第120話 救いに行く
長卓へ椅子を足すと、オルガが地図を広げた。
タクミも座る。
いつもなら料理を置く場所に、今日は記録が並んでいる。
アベルの供述。
白い塔から持ち出した写し。
帝国に残る古い文献。
地下で取った測定記録。
ミアの母が残した写し。
「一つの国で、全部を調べられないんですか」
タクミが聞く。
「残っているものが違う」
オルガは地図の一か所を指した。
魔法国家。
「固定と解除の理論だ。私の旧知に、この分野の研究者がいる」
「固定を解く方法?」
「その可能性を調べる。陛下と同じ状態を扱った記録があるとは限らないが、帝国にはない理論だ」
セレスティアが次の印へ指を置く。
「教団には、器と封印の記録があります」
白い塔から持ち出せたものだけでは足りない。
「閲覧できる資料と、まだ開かれていないものを確認します」
オルガが、エルフ領の印を指す。
「生命と古い記憶を保つ知識」
続いて、勇者召喚の遺跡へ指を移した。
「魂と身体、世界をつなぐ術式」
エスペルがそこを見る。
「俺の時に使われたものと、同系統かもしれない」
「ただし、同じとは決めない」
オルガがすぐに言う。
「全部、答えじゃないんですね」
「ああ。今ある記録には、解除の手順がない」
オルガは地図の魔法国家とエルフ領へ、小さな印を置いた。
「私たちは、この二か所を調べる。教団と召喚の記録は、残る者たちにも頼もう」
タクミは地図を見る。
国境をいくつも越える道を、目でたどった。
机の下で膝が揺れる。タクミはそこへ手を置いた。
「順番は」
オルガが魔法国家を指す。
「まず、固定と解除だ。陛下の今の状態を壊さずに調べられる可能性が高い」
タクミは頷く。
監視付きで連れてこられたアベルが、地図に記された封印庫の入口を見る。
「その入口は、使えません」
衛兵が一歩近づく。
アベルは手を上げない。
指も伸ばさない。
「封印庫の入口は、閉鎖されています」
「別の入口は?」
タクミが聞く。
「証言はします」
アベルの声は変わらない。
「救えるとは言えません」
「分かりました」
タクミはアベルの言葉を書き留めた。
クラウスが連合側への照会書を閉じた。
「帝国内の移動と、国境までの連絡は整えます」
「各国へは?」
「入国と資料閲覧は、相手国の同意が必要です」
クラウスの書類には、まだ返答のない欄が残っていた。
「断られたら」
「別の道を探します」
クラウスが答える。
タクミは地図へ視線を戻し、魔法国家への道を指でたどった。
「まずは魔法国家へ」
オルガが言う。
「研究者に会う」
「はい」
タクミは答えた。
ミアが帝国の文献を自分の前へ寄せる。
セレスティアは教団への照会書を取り、エスペルも召喚の記録を開いた。
◇ ◇ ◇
その夜、シィルヴィアは医務室から自室へ移された。
暖炉の火が入っている。
机には予定帳。
窓辺には読みかけの書類。
ミアが花瓶へ新しい枝を一本挿した。
ガレスは、朝食を置く時刻を医務室の者へ伝えていた。
医務室が観測を引き受ける。
護衛の当番は近衛へ渡した。
リディは旅へ同行する支度に戻っている。
暖炉の薪が、小さく音を立てた。
タクミは寝台のそばへ座り、冷たい手の隣に自分の手を置いた。
握らずに、指先だけを触れさせる。
「救う方法を、探しに行きます」
返事はない。
「あなたが待っていた時間も」
胸元の手紙へ触れる。
「まだ、聞いていません」
預かった紙は、まだ一行だけだった。
――あなたを守りたい。
「戻ったら、続きを聞かせてください」
タクミは少し笑った。
「僕も、返事があります」
内ポケットの上から、手紙を押さえた。
別の紙を取り出し、二行書く。
――必ず戻ります。
――最初の二枚は、二人で。
寝台脇の机へ置き、予定帳を開いた。
料理名の横の日付は、空けたままにする。
扉が小さく叩かれた。
オルガだった。
「照会への返事が来た」
その表情を見て、タクミは立ち上がった。
「研究者は?」
オルガが紙を渡した。
「三日前から、研究室へ戻っていないそうだ」
一瞬。
部屋が静かになる。
「行方不明?」
「現地でも確認中だ」
タクミは受け取った紙を開いた。
「最後に確認された場所は?」
「研究室ではない。街道沿いの観測所だ」
「そこから探せますか」
「探そう」
オルガは短く答えた。
タクミも頷く。
荷物を確かめる。
布で包んだ包丁。鍋。木のスプーン。保存用の塩。
少し考えて、卵を焼くための小さなフライパンも入れた。
「それも持っていくのか」
オルガが見る。
「戻る理由なので」
それ以上は聞かなかった。
「会える場所を、探そう」
「はい」
タクミはもう一度、寝台を見た。
冷たい手は動かない。
机の上の二行と、予定帳の日付を見て、荷袋を閉じた。
タクミは扉の前で振り返った。
ただいま。
その言葉は、まだ胸の中に置いておく。
出発は、翌朝だった。
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