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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第7章 氷血を救う料理人と、最後の約束

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115/143

第115話 今度は私が

 シィルヴィアが、タクミを出口の方へ押した。


 背中が石床へぶつかる。


 息が詰まった。


 タクミは身を起こした。


 白い光は、シィルヴィアの胸元を貫いていた。


「シィルヴィア!」


 声が地下へ響く。


 彼女の膝が落ちた。


 タクミは床へ着く前に身体を抱き留めた。

 腕の中へ、彼女の重さがすべて預けられる。


「シィルヴィア」


 背中へ回した手が濡れた。

 温かい。


 指の間へ、血が広がっていた。


 リディが二人を支え、石扉の手前へ退いた。


「治癒を!」


 リディの声。


 セレスティアが駆け寄る。


 けれど、その温かさが急に止まった。


 指の間を流れていた血が動かない。


 床へ落ちかけた一滴が、空中で止まっている。


 丸い形のまま。


「陛下」


 オルガが膝をつく。


 測定針を近づけるより先に、シィルヴィアの指が動いた。


「出口を」


 声は細い。


「扉を……閉じて」


「陛下!」


「先に」


 エスペルが歯を食いしばり、衛兵と石扉を引く。


 リディが最後まで祭壇側を見張る。


 光が追ってくる。


「リディ!」


 タクミが叫ぶ。


「分かっている!」


 リディが二人を扉の外へ押し出し、最後に隙間を抜けた。


 石扉が閉まる。


 その継ぎ目へ、青白い氷が走った。


 向こうから伸びていた光が、閉じた形のまま止まる。


 音が一つ消えた。


 タクミは腕の中の身体を抱き直した。


「陛下、傷の周囲を少しだけ」


 オルガが測定針を近づける。


「ほどけば、保たない」


 シィルヴィアが言った。


「でも、このままでは治癒が入りません」


 セレスティアの光が傷口へ触れた。


 皮膚の表面で止まる。


「傷口は、治るという変化まで固定されている」


 オルガの声を聞きながら、タクミは彼女の手を握った。


「帰るんですよね」


「一緒に。さっき、そう決めました」


 シィルヴィアの瞳が動く。


 焦点が合うまで、少し時間がかかった。


「そのつもりだ」


「だったら」


「だから……離すな」


 指が、かすかに握り返した。


 タクミは両手で包む。


 離さない。


 リディが外套を敷く。


 オルガが測定針を胸元へ置く。


 セレスティアは固定の外側から届く場所を探す。


 エスペルは扉の前に立ち、次の光が来ないか見張っている。


「シィルヴィア」


 呼ぶ。


「聞こえてますか」


 瞳が少し動く。


「返事しなくてもいいです。聞いててください」


 自分でも何を言えばいいのか分からない。


 それでも、黙る方が怖かった。


「卵、まだ割ってません」


 シィルヴィアの睫毛が揺れた。


「最初の二枚。二人で、って」


 タクミは握った手を見た。

 指先が、かすかに曲がる。


 その小さな動きを、両手で包み直した。


「だから、帰ります」


 返事が遅くなる。

 タクミは次の言葉を待った。



「今度は……私が、守れた」


 握っている指が、また少し冷たくなった。

 タクミは自分の掌を重ねた。



「守ったら、一緒に帰るんです」


 シィルヴィアの目が、ほんの少し細くなった。


 笑ったのかもしれない。


 そのまま瞼が落ちかける。


「シィルヴィア」


 呼ぶ。


 もう一度。


 名前を。


 タクミの鞄から、出汁の匂いがした。

 こぼれた雑炊が、布に染みている。


 鶏の出汁。少しの塩。


 握っている手は、冷たい。



 ――……来ないで。


 火の向こうで、小さな手が引っ込んだ。


 ――寒くなるから。



 タクミは腕の中の顔を見た。


 銀の髪。

 握ったままの、冷たい手。


 十年前の火が、目の前の白い霜へ重なった。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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