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第4話:ハンス



国の司令室では、誰もが最悪の事態を覚悟していた。


「敵のミサイル、発射を確認!」


軍服の男が叫んだ。


「迎撃を続けろ。」

「まだ終わっていない。」


制服を着た男に、マヒルの父が言う。


「すまないが、あとは、君に任せても良いか?

 他にやるべきことがある」


「わかりました。軍人として最後まで責務を全うします」


「ありがとう。君を国の誇りに思う。」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「君は何故、ここに来てしまったんだい?」


一瞬で、レンに暗い影がさした。

先ほどまで光り輝いていたテラスにも雲がかかり、暗闇に包まれた。


「どういう意味?」


「国家というのは、巨大な力の塊だ。

 一生を棒に振っても何も得られないことがある」


マヒルは、相手を睨み返す。


「せっかく助かった命だ。

 余計なことはせず、穏やかに暮らしてもいいのではないのかい?」


「あんたに関係ないでしょ」


ローズは、目をつむり、扇子をあおいでいる。


「今、君は難民なんだよ」


「難民?」


「そう、どこの国にも属していない」


「どこかの国に所属することで、初めて、その国に住むことが認められる。

 海外に住むときもそうだ。

 自分の国の保証があって、他国に住むことが許される」


「ビザのこと?」


「そうだよ。君は、いま、その保証がない。

 自分の国がないことは、そういうことなんだよ」


「しかし、君は、まだ、未成年だ。

 一部の心ある人間のおかげで、この国にいることを許されている。

 いつまでもそれは通用しない。

 下手をすれば君は、この世界のどこにも住むことが出来なくなる」


「それをしたのは、あたしじゃない!

 誰かのせいでそうなった!!」


ローズは、マヒルを見た。

しかし、何も言わない。


「まだ、納得いかないようだね」

レンは続ける。


「君は、この世界の人口が、何人か知っているかい?」


「95億?」


「惜しいね、数年前の数字だ、今は100億人だ」


「では、国際機関に承認されている世界の国の数は?」


「そんなの、分からないわよ」


「200カ国だ」


「途方もない数字だろ?」


「君が相手にしようとしているのは、それくらいの話なんだ」


「それでも、あたしは、諦めるつもりはない」


レンを真っ直ぐ見る。


「そうか…」


レンは、校舎の時計を見た。


「残念ながら、時間が来てしまった。

 僕はこれから生徒会の仕事なんでね」


もとの輝きを取り戻し、ウィンクをして、ナルシストは去って行った。


「何?あれ?」


ローズは黙ったままだった。



――――――――――――――――――――――



「廊下で寝るのやめてくれない?」


屋敷に帰ってきたマヒルの第一声。


「学校は?」


「終わったわよ。」


廊下のソフィアを引きずりながら言う。


「それで、“問い”は、どうだった?」

とマヒル。


「合致しない。基本から学習する必要がある」

目を閉じたまま言う。


「またそれ、騙してるんじゃないわよね」


「…」


「ちょっと、寝るんじゃないわよ」


「マヒルは、何故知ろうとしている?」


「言ったでしょ、あたしは、知らなきゃいけないの!」


「回答ではない」


「あたしがシェルターの中に入れられたとき、父さんと母さんはすぐ、そばに居た。

 それで、大きな音がして、いきなり、壁に叩きつけられた。

 たぶん飛ばされたんだと思う」


やっと目的の部屋に入る。


「まだ忘れて次に進める。深入りすると戻れなくなる」

小さな声。


「うるさいわね」


ソフィアは、軽い。簡単に引きずっていける。


「あー、あと、明日、あの扇子女が、森に行くからあんたに伝えとけって」


「森?」


「壊れ方をどうとかって言ってたわよ」


「まだ、“問い”は出来てない」


「サービスなんだと」


「同行する…」


「え」


「ちょっと、ちゃんと立ちなさいよ!」


無理矢理、ソフィアをベッドの上に放り投げる。


ドサリという音とともに、ベッドの上に倒れる。


白い髪の少女は寝息を立てる。


「なんなのこいつ…」


彼女を見ていると、頑張っていた父の姿を思い出す。


“みんなのことが、本当に大切で、愛しているんだ。だから、頑張れるんだ”


