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第7話:海




「マヒル、ここはあなたの故郷。

 あなたの国があった場所ですわ」


ローズが、静かに言った。


「ええ…」


マヒルは、そう答えるのが精一杯だった。


なんとか、ローズに話す。


「ちょっと、一人にしてくれない。」


「分かりましたわ」


ローズは、それだけ言うと静かに離れていった。


船の上。


波は、穏やかで、光が反射して照り返している。


言われなくとも分かる。


この風景は、幼い頃から何度も見てきた。


マヒルは、目をつむる。




『マヒル、見えるか?あれが、隣の国から来た船だ』

父が、肩の上にのせて教えてくれた。



『マヒル、今日、学校はどうだった?』

母は、いつも聞いてくれた。



『マヒルちゃん、じゃああとで、遊ぼうね』

友達とのいつもの約束。



いつの間にか、涙があふれていた。

止まらない。


島での生活は、光り輝いていて、幸せだった。


マヒルは、ずっとこの島で暮らしていたかった。


どこかで、これは夢ではないか。

本当は、島はまだ存在しているのではないか。


そう思っていた。


もう、あの日々は戻らない…。


マヒルは、ひとしきり泣きはらした。






いつの間にか、夕日が傾いていた。










「あちらに、慰霊碑があります」

ローズが、穏やかな声で伝える。


「分かったわ」


慰霊碑は、近くの小さな島にあった。

そこには、おびただしいほどの名前が彫られていた。


マヒルは、思わず探した。


友達の名前。

担任の先生。

よく買い物をしていた店のおばさん。

近所のおじさん。


そして見つけた。

見つけてしまった…。




父と母の名前が彫られていた。



マヒルは、それに触れる。

ひざまずく。


再び涙があふれる。

また、止まらなくなる。


声を上げて泣いた…。



どれくらい経ったか分からなかった。


涙を拭き取って立ち上がった。


慰霊碑の中央に近づいた。


そこには、白い花が置かれていた。

小さな紙片が結ばれていた。


“我々は、この島を消させない”


マヒルは、紙片をポケットに入れた。


慰霊碑を離れ、ローズとソフィアが待つ船に戻った。



島は、無くなっていた…。


マヒルは、戻るしかなかった。



――――――――――――――――――――――



学校の中庭のテラス。


ローズとマヒルは、テーブルのイスに腰掛けている。

ソフィアはいない。



「どうして、あたしをあそこに連れて行ってくれたの?」

マヒルが聞く。


「あなたを連れて行っていいと感じたからですわ」

紅茶のカップをローズが置く。


「マヒル、わたくしたちは、わたくしたちが行なっていることのすべてを

お話しできませんわ」


テーブルを見ながらローズが言う。


「しかし、あなたに、ご両親が望むような人生を歩んで欲しい。

 そう思っていることは、理解して欲しいのです」


マヒルは、黙る。


「ソフィア、あの子、今日も来てないけど…」


「あなたも分かっているでしょうが、あの子は、

 学力の面では、高校に通う必要はありませんわ」


「じゃあどうして」


「わたくしは、あの子とは、四歳の時から一緒ですわ」


ローズは、空を仰ぐ。


「あの子は、賢い子。

 そして、強い子ですわ。

 あの子だからこそ、幸せな人生を歩んで欲しいと思っていますの」


「あの子にも、必要なのですよ…」


「行なおうとしていること以外のことが」


ローズは、マヒルを見る。


「マヒル、あなたには、感謝しています。

 あなたのおかげで、あの子は、人間らしさを取り戻していますわ」


「あんたも、あたしたちと同じ年よね?」


「そうですわね」

そう言ってローズは微笑んだ。



――――――――――――――――――――――



「それでは、せーので、出すのですわよ」

ローズが楽しそうに言う。


「いや、必要ある?」

乗り気がしないマヒル。


「僕の素晴らしさに感動すればいいさ」

髪をなびかせレン。


黙ったままのソフィア。


「せーの」


一斉に出された、何枚かの紙。


マヒルもしぶしぶ置いた。


そこには、

“100点”、“98点”、“90点” “85点”

などと点数が、書かれた紙が並べられた。


「さすが、お兄様ですわ。

 ほぼ満点ですわね」


「ローズもそれに近いじゃないか」


「なんか悔しいわ」


「あら、マヒルも良い点数ではないですか」


「でも、あんたに負けてる」


「ソフィアは、惜しかったね」

レンが言う。


見ると、72点、80点、69点。

そう言った数字が並んでいる。


「え、どういうこと?」


「ソフィアは、満点を取るのが当たり前ですので、

 平均点を取るようにしていますの?」


「この高校の学生は、家柄の影響で知識に偏りがある。

 外れ値が生じる。

 平均値の算出に誤差が生じる」


「何言ってるかわからん」


「平均から1点くらいズレたってことさ」


「才能の無駄遣いね」


マヒルは、テスト用紙を机に置く。


「前から気になってたんだけど。

 あたしに話をするだけならあんた、わざわざ、

 あの学校に転校してくる必要なかったわよね?」


マヒルは、この学校に来る前のことを言った。


「他国の学園生活なんて、楽しそうではありませんこと?」


「ローズは、目的達成に不要な行動が多数ある」


「人生、無駄を楽しむことも必要ですのよ」


扇子を広げる。【人生、迷子になってからが本番】の文字がある。


「美しい名言だね」


「あんたは、美しければなんでもいいのよね」


「美しければすべて許されるからね」


「あと、開いたり、閉じたりする度に、文字が出たり消えたりする

 その扇子どうなってんの?」


「企業秘密ですわ」

うれしそうにローズが笑う。


「それは、ハンスの発明」 ソフィアが言う。


「あっそ…」


マヒルは軽くため息をついた。


「バカな会話ね…」


故郷のことは忘れてはいない。


忘れてはいないのだが、今の生活、居心地は悪くない。



――――――――――――――――――――――



その日、学校の帰り、マヒルは一人だった。


「少々、紅茶では解決できない用事がありますわ」

ローズは言って消えた。


「緊急の事案が発生した」

とソフィアは、先に帰った。


「美しい僕がいないとみんな悲しむからね」

レンは生徒会の仕事らしい。



マヒルの端末に短いメッセージが届いた。


前の学校の委員長からだった。


『お久しぶりです。急に転校して心配しています。大丈夫ですか?』


『家の都合があり、先生から聞いた学校の近くに来ています。』


別に、友達だったわけではない。


ただ、あの学校で一番話しかけてくれた子だった。


少し迷って、返信をした。


久しぶりに会った委員長の子は、分かれたときと変わっていなかった。


「急にいなくなったから、心配してたの」


「別に、大丈夫」


委員長は少し黙った。


「マヒルさんの国のこと、調べている人たちがいるの」


「……何」


「消された事件とか、記録からなくなった国のことを集めてる人たち。

兄が、その手伝いをしてる」


「怪しすぎるんだけど」


「うん。私もそう思う」


「初めまして」

男性の声がした。


委員長の後ろから、清潔そうな服装の男が現れた。


「妹から話は聞いている」


「妹?」


「私の兄です」と委員長が言った。


「君の国を、覚えている者の一人だ」


マヒルの胸が、跳ねた。


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