第11話 重すぎる調理着
第二章「見習い料理人編」スタートです。
追放されたタクミが、今度は皇城の厨房へ。
一か月の試用期間が始まります。
料理から少しずつ変わっていく皇城と、
シィルヴィアとの距離をお楽しみください。
四人分の朝食を終えると、タクミは皇城から借りた簡素な作業着のまま、本厨房へ向かった。
一か月の試用。その最初の仕事が始まる。
竈の火を確かめようとしたタクミは、作業台の上に置かれたものを見て足を止めた。
白い布地に、銀糸と金糸で皇章が縫い込まれている。襟は高く、袖口には細かな飾り。調理着というより、式典用の礼服に近い。
「……これを着て、料理するんですか?」
「そう」
シィルヴィアが迷いなく答えた。
朝の厨房に皇帝が立っていること自体、すでにおかしい。隣ではリディが、何も言う前から疲れた顔をしていた。
ガレスは特注の調理着を両手で持ち上げた。長年鍋を振ってきた太い腕に、銀糸が妙に眩しい。
「火の粉を拾う。袖が鍋へ入る。重い」
「丈夫に作らせた」
「作業に向きません」
「刺繍を減らせば」
「全部です」
シィルヴィアの蒼い目が、ほんの少しだけ細くなる。
ミアが布へ指を押しつけた。
「重い」
それで話は終わった。
代わりに渡されたのは、厨房員たちと同じ白い調理着だった。飾りはなく、袖をまくりやすい。タクミが腕を通すと、肩が少し余った。
「こっちの方が動きやすいです」
「……そう」
シィルヴィアは特注品を見たまま答えた。納得はしていないらしい。
厨房では、すでに朝の仕込みが始まっていた。
包丁がまな板を打つ音。薪の爆ぜる音。大鍋から立つ湯気。昨日までなら、タクミが入るだけで手が止まった場所だ。
皇帝の客人。
そう見られていた。
けれど今日は、同じ服を着ている。
「一か月は試用だ。厨房では見習いとして働け」
ガレスが厚い記録帳を差し出した。
「廃棄、残食、使った食材、食べた者の様子。分かったことだけ書け。分からんことを、分かったふりするな」
「はい」
「最初は使用人二十人分。失敗しても食える量にしろ」
作業台には、固くなったパン、豆、根菜が並べられていた。傷んではいない。ただ、そのまま出せるほど新しくもない。
「固いパンは、煮ても粉っぽさが残るぞ」
古参の厨房員が、パンの端を指で折った。乾いた音がする。
「豆も青臭い。使用人には、また残される」
パンの断面と、豆の匂いを確かめる。
根菜の端を切り落とすと、まだ甘い匂いが残っていた。パンは小さく割り、水へ浸した。
「捨てる部分は、それだけか」
赤褐色の髪をした見習いが尋ねる。名はルッツ。タクミより二つ年上だと聞いた。
「柔らかいところは使えます。黒くなっているところだけ外します」
「料理長の基準より少ない」
「だから、お前が食え」
ガレスが言った。
タクミは切った端を一口かじる。苦みも妙な酸味もない。
「大丈夫です」
「なら使え」
鍋へ水を張り、根菜を煮る。火が通り始めたところで豆を入れ、最後にパンを加えた。崩れたパンが汁へとろみをつけ、豆の匂いが柔らかくなる。
「夜勤明けの人には、少なめでいいですか」
ルッツが眉を寄せた。
「腹が減ってるなら、多い方がいいだろ」
「眠る前なら、重いと残すかもしれないので」
「同じ仕事なのに量を変えるのか?」
「起きたばかりの人と、これから寝る人なので」
ルッツは返事をしなかった。
けれど配膳の時、夜勤明けの皿だけ少し浅く盛った。
食堂へ運ばれた料理は、豪華ではなかった。柔らかくなったパンと豆、根菜の煮込み。それでも、冷えた朝に湯気が立つだけで、使用人たちの顔が少し緩んだ。
「昨日の残りだろ?」
一人が皿を見た。
「使えるところだけです」
タクミが答えると、男は一口食べた。パンは形をなくし、豆の甘みを吸っている。
「……残りにしちゃ、温かいな」
食事が終わる頃には、大鍋の底が見えていた。
配膳係が戻した二十枚の皿にも、汁の跡しか残っていない。残食桶の底に、固いパンは一片もなかった。
「二十、全部か」
ルッツが空の配膳籠を、もう一度数えた。
配膳係が空皿を重ねながら、厨房を振り返る。
「夜勤の二人が、明日も同じものが出るか聞いてたぞ」
ルッツの指が止まった。
残り物を使った一皿が、次の朝を求められていた。
タクミは最後に残った一杯をよそい、作業台の端で立ったまま食べようとした。
足元へ、椅子が滑ってくる。
ガレスがつま先で押し出していた。
「料理人も座って食え」
「でも、片付けが」
「食ってからだ」
タクミは椅子へ腰を下ろした。
向かいにはルッツがいる。彼は自分の皿を見たまま、ぼそりと言った。
「……少なくした方、残らなかった」
「よかった」
「まだ一日目だ」
「うん」
同じ服で、同じ卓を囲む。
それだけのことが、妙に落ち着いた。
夕方。
オルガは提出された記録帳をめくり、一行へ指を止めた。
夜勤明けの門番。
食後、いつもより早く眠れた。
灰銀の髪を束ねた賢者は、その一文の横へ小さな印をつけた。
「一度では分からない」
「はい」
「だから、明日も夜勤明けの記録を取る」
タクミが頷く。
一か月目の最初の頁には、料理名より先に、一人の眠りが記されていた。
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また次の一皿で、お会いしましょう。




