第4話:ハンス
国の司令室では、誰もが最悪の事態を覚悟していた。
「敵のミサイル、発射を確認!」
軍服の男が叫んだ。
「迎撃を続けろ。」
「まだ終わっていない。」
制服を着た男に、マヒルの父が言う。
「すまないが、あとは、君に任せても良いか?
他にやるべきことがある」
「わかりました。軍人として最後まで責務を全うします」
「ありがとう。君を国の誇りに思う。」
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「君は何故、ここに来てしまったんだい?」
一瞬で、レンに暗い影がさした。
先ほどまで光り輝いていたテラスにも雲がかかり、暗闇に包まれた。
「どういう意味?」
「国家というのは、巨大な力の塊だ。
一生を棒に振っても何も得られないことがある」
マヒルは、相手を睨み返す。
「せっかく助かった命だ。
余計なことはせず、穏やかに暮らしてもいいのではないのかい?」
「あんたに関係ないでしょ」
ローズは、目をつむり、扇子をあおいでいる。
「今、君は難民なんだよ」
「難民?」
「そう、どこの国にも属していない」
「どこかの国に所属することで、初めて、その国に住むことが認められる。
海外に住むときもそうだ。
自分の国の保証があって、他国に住むことが許される」
「ビザのこと?」
「そうだよ。君は、いま、その保証がない。
自分の国がないことは、そういうことなんだよ」
「しかし、君は、まだ、未成年だ。
一部の心ある人間のおかげで、この国にいることを許されている。
いつまでもそれは通用しない。
下手をすれば君は、この世界のどこにも住むことが出来なくなる」
「それをしたのは、あたしじゃない!
誰かのせいでそうなった!!」
ローズは、マヒルを見た。
しかし、何も言わない。
「まだ、納得いかないようだね」
レンは続ける。
「君は、この世界の人口が、何人か知っているかい?」
「95億?」
「惜しいね、数年前の数字だ、今は100億人だ」
「では、国際機関に承認されている世界の国の数は?」
「そんなの、分からないわよ」
「200カ国だ」
「途方もない数字だろ?」
「君が相手にしようとしているのは、それくらいの話なんだ」
「それでも、あたしは、諦めるつもりはない」
レンを真っ直ぐ見る。
「そうか…」
レンは、校舎の時計を見た。
「残念ながら、時間が来てしまった。
僕はこれから生徒会の仕事なんでね」
もとの輝きを取り戻し、ウィンクをして、ナルシストは去って行った。
「何?あれ?」
ローズは黙ったままだった。
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「廊下で寝るのやめてくれない?」
屋敷に帰ってきたマヒルの第一声。
「学校は?」
「終わったわよ。」
廊下のソフィアを引きずりながら言う。
「それで、“問い”は、どうだった?」
とマヒル。
「合致しない。基本から学習する必要がある」
目を閉じたまま言う。
「またそれ、騙してるんじゃないわよね」
「…」
「ちょっと、寝るんじゃないわよ」
「マヒルは、何故知ろうとしている?」
「言ったでしょ、あたしは、知らなきゃいけないの!」
「回答ではない」
「あたしがシェルターの中に入れられたとき、父さんと母さんはすぐ、そばに居た。
それで、大きな音がして、いきなり、壁に叩きつけられた。
たぶん飛ばされたんだと思う」
やっと目的の部屋に入る。
「まだ忘れて次に進める。深入りすると戻れなくなる」
小さな声。
「うるさいわね」
ソフィアは、軽い。簡単に引きずっていける。
「あー、あと、明日、あの扇子女が、森に行くからあんたに伝えとけって」
「森?」
「壊れ方をどうとかって言ってたわよ」
「まだ、“問い”は出来てない」
「サービスなんだと」
「同行する…」
