第2話:ソフィア
二枚の写真を見て、マヒルは、ローズの襟元をつかんだ。
「あら、あら」
ローズは、さほど驚いた様子はない。
「暴力はいけませんわよ。力づくでは何も解決いたしませんわ」
ぽんぽんとローズの襟首を掴んだマヒルの手をたたく。
マヒルは、しぶしぶ手を離す。
「この写真は、ある国が所有する衛星から撮られた物ですわ。」
「日付は、あなたの誕生日になっていますわ」
写真の左下にある数字をローズは指さす。
「午後4時ですわね。ここにちゃんとあなたの国も映っています」
「こちらは、24時間後の写真ですわ」
もう一枚をローズは取り出す。
「だいぶ、様子が変わっておりますわね」
「あんた、これどこで手に入れたのよ」
「そうですわね。
情報を提供する代わりに、あなたには協力していただきたいのです」
「協力?」
「あなたには、ある人間のサポートをして欲しいのです」
「ある人間って誰?」
「わたくしの親友ですわ」
「サポートって具体的に何?」
「あの子、かなり危ういのですわ。このままでは死んでしまいそうで」
「病気なの?」
「いえ。放っておくと食べない、寝ない、笑わない、ついでに人間らしい生活をしない」
「それは病気より先に生活態度の問題じゃないの?」
「それに、全然笑うこともなくなってしまって」
「いや、知らんし」
「あの子笑うと、とてもかわいらしいのですよ」
ローズがお母さんのように言う。
「改善して欲しいのです」
「それサポートっていうより介護とかカウンセリングじゃない?」
「心配しなくとも、女性なので支障ないですわよ」
「支障あるわよ。」
マヒル、少し考える。
「取りあえず、そいつと会ってから考えるわ」
「それでは、海外旅行に出かけましょう」
「は?」
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「あんたってさ、人権とかパーソナルスペースとか知ってる?」
「何をおっしゃっているのかしら?」
「いや、勝手にあたしの荷物運び出すとかあり得なくない?」
「善は急げですわ」
「急いでいい善と、訴訟案件の善があるわよ」
気がつけば、マヒルは、プライベートジェットに乗せられていた。
そして、なぜか、通された巨大な屋敷には、マヒルの部屋の荷物があった。
「あたしは、取りあえず会ってみるって言っただけなのよ」
広い屋敷、ここにサポートする人物がいるらしい。
天井が高く、ホテルのような広い廊下。
そこで、マヒルはローズに食って掛かっている。
その横を薄い水色を帯びた瞳、青みがかった白い髪の少女が通り過ぎて行った。
「え!」
少女は、マヒルたちを見ていなかった。
「あれは?」
「あなたがサポートする相手、ソフィアです」
マヒルが、少女の後ろ姿を見ているとローズがいう。
「まだ寝ぼけていますわね」
「いや、普通寝ぼけてても人を無視して通り過ぎないでしょ
ここ家の中よね?!」
「ソフィアの場合、起きていても似たようなものですわ」
「それ、かなり問題あるわよ」
「取りあえず、食事の準備をいたしましょう」
ローズは、当然のようにキッチンへ向かった。
「こいつ、たまにお母さんっぽくなるわね」
「何か言いまして?」
「別に」
「基本、全自動でできますのよ。最近のキッチンは素晴らしいですわ」
ローズは、妙に楽しそうだった。
しばらくするとサラダとシチューが皿に入れられて機械から出てきた。
「なんかこれ、すご過ぎない?」
ローズは、嬉しそうに料理が盛られた皿をテーブルに運ぶ。
その時、例の少女がキッチンに入ってきた。
入浴を終えた後のようだ。
「ソフィア、ドリンクは何がよろしくて?」
「ホットミルク」
小さい声だった。
ローズは慣れた手つきでミルクを温め、ソフィアの前に置く。
ソフィアは両手でカップを持ち、少しずつ飲んだ。
「……子どもみたい」
マヒルが思わず言うと、ローズが笑った。
「昔からですわ」
「昔からホットミルク?」
「昔から、放っておくと何も飲みませんの」
「そっち?」
ソフィアはカップを置くと、ようやくローズを見た。
「説明を希望する」
さっきと同じ抑揚のない声。
「やっとかよ!」
マヒルが言う。
「前に言いましたでしょう?あなたをサポートする人間ですわ」
ローズは扇子で優雅に扇ぎながら答えた。
「要らない」
ソフィアは、表情一つ変えずに言った。
「マヒルは、あなたに必要ですわ」
「不要」
「このままだと、あなたは本当に死にますわ」
「死なない」
「最後に食事をしたのは?」
「六日前」
「死ぬわよ!」
マヒルは声を上げた。
「サポート不要」
なおも言うソフィア。
「マヒル、これではあなたの島の情報は手に入りませんわよ」
ローズがマヒルを見て言う。
「いや、それは困るんだけど」
マヒルは、白い髪の少女に歩み寄る。
「ちょっと!あんた、ソフィアだっけ?
