↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第7章 氷血を救う料理人と、最後の約束

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
116/143

第116話 シィルヴィア?

 火の向こうに、小さな手があった。


 十年前。


 近づけば寒くなると言った少女へ、タクミは薪を足した。


 ぱち、と火の粉が上がる。


 少女が目を見開く。


 ――来ないで。


 ――寒くなるから。


 タクミは火を見た。


 それから、少女の冷たい手を見る。


 ――じゃあ、火を強くする。


 鍋の中には、米を柔らかく煮たもの。


 味は薄い。


 塩も少ない。


 豪華なものは何もない。


 それでも。


 湯気だけは、しっかり上がっていた。


 白い椀へ入れて渡す。


 少女はすぐには食べなかった。


 木のスプーンを持ったまま、湯気を見つめる。


 少しだけ口を尖らせて、ふう、と息を吹きかけた。


 その仕草を、今日も厨房で見た。

 雑炊を食べた時の。


 木のスプーンを持つ指。


 熱さを確かめる目。


 ――……熱い。


 あの一言。


 十年前の少女と、今のシィルヴィアが重なる。


 同じ人だった。


 同じ人なのに。


 自分だけが、気づいていなかった。


 記憶の中で、少女がこちらを見る。


 ――私が……誰か、知ってる?


 タクミは首を傾げた。


 ――知らない。名前、まだ聞いてないし。


 少女の目が丸くなった。


 あの時は、なぜ驚いたのか分からなかった。


 少しの沈黙。


 それから。


 少女は初めて椀へ口をつけた。



 腕の中のシィルヴィアが、薄く目を開けていた。


「あの時の……」


 喉が詰まる。


「シィルヴィア?」


 いつも呼んでいる名前なのに、初めて、名前へ辿り着いたようだった。


 指がほんの少し曲がる。



「遅い」


 かすれた声。


 その一言で、胸の奥が痛んだ。


「ずっと……知ってたんですか」


 小さく頷く。


「北門で会った時から?」


 また、ほんの少し頷いた。


 北門。


 銀の髪。


 蒼い目。


 自分は頭を下げた。


 お初にお目にかかります、と。


 その時。


 シィルヴィアは。


「おかえり、って」


 言った。


 タクミは覚えている。


 意味が分からなかった。


 なぜ皇帝が自分の名前を知っているのか。


 なぜ。


 帰ってきたと言われたのか。


 答えはずっと目の前にいた。


「十年……」


 シィルヴィアの唇が、わずかに開く。

 タクミは首を振った。


「続きは、帰ってから聞きます」



「……待ってたんですね」


 シィルヴィアの瞳が、ほんの少し細くなる。


 返事はない。


 それで十分だった。


 胸元から白い霜が広がる。


「陛下!」


 オルガの手が動く。


「固定が広がっている!」


 セレスティアが治癒の光を重ねる。


 霜は止まらない。


 首筋へ。


 肩へ。


 頬へ。


 タクミはシィルヴィアの手を握る。


 その手が、わずかに持ち上がった。


 頬へ触れようとしたのか。


 途中で止まりそうになる。


 タクミは自分からその手を取り、頬へ触れさせた。


 冷たい。


 あの時と同じ手。


 でも。


 もう知らない少女ではない。


「まだ」


 声が震えた。


「まだ、ただいまって言ってない」


 シィルヴィアの唇が動く。


 何かを返そうとした。


 聞こえない。


 タクミは首を振った。


「今は、言いません」


 リディがこちらを見る。


「帰ってきてから言います」


 頬に添えた手を、両手で支え直した。


「聞いてください。その時」


 霜が頬を覆う。


 指先の力が、握り返しかけた形で止まった。


「シィルヴィア」


 呼ぶ。


 返事はない。


 それでも。


 名前を呼ぶ。


 皇帝でも。


 固定器でも。


 器でもない。


「シィルヴィア」


 タクミはオルガを見た。


「まだ……生きてますよね」


 オルガは測定針から目を離さなかった。


「死んではいない」


 光は消えていない。


 ただ。


 何一つ、動いていなかった。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。