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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第7章 氷血を救う料理人と、最後の約束

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第103話 器と決めるな

「私は、器ではない」


 シィルヴィアの声は静かだった。


 強く否定したわけではない。


 けれど、部屋の空気は一瞬で整った。


 セレスティアが白い塔から持ち出した記録を閉じる。


「私には、陛下を器だと認定する権限も、根拠もありません」


「条件が一致すると言った」


「一部だけです」


 セレスティアは紙の端を指で押さえた。


「固定された状態に耐えられることと、何かを受け入れられることは違います」


「何か、とは」


 エスペルが聞く。


「それも、まだ分かりません」


 答えは早かった。


「白い塔の記録には、意図的に抜かれた部分があります。器という言葉だけを先に使えば、昔と同じことになります」


 タクミは黙っていた。


 昔と同じ。


 人を先に役割へ押し込める。


 その言葉だけは、分かった。


 扉の外で靴音が止まった。


 リディが顔を上げる。


「入れ」


 シィルヴィアの許可で、男が一人入ってきた。


 灰色の髪。


 濃緑の外交服。


 胸元には、一つではない国の印章が下がっている。


 勇者の戦後協議のため、数日前から帝都に滞在している各国連合の監察使だった。


「クラウス・メルヴィンです」


 深くはない礼。


 けれど、無礼でもない。


 彼の視線は、シィルヴィアではなく机の上の測定針へ向いた。


「急な入室をお許しください」


「用件を」


「今朝の地下異常で、各国の代表から改めて確認を求められました」


 クラウスは書状を一枚開いた。


「先日の魔力災害では、陛下が黒い核を封じた」


 書状を伏せ、今朝の報告へ指を移す。


「今朝は、帝都地下の古い封印が崩れ、陛下の力が反応した」


 その下の行を指した。


「地下の術式は、陛下を『固定器』と呼んだ」


 読み上げるたび、部屋の温度が下がるように感じた。


 実際には、シィルヴィアの右手の白さは変わっていない。


「結論を言え」


 シィルヴィアが促す。


 クラウスは報告を伏せた。


「安全が確認されるまで、陛下を帝都から隔離していただきたい」


 リディが一歩出る。


「帝国皇帝へ、他国が命じるのか」


「命令ではありません」


 クラウスは視線を逸らさなかった。


「拒まれた場合、国境封鎖を選ぶ国が出る。そういう報告です」


「脅しか」


「恐怖です」


 短い返事だった。


「先日の災害は複数の国でも観測されています。原因が分からない以上、陛下を恐れる国が出ること自体は止められません」


 クラウスは、先日の災害から預かっていた書状を机へ並べた。


 封蝋は七つ。


 色も印も違う。


 同じなのは、どれも急いで押されたように歪んでいることだった。


「帝都から出せば安全だと?」


 エスペルが聞く。


「安全になるとは言っていません」


「なら」


「距離を取った状態で、地下封印との関係を調べるべきだ、と各国は考えています」


 筋は通っている。


 だからこそ、簡単に怒れなかった。


 クラウス自身も、シィルヴィアを敵だと言っているわけではない。


 分からないから、離したい。


 怖いから、先に囲いたい。


 タクミは、机の上の封蝋を見る。


 固定器。


 器。


 隔離対象。


 朝から増えた言葉は、どれもシィルヴィアの名前ではなかった。


 彼女が書状へ手を伸ばす。


 その前に、タクミの口が動いた。


「シィルヴィアは、器じゃない」


 全員の視線が向いた。


 言ってから、少しだけ困る。


 器ではないと証明できるわけではない。


 地下で何が起きたのかも知らない。


 クラウスが言う。


「料理人の感情で、災害の危険は消えません」


 タクミは頷いた。


「僕も、危なくないとは言えません」


 言葉を選ぶ。


「でも、まだ分からない人を先に物として扱ったら、確かめるものまで見えなくなります」


 クラウスの眉がわずかに動いた。


「では、何だと?」


 タクミは答えようとして、止まった。


 皇帝。


 氷血。


 固定器。


 器候補。


 どれも間違いとは言い切れない。


 けれど、どれも今ここにいる彼女全部ではない。


 北門で雑炊を二杯食べた。


 タクミの隣の席を気にする。


 卵を割るのは、まだ少し危ない。


 言葉にすると、余計なものばかり浮かんだ。


「本人です」


 結局、それしか出なかった。


 シィルヴィアの指が、書状の手前で止まる。


 リディが一瞬だけ目を閉じた。


 エスペルは笑わなかった。


 セレスティアも、何も足さない。


 クラウスだけがタクミを見ている。


「本人だから、調べないといけないんです」


 タクミは続けた。


「本人だから、勝手に決めないでほしい」


 沈黙が落ちる。


 クラウスは机の書状を引かなかった。


「……危険がないという保証は」


「ありません」


 シィルヴィアが答えた。


 今度はタクミより先だった。


「私自身にも、何が起きているのか分からない」


 白い右手を机の上へ置く。


「だから調べる」


 クラウスがその手を見る。


「隔離にも応じる、と?」


「条件を聞く」


「陛下」


 リディが低く呼ぶ。


「無条件ではない」


 シィルヴィアは書状を取った。


「帝国の統治を止めない。勝手な拘束は受けない。調査結果は私にも開示する」


 そこで一度、タクミを見る。


「それから」


 少し間が空いた。


「私の生活まで、他人だけで決めさせない」


 タクミは何も言わなかった。


 言えば、また全員に見られそうだった。


 クラウスはしばらく黙っていた。


 やがて、七つの封蝋の上へ自分の書状を重ねる。


「ならば、本人の意思を含めた隔離条件を、今日中に示してください」


「こちらも条件を出す」


「承知しました」


 交渉は終わらなかった。


 始まったばかりだった。


 机の端で、測定針の光だけが止まったままだった。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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