あたしは、情報が必要なの」
「サポート不要」
「それじゃ困るの!
あたしはどうしても島のことを知る必要があるの!
あたしは、必死なの!!」
ソフィアは、マヒルの方を見る。
マヒルの目を見つめる。
数秒、見つめ合うこととなった。
「な、なに?」
「赤い…」
「え、なんなの?」
ソフィアが顔をそらす。
「やはり、不要」
「ちょっと、今の何?」
「仕方ありませんわ。
マヒル、頑張って説得してくださいまし」
「え、何?」
「わたくしは、これから、茶話会がございますの」
「いや、今、夕方よね?」
「ここでの生活について記載したものをこちらに用意してあります」
「いや、ちょっと待って」
ローズを追いかけるマヒル。
逃げていくローズ。
静寂が流れる。
ソフィアは、タブレットの地図を見ていた。
そこには、マヒルの島が記載されていた。
――――――――――――――――――――――
「はい」
翌朝、マヒルは、ソフィアのデスク近くに、朝食を置いた。
「あんた、放っておいたら何も食べないんでしょ?」
「不要」
「いや、あたしは、情報が必要だからそれじゃ困るのよ」
「不要」
「仕方ない。
あたしは、新しい学校に行かないといけないから、もう行くわ」
「ちゃんと食べておいてよ」
そして、夕方…。
「いや、食べなさいよ」
「不要」
「それじゃ困るのよ」
画面を見たままのソフィア。
「食べ物を粗末にするな」
マヒルは、ソフィアの口に食べ物を押しつける。
ソフィアは、画面を見たまま。
「いい加減にしなさいよ」
マヒルは、ソフィアのあごをつかみ無理矢理口の中に詰めこんだ
ソフィアは、マヒルの目を見ながら咀嚼する。
「いや、食べれるじゃないの」
そんなことを繰り返して、数日が経過した…。
――――――――――――――――――――――
朝、マヒルは、ホットミルクを用意してあの部屋にいく。
巨大なスクリーンがいくつもある、ソフィアの作業部屋。
「あんた、寝たの?」
「必要量は確保した」
「何時間」
「四十二分」
「それを睡眠に分類するな」
近くのデスクにホットミルクを置いてやる。
「飲めば」
「現在、作業中」
「飲みながら作業すれば」
「液体を電子機器の近くに置く行為は非合理」
「じゃあ離れて飲め」
ソフィアは、数秒だけ画面を見ていた。
それから、ゆっくりカップを持ち上げた。
飲んだ。
「……飲んだ」
「合理的と判断した」
「あんたの合理的判断基準って何?」
マヒルは、笑った。
ソフィアは、マヒルを見ていた。
――――――――――――――――――――――
「げ!」
学校の教室には、ローズがいた。
ローズは、
「あら、マヒルさん、ごきげんよう」
と挨拶。
「ごきげんよう、じゃないわよ
あんた、勝手に荷物運んで、勝手に転校手続き取ってるってなに?」
「それでも、マヒル、あなた、この学校になじんでいるではありませんか?」
「そういうこと言ってんじゃないわよ」
「ソフィアは、どうですか?あれから数日たちますわ」
「あいつは、飲み物とか食べ物とか、無理矢理持っていき続けてたら、
要らないとか言わなくなったわよ」
ローズは、目を輝かせた。
「まあ」
