第3話:レン
「あなた、これって?」
「一人用のシェルターだ」
家の裏庭に置かれた重々しい金属の塊。
「すぐに手に入るのは、これしかなかった。
大丈夫だ。
万が一のためだ。きっと使うことはない」
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ローズがテーブルの上に置いた紙には、こう記載されてある。
「契約書?」
「最近の女子高生は契約社会に慣れておくべきですわ」
「嫌な教育方針やめて」
マヒルは紙をつまみ上げた。
「というか、何で契約書なのよ。私は写真の出所と、島のことを知りたいだけなんだけど」
「ええ。ですから、そのための条件を決めますの」
「条件ならもう聞いたわ。そいつのサポートでしょ」
「違いますわ」
ローズは紅茶を一口飲んだ。
「今、決めるのは、情報の渡し方ですわ」
「先に申し上げておきます。わたくしは、あなたに答えを渡すつもりはありません」
「は?」
マヒルの声が低くなった。
「答えは渡しません。渡すのは情報です」
「同じでしょ」
「違いますわ」
「答えは人を従わせます。情報は人に判断を委ねます」
「情報を得て、判断するのは、人間です。
情報を判断する準備が出来ていないと正しい答えは得られません」
契約書には3つ記載されてある。
「一:渡すのは情報。答えではない」
「二:マヒルが問いを立て、それが的を得ていれば、次の情報を開示」
「三:マヒルは、島に関すること以外詮索はしない」
「期限は一年」
「何これ?」
マヒルは、言う。
ソフィアは、黙ったまま
ローズは、扇子をパタパタさせている。
「三つ目は、分かるわよ。
あんたたち、なんかいろいろありそうだし。
でも、あたしは、島のこと以外興味ない」
「でも、この一、二は何?」
「一は、情報と答えの違いです」
「そして、二は、情報から答えを出すあなたの準備です」
「あんたほんとまどろっこしいわね」
マヒルは言う。
「とにかく、あたしが問いを立ててそれがあってれば、情報くれるのよね?」
契約書を引き寄せてサインをする。
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“生きるんだ!マヒル!”
父の声。
バタン!
閉まる。
真っ暗になる。
狭い空間。
「出られない」
「怖い」
「誰か」
「誰か、助けて」
ふと温かいものがマヒルの手を包んだ。
誰かの手が、マヒルの手を握っている?
「誰?父さん?母さん?」
「温かい」
マヒルは、ぬくもりを握り返す。
気が付くとベッドの上。
朝だった。
右手には、温もりが残っていた。
机には、ローズが手渡してきた衛星写真が二枚。
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「プライベート空間に無断に入ってくるとかあいつ一体どういうつもり」
怒りを口に出す。
そして、あの部屋に入った
「あんた、今日も寝てないわよね」
スクリーンを見ながら彼女は答える。
「寝た」
「どれくらい?」
「三十分」
「段々短くなってるわね…」
「問題ない」
「あ、そう。ご飯ここに置いておくわ」
ソフィアは、一瞥する。
「あとこれ、約束の“問い”。ちゃんと見ておいてよ」
「一日、一つまで」
ソフィアが言う。
「分かってるわよ。
あんた、今日も休みよね?
