第108話 閉じなかった門
中庭の門を閉じろという声に、荷車の車輪が止まった。
さっきまで開いていた鉄扉が、重い音を立てて狭まっていく。
白い祭服の襲撃者は捕らえられた。
それでも、外から来る者を、もう誰も何も確かめずに通すことはできなかった。
「戻れ。皇城内には入れられない」
門前の衛兵が槍を横へ出す。
止められた女は、怒鳴り返さなかった。
荷台へ上がり、掛けていた布をめくる。
「入れてほしいのは、あたしじゃないよ」
麻袋が幾つも積まれていた。
その隣には、乾いた薪の束。
「豆と薪だ」
ベルタだった。
市場で何度も顔を合わせた、大きな声の女だ。
袋の口には市場の札が結ばれ、運んだ商人の名が一人ずつ書かれている。
門の前にいる者たちの顔は、明るくない。
荷を運んできた男も、御者も、皇城を見上げている。
「陛下が災害を呼んだって話は、本当なのかい」
ベルタが聞いた。
衛兵がタクミを見る。
少し離れたところでは、クラウスも答えを待っていた。
タクミは首を振らなかった。
「分かりません」
ベルタの眉が動く。
「今、調べています」
ベルタはしばらくタクミを見たあと、荷台から薪の束を下ろした。
「そうかい」
石畳へ置く。
「なら、分かるまでに腹が減るね」
もう一束。
「怪我人もいるんだろ」
「います」
「じゃあ、持ってきた意味はある」
タクミは門の内側を見る。
負傷者が運ばれる道から離れた場所に、荷を広げられる石畳があった。
「ここで確認してもらえますか。運ぶのは僕たちがします」
クラウスが衛兵の持つ荷目録を受け取った。
「開封は一袋ずつ。確認が済んだものから渡してください」
「それならいい」
ベルタは門を越えなかった。
荷車も外に残った。
豆の袋と薪の束が、ひとつずつ門を越えていく。
厨房の者が肩に担ぎ、空いた手で次の荷を受け取る。
全て閉じるはずだった門に、人一人ぶんの流れができた。
タクミは厨房へ戻ると、大鍋の蓋を開けた。
避難用に煮ておいた根菜が、まだ温かい。
届いた豆は明日の仕込みに回し、別鍋で柔らかく煮ていた豆を加える。
届いた薪を一本くべ、木杓子で底からゆっくり混ぜた。
煮崩れた豆が汁へ溶けると、土の匂いの残る根菜に甘さが足された。
湯気が上がる。
さっきまで怯えていた若い料理人が、並べた椀へ順番によそっていく。
「南棟から先に」
「はい」
「熱いから、手が震えてる人には持たせないで」
返事が重なる。
配膳台の前へ、少しずつ椀が並んだ。
「陛下の分は?」
荷を運んできた若い衛兵が聞く。
「今からよそいます」
「では、この盆を」
差し出された木盆には、厚い布が敷かれていた。
「椀が滑りにくいように」
「ありがとうございます」
タクミは受け取った。
回廊の上から、シィルヴィアがそのやり取りを見ていた。
隣へ来たクラウスが、門の外へ目を向ける。
「怖がられていないわけではない」
「知っている」
シィルヴィアは手すりへ置いた指を動かさない。
門の外では、ベルタたちが次の袋を待っていた。
「それでも、荷は届いています」
シィルヴィアの指が、手すりから離れた。
リディが当番表を持ってくる。
今夜の交代表には、持ち場ごとに名前が入っていた。
「私の命令か」
「いいえ」
リディは首を振る。
「各持ち場で決めています」
シィルヴィアは、しばらく紙を見た。
そこへタクミが盆を抱えて上がってくる。
彼女は自分から執務室の扉を開けた。
「ありがとうございます」
「……私の部屋だ」
「そうでした」
扉が閉じる前に、奥の部屋からオルガの声がした。
「押収した記録の照合が終わりました」
タクミとシィルヴィアが振り返る。
オルガの手には、一枚の古い図があった。
荒れた大地。
そこから伸びる無数の線。
その全てが、中央に描かれた一人の人間へ集まっていた。
顔だけは、描かれていなかった。
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