第111話 帰るための分担
同じ夜、作戦室。シィルヴィアは地図の中心から椅子を少しずらした。
空いた場所へ、オルガが測定記録を広げる。
オルガは図の地下封印から、その奥の祭壇へ指を滑らせた。
「封印が揺れた時、祭壇への流入が増え、陛下の右手も白くなりました」
「祭壇が私を使おうとしている?」
「その可能性があります。ただ、雑炊で戻ったご本人の反応だけで、祭壇を止められるかは分かりません」
オルガが言った。
シィルヴィアは記録へ目を落とした。
「なら、分かっている部分だけ使う」
クラウスが地図の地下区画を指す。
「封印が破れる前に祭壇へ入り、陛下へ伸びる流れを切ります」
「止める手順を一人に集めなければいい」
エスペルが入口から祭壇を経て出口まで、地下道の図に線を引く。
「俺は退路を作る。合図が出たら、全員を戻す」
「セレスティア、祈りの流れを外へ逃がせるか」
オルガが聞く。
「全部は無理です。でも、白い塔で使っていた分流の式なら」
セレスティアが別の線を引く。
「外から流れ込む祈りを、少し減らせます」
「私は外側の流れを留める」
シィルヴィアが言う。
「短時間だけにしてください」
オルガの声が強くなる。
「固定を広げすぎれば、陛下自身の状態まで戻らなくなる可能性があります」
「分かった」
リディが地図の隅へ、太い線を一本書く。
「私は引き際を見ます」
その横に、帰還の合図を書く。
「この合図が出たら、全員撤退です」
視線がシィルヴィアへ向いた。
「陛下にも従っていただく」
シィルヴィアの指が止まる。
「私が残れば、封じられる場合でもか」
「戻ってから、次を考えます」
タクミが言った。
シィルヴィアがこちらを見る。
「残れば解決する、とはまだ分かっていません」
「それでも、他に手がなければ」
「だから、一人で決めないんです」
しばらく沈黙が落ちた。
窓の外では、門へ来た荷車が一台帰っていく。
代わりに、次の便が止まった。
シィルヴィアは炭筆を取った。
帰還の合図の下へ、自分の名を書く。
「……分かった」
リディが小さく息を吐いた。
入口脇では、アベルが衛兵二人に挟まれて座っていた。
「失敗した時の備えにはなりません」
「一人を残す案は採用しない」
シィルヴィアの声に、アベルは唇を結ぶ。
クラウスは護衛の配置を確認し、押収図と証言が一致した通路だけを作戦へ加えた。
「ミアは地上に残ります」
「うん」
記録板を抱き直す。
「道が変わったら、すぐ知らせる」
「お願いします」
タクミが地図へ身を乗り出すと、腹が鳴った。
全員の視線が集まる。
「……すみません」
「料理人の休止条件も要るな」
エスペルが真顔で言う。
「食べます」
「今だ」
シィルヴィアが、用意されていた皿をタクミの方へ寄せた。
「作戦前に倒れたら、最初に置いていかれますよ」
リディまで言う。
タクミは平焼きパンを手に取った。
薄い皮の中から、まだ少し湯気が出る。
端を指で曲げると、まだやわらかい。
人数分にちぎり、自分の分を一口かじった。
「休める場所で、飲み物と一緒に。急いで飲み込まないでください」
リディが包みを腰の袋へ入れる。
エスペルも一つ受け取った。
「これも退路の一部か」
「空腹で走れなくなったら困るので」
「料理人らしい」
作戦室の測定具が、地下封印の異常を知らせた。
オルガが記録を見る。
「数値が上がっています。外側はまだ保てますが、急いでください」
シィルヴィアが机の引き出しを開けた。
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