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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第1章:追放料理人と、待ち続けた皇帝

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第10話 追放料理人、皇城の厨房へ

 オルガの書状が届いた翌朝。


「客人として、無期限に滞在させることはできません」


 小さな会議室に、官僚、ガレス、リディ、オルガが集まっていた。


 タクミとミアも、長い卓の端に座っている。


 シィルヴィアは迷わず言った。


「では、役職を与える」


「何をする役ですか?」


 タクミが聞いた。


 部屋にいた全員が、一度タクミを見る。


 官僚が咳払いをした。


「通常は、役職名や待遇を先に確認するものですが」


「仕事が分からないと、できるか分からないので」


「専属料理人」


 シィルヴィアが言った。


「誰のですか?」


「私の」


 答えが早い。


 ガレスが腕を組んだ。


「まだ採用試験もしておりません」


「昨日食べた」


「陛下の食欲は、試験基準ではございません」


 リディが小さく頷いた。


 シィルヴィアは、その二人を見た。


 権力で押し切ることはしなかった。


 ただ、少し不満そうだった。



「十五歳。厨房での勤務経験なし。城の規則も知らない」


 ガレスはタクミへ視線を向ける。


「腕を疑っているわけではない。だが、厨房は一人で使う場所ではない」


「はい」


「料理人たちへ一食作れ。味だけでなく、働けるかを見る」


「分かりました」


 オルガが手を上げる。


「能力の検証も同時に――」


「今日は採用の話です」


 ガレスが遮った。


 オルガは黙った。


(採用されなければ、検証が続けられない)


 少し考える。


「妥当だ」


 リディが横目で見る。


「急に協力的ですね」


「人材の適切な配置は重要だ」


「鍋のためでは?」


「否定はしない」



 倉庫には、固くなった黒パンが積まれていた。


 タクミは一つ手に取る。


 村を出た朝。


 荷物へ入れた、食べかけの黒パン。


 あの固さとよく似ていた。


 けれど、長く思い出している暇はない。


「何を作る?」


 ガレスが聞く。


「パン煮にします」


「これを?」


「固いなら、柔らかくすればいいので」


 玉ねぎに似た野菜を薄く切る。


 肉の端を細かく刻む。


 鍋で香りを出し、水を加えた。


 黒パンを割って落とす。


 最初は角張っていた欠片が、湯を吸い、ゆっくり沈んでいく。


 野菜の甘み。


 肉のうまみ。


 最後に卵を流すと、淡い黄色が鍋全体へ広がった。


 豪華な料理ではない。


 けれど、固いパンは匙で崩れ、誰でも食べられる温かな一皿になった。



 ガレス。


 下働きの少女。


 リディ。


 ミア。


 オルガ。


 シィルヴィア。


 同じ鍋から、同じ料理を受け取った。


 特別な銀の皿は使わなかった。


 オルガは一口ごとに鍋と椀を見比べている。


 それでも、椀が空く速さは他の者と変わらなかった。


 二杯目へ手を伸ばす。


「検証ですか」


 リディが聞いた。


「比較対象が必要だ」


「一杯目と同じ」


 ミアが言った。


「量による差だ」


 ガレスが初めて、少しだけ笑った。



「腕は認める」


 食後、ガレスが言った。


「それと、技術だけでは説明できん部分がある。だからこそ、勝手に使わせるわけにはいかない」


「余り物の扱いも悪くない。手元も清潔だ。周囲へ声をかけながら動ける」


 タクミは頭を下げる。


「ただし、厨房では私の指示に従え」


「はい」


「客だからと、勝手に鍋を使うな」


「すみません」


 ミアが横で、そっと目を逸らした。



 仮の役職は、皇城付き試用料理人となった。


 期間は一か月。


「見るのは、味だけではない」


 ガレスは記録用紙を机へ置いた。


「捨てる量。残る皿。使った費用。食べた者の様子。お前がいない時にも、厨房が回るか」


 タクミは紙を見た。


 どれも、ここ数日で出会った誰かの顔につながっていた。


 その結果で、正式採用を判断する。


 まずはガレスの下で働く。


 そのうえで、シィルヴィアの食事を優先する。


「私の専属」


 シィルヴィアは、まだそこにこだわっていた。


「厨房の仕事もしていいですか?」


「……私の食事を先に」


「陛下の食事を優先しつつ、厨房業務にも従事」


 リディがまとめる。


「これでよろしいですね」


「毎食」


「勤務時間内で」


 ガレスが返す。


「朝は一緒」


 ミアが言った。


「それでいい」


 シィルヴィアが頷く。


 役職を決める会議だったはずが、いつの間にか朝食の予定を決める場になっていた。



 ミアには、すぐ仕事をさせないことになった。


 まず、食事。


 湯。


 睡眠。


 それから読み書き。


「手伝えるようになる」


 ミアは言った。


「教師を十人用意する」


「一人で十分です」


 リディが止める。


「多い」


 ミアも言う。


「……では一人」


 今度はすぐに減った。



 全てが決まったあと。


 シィルヴィアは、廊下でタクミを呼び止めた。


 二人だけになる。


「残る?」


 命令ではなかった。



 タクミは小厨房の方を見る。


 ミアの新しい靴。


 ため息をつきながら助けてくれるリディ。


 厳しいが、きちんと料理を見てくれたガレス。


 鍋のことで眠れなくなっている賢者。


 最後に、シィルヴィアを見る。


「料理を作っていいなら」


「毎日」


「じゃあ、ここにいます」


 シィルヴィアの目が、ほんの少しだけ細くなった。


 それだけだった。


◇ ◇ ◇


 翌朝。


 タクミは、皇城から借りた簡素な作業着へ袖を通した。


 小厨房の台へ、包丁を置く。


 鍋。


 木のスプーン。


 村を出る時、荷物へ入れた三つの道具。


 今度は、旅立つためではない。


 ここで使うために並べた。


 扉を開ける。


 外には、すでにシィルヴィアが立っていた。


「朝食」


「まだ火もつけてません」


「待つ」


 その後ろから、ミアが椀を四つ運んでくる。


 リディは、もう止めるのを諦めたような顔をしていた。


 さらに後ろには、自分の椀を持ったオルガがいる。


「なぜ賢者殿まで」


「観察だ」


「食べたいだけ」


 ミアが言う。


 オルガは少し黙った。


「……それもある」


「増えてませんか?」


 タクミが笑う。


 竈へ薪を入れた。


 火打ち石を鳴らす。


 小さな火が、ぱち、と立ち上がる。


 シィルヴィアは椅子へ座り、静かに待っている。


 タクミは鍋を火へかけた。


 新しい朝が始まった。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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