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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第7章 氷血を救う料理人と、最後の約束

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第107話 白い塔の残党

 扉を開けたリディが、短杖を弾いた。


 白い祭服の男が廊下へ退く。その先にも、同じ祭服が見えた。


 男たちは厨房へ向かっていた。


 タクミはシィルヴィアと廊下へ出た。角にはミアとセレスティアがいた。


 ミアが床を指さす。


「食堂じゃない」


 短杖を持った男たちは、こちらを見もしない。


 壁際の古い石板。


 その前で、一人が膝をついた。


「そこ、地下へ行く昔の搬入口」


 ミアが記録板を抱え直す。


「さっき、オルガさんと見た図にあった」


 セレスティアの顔から血の気が引いた。


「封印区画の奥へ続いています」


「その先は」


 タクミが聞く。


「祭壇です」


 答えた声が震えた。


「陛下を、そこへ運ぶ気です」


 次の瞬間、石板へ白い光が走った。


「開けさせるな!」


 リディが剣を構えて踏み込む。


 短杖の男が振り向く。


 白い紋が二つ、廊下の床へ落ちた。


 タクミには何の術か分からない。


 分かったのは、踏まない方がいいということだけだった。


「下がれ!」


 エスペルの声が飛ぶ。


 廊下の壁に立てかけてあった大盾を蹴り上げ、白い紋の上へ倒した。


 光が一度弾ける。


「リディ、右!」


「指図するな!」


 言いながら、リディの剣が右から伸びた短杖を弾く。


「聞いてるじゃないか!」


「必要だっただけだ!」


 二人の間を衛兵が走り抜ける。


 エスペルが空いた道を指した。


「避難者は中庭へ! 地下側を空けろ!」


 衛兵が前を走る。


 別の者が後ろを守る。


 リディが術師を止める。


 エスペルは退路を作る。


 シィルヴィアは回廊の奥に立った。


「陛下、前へ出ないでください!」


 セレスティアが叫ぶ。


「出ていない」


 青白い氷が床から立ち上がる。


 壁になった。


 襲撃者と、逃げる人々の道を分ける。


 その脇へリディが入る。


「追撃は私が」


「任せる」


 シィルヴィアは一歩も動かなかった。


 タクミは拳を握る。


 戦えない。


 だから厨房へ戻った。


 扉を開けると、ガレスたちはすでに大鍋へ蓋をしていた。


 取っ手には厚い布。


 鍋の下には、壊れた台車から外した板を敷いている。


「南棟に怪我人が集まります」


「分かっている」


「塩は薄めで。手が震えてる人には――」


「椀を持たせない。受け皿を付ける」


 ガレスが先に言った。


「パンを持て」


「はい」


 焼き立ての平焼きパンを籠へ移す。


 表面はまだ温かい。


 香ばしい匂いが、さっきまでの金属臭を少しだけ押し返した。


「戦ってる時に飯か?」


 若い料理人が聞く。


「戦ってるからです」


 タクミはパンを布で包む。


「終わった時、すぐ食べられるように」


 ガレスが何も言わず、大鍋を持ち上げた。


「行くぞ」


 厨房の者たちが続く。


 中庭には、避難した人々が集まっていた。


 泣いている子ども。


 手を押さえる兵士。


 何が起きたのか分からない使用人。


 ミアが小さくちぎったパンを、震える子へ渡している。


「熱くないよ」


 子どもが恐る恐る口へ入れる。


 噛む。


 もう一口。


 それを見ていた隣の子も手を伸ばした。


 タクミは空いた椀へ煮込みをよそった。


 匙の背で根菜を崩すと、甘い湯気が上がった。受け皿ごと子どもの前へ置く。


 子どもが一口すくった。


「……甘い」


 袖で目を拭き、今度は根菜のかけらもすくう。


 その向こうで、氷壁が崩れる音がした。


 顔を上げる。


 回廊の上では、もう戦いが終わりかけていた。


 エスペルが裏の通路を塞ぎ、衛兵が一人ずつ武器を奪う。


 リディの剣先が、最後の短杖を床へ落とした。


 襲撃者は十数人。


 誰も地下へ入れなかった。


 最後に、黒い手袋をした老人が自分から杖を置く。


 衛兵に両側を挟まれ、老人が中庭脇の階段を下りてくる。


 シィルヴィアとリディ、セレスティアも続いた。


「アベル・クレイン」


 セレスティアが名を呼んだ。


 老人の目が、ゆっくり彼女へ向く。


「覚えておられましたか」


「忘れません」


 声が硬い。


「白い塔旧派。元器制度管理局長」


 タクミは聞いたことのない役職だった。


 アベルは衛兵に囲まれたまま、シィルヴィアへ膝をついた。


「陛下を憎んではおりません」


「ならば、なぜ襲った」


 シィルヴィアの問いに、老人は顔を上げる。


「あなた一人のために、世界を賭けられないからです」


 怒鳴らない。


 嘲らない。


 静かな声だった。


 その静かさの方が、タクミには怖かった。


「祭壇へ連れていけば、何が起きる」


 リディが問う。


「封印を保つ」


「陛下を使って?」


「必要ならば」


 シィルヴィアの表情は動かない。


 アベルも目を逸らさない。


「封印は、七日も保ちません」


 中庭のざわめきが少し遠くなる。


 アベルは黒い手袋を外した。


 右手の皮膚が焼けただれている。


 その上に、薄い紋が残っていた。


 セレスティアが息をのむ。


「器の術式の痕……」


「候補者の暴走を、止められなかった」


 アベルは手を閉じる。


「多くの者が耐えられなかった」


 シィルヴィアを見る。


「ですが、あなたには固定する力がある」


「それだけで決めたのか」


「それだけではありません」


 老人の視線が、地下へ続く廊下へ向く。


「祭壇が、あなたを呼んだ」


 タクミの胸の奥が冷える。


「固定器を捧げなければ、次に壊れるのは帝都だけではない」


 オルガが、押収した紙を受け取った。


 素早く目を走らせる。


「予測が正しいか、封印の記録と照合します」


 紙を閉じる。


「この人を別室へ。常時二名以上で監視。道具には触れさせないでください」


「分かった」


 衛兵がアベルの両手を拘束する。


 老人は抵抗しなかった。


 連れていかれる直前、もう一度だけシィルヴィアを見る。


「七日です」


 シィルヴィアは答えなかった。


 中庭では、子どもが二つ目のパンを求めていた。


 タクミは一つだけ渡す。


「先に煮込みも食べてください」


 声は普段通りに出た。


 けれど、アベルの言葉が頭を離れなかった。


 固定器。


 捧げる。


 七日。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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