勝手に行くわ」
部屋を出て、屋敷を出る。
右手を握る。
悪夢でうなされているときに、手を握られたのは、一度や二度ではない。
「あいつ、なにも言ってこないから余計、わからないのよね」
「距離感が…」
マヒルは、つぶやく。
ふと、父の言葉を思い出す。
“生きるんだ”
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「今日は、朝礼がある日ですわね」
目を伏せるローズ。
「え、なに」
「参加すれば、分かります。
うんざりですわ」
マヒルは、体育館で朝礼に参加した。
校長の話は、誰も聞いていなかった。
「次に生徒会長から」
という言葉が聞こえた。
瞬間、体育館の空気が変わった。
背筋が伸びる生徒。
髪を整える生徒。
なぜか深呼吸する教師。
「何?」
壇上に男子生徒が立った。
銀髪。
紫の瞳。
長身。
爽やかな笑顔。
次に「キャー!」という黄色い歓声がいたるところから上がる。
「宗教?」
マヒルは周りを見回す。
爽やかという形容詞が当てはまる笑顔を振りまき、手を振っている。
それに呼応して、黄色い歓声も大きくなる。
しかし、
「なんか、よく分からないけど、むかつくわね」
「おはよう、諸君。今日も太陽が美しいね。
もっとも、僕の登場で少し霞んでしまったかもしれないが」
体育館が歓声に包まれた。
マヒルは、隣のローズを見た。
「あれ、誰も止めないの?」
「止められる人間がいたら、とっくに止めていますわ」
「被害者みたいに言うな」
長身、銀髪の男子生徒は、一呼吸おいて言った。
「まあ、挨拶はこれくらいにして」
その一言で、体育館の空気が少し変わった。
「今週は各国からの来賓が多い。
くだらないうわさに踊らされず、不要な接触は避けること。
自分の立場を守るのも、学生の仕事だ」
一瞬だけ、彼の声から軽さが消えた。
だが次の瞬間、レンは笑った。
「もちろん、僕への接触は歓迎する。美しさは公共財だからね」
体育館内に声援がこだまする。
「なに、あのパフォーマンス」
「あとで紹介いたしますわ」
隣にいたローズが言う。
ここからでも、壇上の彼の歯が白く輝いているのが分かる。
キラーン
「なんか、擬音語が聞こえた気がする」
マヒルが言う。
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朝礼の後、
「では、紹介いたしますわ。行きますよわよ」
とローズは当然のようにマヒルの腕を掴んだ。
「どこに」
「美しい被害に遭いに」
「不穏な言い方やめて」
ローズに連れていかれたのは、中庭。
そこに木漏れ日が差し込むテラスがあった。
朝礼で全校の空気をおかしくした銀髪の生徒会長が、優雅にたたずんでいた。
「初めまして」
銀髪の少年は、立ち上がった。
「僕はレン。この学校で、いや、世界で最も美しい生徒だ」
ローズたちと負けず劣らずの第一声だ。
「初手で信用を失う自己紹介、初めて見た」
「安心してくれ。二手目でも失う」
「安心できる要素がない」
「レンお兄様は、アストラ合衆国 大統領のご子息ですわ」
「は?」
マヒルは思わず声を上げた。
「このナルシストが?」
「このナルシストが」
ローズは涼しい顔でうなずいた。
「自己陶酔者とも言いますわ」
「紹介の仕方に悪意があるね、ローズ」
「事実ですわ」
「事実が一番人を傷つけるのさ」
「ところで、君がマヒルだね」
「なんで知ってるの?」
「美しい僕は、必要な情報も華麗に把握している」
「情報収集を顔で済ませるな」
レンは笑った。
「ローズが君の話をしていた」
「悪口?」
「褒めていたよ。『極めて普通』だと」
「それ褒めてる?」
「彼女にとっては、最大級の評価だ」
ローズを睨む。
「馬鹿にしてんの?」
「いえ、褒めていますわ」
「あと、良質なツッコミは、気品のあるボケに相性が良いですわ」
「それが、あんたの本音ね」
「マヒルは、僕の美しさを引き立たせると言いたいんだね。」
彼の髪をなびかせた風に光り輝くものが乗って、流されていく。
「そんなことどうでも良いわ。
なんで、あたしを紹介したの?」
「人を見た目だけで判断してはいけないという事例ですわ」
「まあ、僕の美しすぎる罪だね」
レンは、ふっと笑う。
キラキラが、飛び交っていった。
「ほんとどうでもいいわ」
「ところで、マヒル。君に聞きたいことがあるんだ」
「なに?」
「君は何故、ここに来てしまったんだい?」
彼は、笑顔だ。
しかし、あきらかに作り笑顔であることが分かった。
先ほどまでの光り輝いた印象から一転した。
一気にこの人物に暗い影がさした。
先ほどまで光り輝いていたテラスにも雲がかかり、暗闇に包まれた。