「え」
「ちょっと、ちゃんと立ちなさいよ!」
無理矢理、ソフィアをベッドの上に放り投げる。
ドサリという音とともに、ベッドの上に倒れる。
白い髪の少女は寝息を立てる。
「なんなのこいつ…」
彼女を見ていると、頑張っていた父の姿を思い出す。
“みんなのことが、本当に大切で、愛しているんだ。だから、頑張れるんだ”
父が言っていた。
「こいつ、なにそんなに頑張ってんのよ」
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「いやあ、理論上は爆発しない予定だったんだが」
煙の奥から出てきた男は、悪びれた様子もなく言った。
ローズに連れて来られた場所は、本当に森だった。
森の地下、そこに巨大な施設があった。
目的の場所に来たとたん、爆弾が起きた。
煙から茶色い髪の毛の男が現れる。
白衣とも作業着ともつかない服。
ローズは紅茶を飲み、ソフィアはタブレットを操作している。
「理論に謝れ」
マヒルは言う。
「実践の上に理論が成り立つ」
「それ、理論の意味あるの?」
「いい反応だ。君がマヒルか」
「初対面で何を評価してんの」
「反応速度。重要だ。実験でも会話でも、反応が鈍いと事故る」
「会話で事故ってるのはあんたの方じゃない?」
ハンスは、服のほこりを払った。
「自己紹介がまだだったな。
ハンスだ。
ロケット、衛星、レーザー、ついでに壊れた機械全般を担当している」
「ついでが広すぎる」
「よく言われる」
ハンスは笑って、スクリーンに一枚の地図を映した。
マヒルは息を止めた。
そこに映っていたのは、見覚えのある海域だった。
「質問だ、マヒル」
ハンスは言った。
「島が消えるには、何が必要だと思う?」
「……爆弾?」
「半分正解。半分はかなり違う」
「面倒くさい採点ね」
「物理は面倒くさい。だが、嘘はもっと面倒くさい」
ハンスは、画面の島を指した。
「まず、“消えた”という表現は、おかしい」
「おかしい?」
「島は手品の布じゃない。あの質量が、何の痕跡もなく消えるなんてことはない」
「じゃあ、何が起きたの」
「破壊された。沈んだ。消された」
ハンスは三本の指を立てた。
「破壊、沈降、記録の抹消。この三つを合わせて、世界は“消失”と呼んだ」
マヒルは、手に力を入れる。
その様子を三人は、見つめる。
ハンスは、一呼吸置いて言う。
「第一段階、”破壊”だ」
画面に、島の断面図が映る。
「地表の構造物、港、通信施設、発電設備、地下の中継設備。
強い衝撃を受けて、まずそれらが壊れる」
「攻撃されたってこと?」
「そう考えるのが自然だ」
「どうやって?」
「世界には、名前を聞くだけで人の顔色を変える兵器がある」
マヒルは、次の言葉を言いかけたが、ハンスは画面を切替えた。
「第二段階。“沈降”」
「地形が崩れ、海水が入り、島の多くが海面下に落ちた」
「じゃあ、私の家も」
言いかけて、マヒルは言葉を止めた。
「残骸の大部分は、海の下だ」
「第三段階。記録の抹消」
画面が切り替わる。
「これは、消失前の地図だ。すべて記載されてある」
また、画面が切り替わる。
「一週間後の地図だ。国名が消える」
また、画面が切り替わる。
「半年後の地図だ。国境線が消えた」
また、画面が切り替わる。
「一年後の地図だ。島がなくなり海になった」
ハンスがつぶやくように言った。
「一度に消したんじゃないの?」
「急激な改訂は、不自然さを生む。
段階的な修正は、記憶の上書きに近い効果を持つ」
ソフィアが言った。
「なにそれ?」
マヒルが言う。
「これ、明らかに意図的に行なっているわよね?」
三人は、黙ったまま。
「一体誰なの?!」
マヒルは、自分を抑えられない。
ローズは、マヒルを見る。
ソフィアは、画面を見たまま。
ハンスは、答えない。
沈黙が部屋を包む。