「何」
「まるで保護者ですわね」
「黙れ」
ローズは扇子を開いた。
【母性】
「破るわよ」
「暴力はいけませんわ」
「その扇子は暴力を誘発してる」
「でも、助かっていますわ」
「……何が」
「ソフィアは、人に何かをしてもらうことが苦手ですの」
「見たら分かるわよ」
小さい体で、作業をしている後ろ姿を思い出す。
「あいつ寝ないで、なんで、あんなに作業してるのよ?」
優雅に微笑むローズ。
「…」
彼女は、答えない。
「そうね。あんたたち、なんかありそうだし、あたしは島のことを知れればいい」
手に力が入る。
「早く、島の情報出しなさいよ」
「ソフィアがどう思っているかは、気になりますわね」
少し黙るローズ。
「一度、三人でディナーをしましょう」
「は?」
「あの子の判断が必要ですわ」
――――――――――――――――――――――
屋敷の食堂は、無駄に広い。
長いテーブル。白いクロス。銀色の食器。
「すごい、料理ね」
「今日は、特別なものをご用意いたしましたわ」
並べられた料理を見て二人は言う。
ソフィアは、無言のままイスに座っている。
ローズは、今日は、あの扇子を持っていない。
それが何故かプレッシャーをマヒルに与える。
「それでは、ソフィアあなたの意見が聞きたいですわ」
「あたしは、いい加減、情報が欲しいんだけど」
しばらく沈黙。二人はソフィアを見ている。
そしてやっと口を開く。
「マヒル、あなたは4日もシェルターの中に閉じ込められた」
マヒルの肩が一瞬震えた。
「ほんと、なんでも知ってるのね」
「どう感じていた?」
「なんで、そんなこと聞くのよ」
ソフィアは、答えない。
「言ったら、情報を出すんでしょうね」
マヒルは、長い息を吐く。
「怖いに決まってるでしょ。狭くて真っ暗なところで、出られない」
「それ以外は?」
「あの日は、あたしの誕生日だった。
だから、ケーキ食べたかったとか。
走馬灯っていうの?そういうのも見たわよ」
「他には?」
「父さん、母さんは、あたしを命がけで助けてくれた」
マヒルは、泣きそうになった。
食いしばって我慢する。
「だから、死んでたまるかとも思った」
ソフィアは、マヒルを見た。
「でも、もう、死ぬかも知れないって思って、気を失って」
「気がついたら、ベッドの上だったわよ」
ソフィアは、テーブルの上を再び見た。
相変わらず、無表情。
「だから、あたしは、島のことを知らなきゃならないの!!」
いつの間にか叫び声になっていた。
静寂が部屋を包み込む。
再びソフィアは、マヒルを見る。
マヒルとソフィアの目が合う。
「やっぱり、赤い…」 彼女は小さくつぶやいた。
「え、なんて?」マヒルが聞く。
「マヒル、あなたは、通常の生活を送るべきと考えている」
ローズが、紅茶を飲む。
「島のことは、忘れるべき」
「嫌よ!」
「そんなことをしたら、父さん、母さん、友達、島のみんなのことを
忘れることに なっちゃうじゃない!!」
黙っていたローズが、紅茶のカップを置く。
「ソフィア、もうよろしいのではなくて?」
目をつぶるソフィア。
ローズは、テーブルの上に紙を置いた。
「契約書?」




