔力を一時的に受ける槽です。以前は、炉の余りをこちらへ逃がしていました」


 ヴェラが図面を広げた。外から調査室の受け取り設備へ続く線から、西の槽へ赤い線が枝分かれしている。分岐には閉鎖の印があった。


「昨年から、調査室へ優先して送るようになったんです」


「受け取り設備が限界に達したら?」


 オルガが聞く。


「自動で止まるはずでした」


 炉を扱う技師が、遮断板の焼けた裏を見せた。


 黒い筋が何本も残っている。


「止めた後も、外から押されました」


 タクミは黙って聞いていた。


 オルガはシラスの測定値と、帝都の記録を重ねた。


「流入を止めるだけでは、手前に溜まる。古い槽へ逃がす方が先だったんだ」


「今から開けるのですか」


「一度には開けない。人のいない試験路を使う」


 リディが周囲の退避を確認した。


 技師たちは遮断板を二重に置き、槽が満ちる前に止める位置へ赤い印を付ける。


「この先で、別の土地へ押しつけることには?」


 リディが放流路の末端を指した。


 技師は施設の外まで続く断面図を広げる。


「昔、炉を動かしていた時の排出量を下回る範囲です。それを越えれば止めます。川や街の受け口へ、直接つなぐ管ではありません」


 オルガはその欄へ線を引き、帝都宛ての紙にも『放流先の確認』と書き足した。


 タクミたちは、槽を見渡せる観測室へ移った。


 最初の弁が開いた。


 銀の線を、淡い光が走った。


 中央の針が下がる。


 同時に、槽の針が上がった。


「止めろ」


 オルガの声で、技師が弁を戻した。赤い印までは届いていない。


 何も爆ぜなかった。


 中央で減った分を、今は槽が抱えている。


「溜まった分は?」


 技師が断面図の底を指した。槽から延びる細い溝は、建物の外でいくつもの放流路に分かれていた。


「ここから、土地へ戻せる量まで絞って流します」


「その出口まで、今も通るか」


「末端の班が見ています」


 オルガは返答を待った。中央の針が下がっただけでは、次の弁を開けなかった。


 末端から、放流路に詰まりはないと知らせが届いた。


 もう一度だけ試す。


 今度は受ける槽を切り替え、先に使った槽から少しずつ流した。


 二つ目の槽の針が上がり、先に使った槽の針はゆっくり下がった。


 先に使った槽の外壁で、光が薄くなる。窓の外で、末端に立つ技師が白い札を上げた。


 放流先の針も、赤い線から離れたままだった。


「受けて、返せている」


 ヴェラが小さく言った。


「今の量ならな」


 オルガは時刻の横へ、弁を開いた幅を書き込む。


「流れ込む方だけ増やすな」


 技師は古い取っ手に触れ、指へついた銀色の粉を見た。内壁の線も、使えば削れていく。


 タクミは鍋の蓋をずらす時の手を思い出した。向きを誤れば、そばの人へ蒸気が当たる。


 技師の一人が壁へ手をついた。タクミは水を差し出す。


「飲めますか」


「まだ、次が」


「次は俺が見る」


 別の技師が椅子を引いた。


 タクミは用意していた平焼きパンを割った。冷めても裂けやすいように薄く焼き、塩を少しだけ利かせてある。


 技師は一口食べ、長く息を吐いた。


「戻らなくていいのか」


「今は、いいそうです」


 オルガが通信鏡を机へ運んだ。


 向こうは帝都。エレナと、封印を見ている術師が待っていた。


「同じ装置はあるか」


 向こうの術師が図面を確認する。


「空の槽はありません。旧離宮への補助路に、使っていない受け石が三組あります」


「人のいる部屋へ流すな。放流先を先に確かめてくれ」


 資料が一枚ずつ映されていく。


 タクミは残りのパンを包んだ。帝都へは送れない。図と声だけが先に届く。


 鏡の端に、セレスティアの姿が見えた。


「明朝、外側の一経路だけで試します」


 地下での襲撃から、明日で七日目になる。


 タクミは鏡から離れず、冷めた自分の分を食べた。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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