父が言っていた。


「こいつ、なにそんなに頑張ってんのよ」



――――――――――――――――――――――



「いやあ、理論上は爆発しない予定だったんだが」


煙の奥から出てきた男は、悪びれた様子もなく言った。





ローズに連れて来られた場所は、本当に森だった。

森の地下、そこに巨大な施設があった。


目的の場所に来たとたん、爆弾が起きた。


煙から茶色い髪の毛の男が現れる。

白衣とも作業着ともつかない服。


ローズは紅茶を飲み、ソフィアはタブレットを操作している。


「理論に謝れ」

マヒルは言う。


「実践の上に理論が成り立つ」


「それ、理論の意味あるの?」


「いい反応だ。君がマヒルか」


「初対面で何を評価してんの」


「反応速度。重要だ。実験でも会話でも、反応が鈍いと事故る」


「会話で事故ってるのはあんたの方じゃない?」


ハンスは、服のほこりを払った。

 

「自己紹介がまだだったな。

 ハンスだ。

 ロケット、衛星、レーザー、ついでに壊れた機械全般を担当している」


「ついでが広すぎる」


「よく言われる」


ハンスは笑って、スクリーンに一枚の地図を映した。


マヒルは息を止めた。

そこに映っていたのは、見覚えのある海域だった。


「質問だ、マヒル」


ハンスは言った。

「島が消えるには、何が必要だと思う?」


「……爆弾?」


「半分正解。半分はかなり違う」


「面倒くさい採点ね」


「物理は面倒くさい。だが、嘘はもっと面倒くさい」


ハンスは、画面の島を指した。


「まず、“消えた”という表現は、おかしい」


「おかしい?」


「島は手品の布じゃない。あの質量が、何の痕跡もなく消えるなんてことはない」


「じゃあ、何が起きたの」


「破壊された。沈んだ。消された」


ハンスは三本の指を立てた。


「破壊、沈降、記録の抹消。この三つを合わせて、世界は“消失”と呼んだ」


マヒルは、手に力を入れる。

その様子を三人は、見つめる。


ハンスは、一呼吸置いて言う。




「第一段階、”破壊”だ」


画面に、島の断面図が映る。


「地表の構造物、港、通信施設、発電設備、地下の中継設備。

 強い衝撃を受けて、まずそれらが壊れる」


「攻撃されたってこと?」


「そう考えるのが自然だ」


「どうやって?」


「世界には、名前を聞くだけで人の顔色を変える兵器がある」


マヒルは、次の言葉を言いかけたが、ハンスは画面を切替えた。




「第二段階。“沈降”」


「地形が崩れ、海水が入り、島の多くが海面下に落ちた」


「じゃあ、私の家も」


言いかけて、マヒルは言葉を止めた。


「残骸の大部分は、海の下だ」




「第三段階。記録の抹消」


画面が切り替わる。


「これは、消失前の地図だ。すべて記載されてある」


また、画面が切り替わる。


「一週間後の地図だ。国名が消える」


また、画面が切り替わる。


「半年後の地図だ。国境線が消えた」


また、画面が切り替わる。


「一年後の地図だ。島がなくなり海になった」


ハンスがつぶやくように言った。


「一度に消したんじゃないの?」


「急激な改訂は、不自然さを生む。

 段階的な修正は、記憶の上書きに近い効果を持つ」

ソフィアが言った。


「なにそれ?」

マヒルが言う。


「これ、明らかに意図的に行なっているわよね?」


三人は、黙ったまま。


「一体誰なの?!」


マヒルは、自分を抑えられない。


ローズは、マヒルを見る。

ソフィアは、画面を見たまま。

ハンスは、答えない。


沈黙が部屋を包む。








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