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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第8章 旅する料理人と、約束の帰り道

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第123話 取り残された食器

 翌日の昼、観測所でタクミが見せられたのは、研究者ではなく空の椅子だった。


「ここで倒れていたんです」


 案内の係が窓際を指した。


 卓には古い匙と蓋付きの食器が残っている。紙片が一枚、皿の下に挟まっていた。


 『西の分岐を閉じるな。』


「倒れていた方が、シラスさんで間違いないんですね」


「療養棟で所持品と署名を照合しました。シラスさんで間違いありません」


 オルガが窓辺の外套へ目を留めた。


 袖口に、二度、継ぎが当たっている。


「昔から、自分で繕う男だった」


 触れようとした手を下ろし、先に搬送時刻を確認した。


「搬送先は」


「共同厨房に併設された療養棟です。もう連絡は入れました」


 オルガは記録棚へ向かう前に、係から立入記録を受け取った。記録棚には封がしてある。許可された引き出しだけを開き、紙を一枚ずつ並べていく。


 タクミは食器へ手を伸ばしかけ、止めた。


「これも、そのままですか」


「食事も調査対象だそうです」


「匂いを確かめても?」


 係が蓋を開けた。灰白色の練り物が、匙で押された形のまま残っている。


 酸敗した匂いはない。保存用の術式で、冷たく保たれていた。


「これは何ですか」


「標準食です。計量してあります」


 タクミは食べなかった。誰かの食べ残しだ。代わりに隣の受領票を見る。


 『一日三食』とある。署名もある。


「食べた量の記録は?」


「受け取った量なら、ここに」


 もう一度、匙の跡を見る。


 端を浅くすくったきり、中央は平らなままだった。


 オルガが一枚の図面を広げる。何本もの細い黒線が、一つの円へ集まっていた。


「帝都の図と、似ています」


「似ている。だから照合する」


 円へ届く手前で、二本の赤い線が黒線から枝分かれし、別の場所へ延びていた。後から書き足された線だった。


 一方の赤線の脇には、食器の下の紙片と同じ筆跡で書かれていた。


 『閉じるな。』


 もう一方の赤線には、別の書き込みがあった。


 『人へ戻すな。』


 円の横には、古い記録が綴じられていた。受け取った魔力の量。その下に、同じ筆圧で書かれた、人の体温と脈。


 数枚先から、魔力の欄ばかりが細かくなっている。


 タクミは頁を戻した。


「受けた人の記録は、ここまでですか」


「別冊があるか、目録を見よう」


 オルガが目録を探す。見つかった表題は『候補者交換』だった。


 リディが、その文字の上へ指を置く。


「道具の取り替えみたいに書くな」


 案内の係は答えなかった。余白にはシラスの字で線が引かれ、同じ箇所に『氏名を省くな』と書き足してあった。


 リディが扉の外を見る。


「本人に聞けるか」


「会話が続かないそうです」


 案内の係は、少し声を落とした。


「自分の名前も言えたり、言えなかったりで。面会では、返事を急かさないでほしいとのことです」


 タクミは食器へ蓋を戻した。


 研究室へ帰らない人。


 知識を隠した人。


 そう聞いていた。


 今は、食事を残した椅子が一つある。


「療養棟へ行ってもいいですか」


「記録を読み終えてからではなく?」


 オルガが顔を上げた。


「食べられてないなら、今日の分も残してるかもしれません」


 オルガは図面を畳み、係へ写しの申請をした。


「原本はここに置く。君たちの観測記録も借りたい」


 外へ出ると、療養棟へ向かう荷車が目の前を通った。


 蓋付きの食器が、仕切りに沿ってきれいに並んでいる。


 どの蓋にも同じ番号があった。


 料理の名は、一つも書かれていなかった。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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