表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第2章 見習い料理人と、皇城の食卓

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/51

第11話 重すぎる調理着

第二章「見習い料理人編」スタートです。


追放されたタクミが、今度は皇城の厨房へ。

一か月の試用期間が始まります。


料理から少しずつ変わっていく皇城と、

シィルヴィアとの距離をお楽しみください。

 四人分の朝食を終えると、タクミは皇城から借りた簡素な作業着のまま、本厨房へ向かった。


 一か月の試用。その最初の仕事が始まる。


 竈の火を確かめようとしたタクミは、作業台の上に置かれたものを見て足を止めた。


 白い布地に、銀糸と金糸で皇章が縫い込まれている。襟は高く、袖口には細かな飾り。調理着というより、式典用の礼服に近い。


「……これを着て、料理するんですか?」


「そう」


 シィルヴィアが迷いなく答えた。


 朝の厨房に皇帝が立っていること自体、すでにおかしい。隣ではリディが、何も言う前から疲れた顔をしていた。


 ガレスは特注の調理着を両手で持ち上げた。長年鍋を振ってきた太い腕に、銀糸が妙に眩しい。


「火の粉を拾う。袖が鍋へ入る。重い」


「丈夫に作らせた」


「作業に向きません」


「刺繍を減らせば」


「全部です」


 シィルヴィアの蒼い目が、ほんの少しだけ細くなる。


 ミアが布へ指を押しつけた。


「重い」


 それで話は終わった。


 代わりに渡されたのは、厨房員たちと同じ白い調理着だった。飾りはなく、袖をまくりやすい。タクミが腕を通すと、肩が少し余った。


「こっちの方が動きやすいです」


「……そう」


 シィルヴィアは特注品を見たまま答えた。納得はしていないらしい。


 厨房では、すでに朝の仕込みが始まっていた。


 包丁がまな板を打つ音。薪の爆ぜる音。大鍋から立つ湯気。昨日までなら、タクミが入るだけで手が止まった場所だ。


 皇帝の客人。


 そう見られていた。


 けれど今日は、同じ服を着ている。


「一か月は試用だ。厨房では見習いとして働け」


 ガレスが厚い記録帳を差し出した。


「廃棄、残食、使った食材、食べた者の様子。分かったことだけ書け。分からんことを、分かったふりするな」


「はい」


「最初は使用人二十人分。失敗しても食える量にしろ」


 作業台には、固くなったパン、豆、根菜が並べられていた。傷んではいない。ただ、そのまま出せるほど新しくもない。


「固いパンは、煮ても粉っぽさが残るぞ」


 古参の厨房員が、パンの端を指で折った。乾いた音がする。


「豆も青臭い。使用人には、また残される」


 パンの断面と、豆の匂いを確かめる。


 根菜の端を切り落とすと、まだ甘い匂いが残っていた。パンは小さく割り、水へ浸した。


「捨てる部分は、それだけか」


 赤褐色の髪をした見習いが尋ねる。名はルッツ。タクミより二つ年上だと聞いた。


「柔らかいところは使えます。黒くなっているところだけ外します」


「料理長の基準より少ない」


「だから、お前が食え」


 ガレスが言った。


 タクミは切った端を一口かじる。苦みも妙な酸味もない。


「大丈夫です」


「なら使え」


 鍋へ水を張り、根菜を煮る。火が通り始めたところで豆を入れ、最後にパンを加えた。崩れたパンが汁へとろみをつけ、豆の匂いが柔らかくなる。


「夜勤明けの人には、少なめでいいですか」


 ルッツが眉を寄せた。


「腹が減ってるなら、多い方がいいだろ」


「眠る前なら、重いと残すかもしれないので」


「同じ仕事なのに量を変えるのか?」


「起きたばかりの人と、これから寝る人なので」


 ルッツは返事をしなかった。


 けれど配膳の時、夜勤明けの皿だけ少し浅く盛った。


 食堂へ運ばれた料理は、豪華ではなかった。柔らかくなったパンと豆、根菜の煮込み。それでも、冷えた朝に湯気が立つだけで、使用人たちの顔が少し緩んだ。


「昨日の残りだろ?」


 一人が皿を見た。


「使えるところだけです」


 タクミが答えると、男は一口食べた。パンは形をなくし、豆の甘みを吸っている。


「……残りにしちゃ、温かいな」


 食事が終わる頃には、大鍋の底が見えていた。


 配膳係が戻した二十枚の皿にも、汁の跡しか残っていない。残食桶の底に、固いパンは一片もなかった。


「二十、全部か」


 ルッツが空の配膳籠を、もう一度数えた。


 配膳係が空皿を重ねながら、厨房を振り返る。


「夜勤の二人が、明日も同じものが出るか聞いてたぞ」


 ルッツの指が止まった。


 残り物を使った一皿が、次の朝を求められていた。


 タクミは最後に残った一杯をよそい、作業台の端で立ったまま食べようとした。


 足元へ、椅子が滑ってくる。


 ガレスがつま先で押し出していた。


「料理人も座って食え」


「でも、片付けが」


「食ってからだ」


 タクミは椅子へ腰を下ろした。


 向かいにはルッツがいる。彼は自分の皿を見たまま、ぼそりと言った。


「……少なくした方、残らなかった」


「よかった」


「まだ一日目だ」


「うん」


 同じ服で、同じ卓を囲む。


 それだけのことが、妙に落ち着いた。


 夕方。


 オルガは提出された記録帳をめくり、一行へ指を止めた。


 夜勤明けの門番。


 食後、いつもより早く眠れた。


 灰銀の髪を束ねた賢者は、その一文の横へ小さな印をつけた。


「一度では分からない」


「はい」


「だから、明日も夜勤明けの記録を取る」


 タクミが頷く。


 一か月目の最初の頁には、料理名より先に、一人の眠りが記されていた。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