マヒル、立ち向かう――高校時代
「そろそろ、出発の時間だ」
銀色の髪をした長身の青年――レンは、いくつもの写真立てが並ぶ棚に目を向ける。
その中の一枚に、二人の少年が写っていた。
二人とも、レンと同じ銀色の髪をしている。
レンは、その写真をしばらく見つめた。
「リン、今日はローズたちと話をするよ。
彼女たちは、どう言うかな?」
そう言って、レンは玄関へ向かった。
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「お兄様、少々、スパルタすぎではございませんか?」
ローズが吐息を吐く。
先ほど、レンから話を聞き終わったところだ。
マヒルが、珍しくずっと学校を休んでいるためレンに問いただしたのだ。
「それは、君もだろ、ローズ」
学校中庭のテラスにキラキラを舞い散らせながらレンが言う。
「お兄様ほどではありませんわ」 扇子を閉じるローズ。
「いや、君のほうが、スパルタだよ。
彼女に十一万人の思いを背負えって言ったそうだね」
「あの子が前に進むには必要です。
致し方ないことです」
「まあでも、きっと大丈夫だよ」
ソフィアは黙ったまま。
「ソフィア、マヒルのことが心配なのかい?」
ソフィアは、沈黙していても沈黙の種類が違う。
レンはそれを察知した。
「君は優しいね、ソフィア。たぶん、僕が知る中で一番かな?」
「マヒルは、何日も、学校を休んでいるのですよ」
「一時的なものだろう?」
レンは、校舎から聞こえてくる声援に手を振る。
「今後のことを考えるとあれくらいは、必要だ。
大きなものを乗り越えると、あとが楽になる」
またも声援、レン・ファンクラブ会員の生徒たちだ。
レンが笑顔を向ける。
「ところで、マヒルと話をして君らの意見が気になったんだ。
ローズ、君はあの子のことをどう思っているか教えてくれないか?」
ローズは扇子を閉じる。少し考える。そして、言う。
「マヒルは、ずっと、自分の国はどこにもないといわれ続けました。
普通は、諦めて、その状態に馴染んでいくものです…」
「それが楽だからね」
「機密情報を盗もうと何度もしましたわ。
子供なのに」
「子供なのは、君も同じだがそれはおいておこう」
「レンも一歳しか変わらない」
ソフィアが抑揚のない声で言う。
「大人、子供にかかわらず、ほとんどの人間は、事実を見ないふりをする。
事実を見るのは、エネルギーがいるし、心が壊れそうになるからね」
レンは一呼吸おいた。
「でも、あの子は事実から逃げる子ではない…」
彼は言う。そして、一瞬真顔になる。
「そういう解釈でいいかい?」
「それでよろしいですわ」
ローズが答えた。
扇子からパチンという音がする。
「ソフィアはどう思っているんだい?」
「マヒルは、四日間、シェルターに閉じ込められ生き残った」
ソフィアは、レンを見ながら言う。
「わたしは、マヒルを信じている」
ソフィアの声は少し大きい気がした。
レンが満足そうにほほ笑む。
「それにしても、お兄様は、裏表が激しいですわね」
「それは君もだろ、ローズ」
レンが指摘する。
「致し方ありませんわ」
ローズが立ち上がり、歩き出す。
「ソフィア、あなたも一緒に来るのです」
ソフィアは、ローズの後を追う。
レンも、手を振りながら、声援に送られて、中庭を後にした。
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マヒルは、もうわからなくなっていた。
部屋の中で、シーツをかぶりうずくまる。
何がほんとうで、なにがうそなのか?
父は、正しかったのか?
父が間違っていたのか?
これは、罰なのだろうか?
実は、島の人たちが悪者だったのだろうか?
悪者にくだされた天罰なのだろうか?
考えたくなかった。
もうなにも考えられなかった。
ドアをノックする音がした。
「マヒル、入りますわよ」
ローズの声だ。
「入らないで」
マヒルは、力ない声を出す。
「そういう訳にはまいりません」
ドアが開く音がする。
二人の人影が入ってくるのが見えた。
シーツに包まり、顔を見られないようにする。
「何の用?」
マヒルは小さな声で言った。
「あなたと話し合いに来ました」
「話すことなんてない」
「わたくしは、あります」
マヒルは、シーツをさらに引き寄せた。
「お兄様とお話をしたようですね」
「なに?あんたもあたしを馬鹿にしに来たの?」
「違いますわ」
「馬鹿な選択をして、自分の国を消した大臣の娘って思っているんでしょ」
「違います」
「勘違いしてた、バカな子って思ってるんでしょ」
「思っていません」
「あんた知ってて、全然教えてくれなかった…」
「それは…」
「もう、なにも信じられない…」
ローズは黙ったまま。
「もういい、もう、どうでもいいよ。疲れた…。」
静寂が流れる。
「あたしもみんなと死にたかった」
「マヒル。……怒りますわよ」
低い声でローズが言う。
「だって、わかんないもん!!」
マヒルは叫ぶ。
「父さんのせいなの?
父さんが、原因で国が消えたの?」
ローズが、目を伏せる。
「父さんが間違ってたの?」
ローズはマヒルに近づいていく。
「そんな簡単に決められるものではありませんわ」
ソフィアもローズの後に続く。
「マヒル、あなたの父親は、かつてあなたの国が占領した国を何度も訪れている」
相変わらず、抑揚のない声。
しかしはっきりとした声だった。
「資料には、友好関係構築のためとあった」
ローズが続ける。
「多くの人を殺したことは、決して、許されるものではありません」
マヒルは、シーツを握る力を強める。
「かつて自分たちの国を占領した国の人間が、やって来るのです。
敵視されるのは当然でしょう。
それがどういうことか、あなたにもわかるでしょう?」
「それは……」
「それでもあなたのお父上は、逃げずにずっと訪れているのですよ」
「あなたの父親の度重なる訪問もあって、国交は回復している」
ソフィアが付け加える。
「マヒル。あなたは、いま、悪い部分だけを見ていますわ」
ローズは一呼吸置く。
「あなたは、なぜ、国を失って悲しかったのですか?」
「父さん、母さん、友達が大切だったから。みんな、みんな大切だった」
マヒルはつぶやく。
「そうですわね。みんなやさしかったでしょう」
ローズは、優しく語りかける。
「お父さま、お母さまは、あなたのことを愛していたのでしょう?」
マヒルは、顔を上げてローズを見る。
彼女は優しく微笑んでいた。
「命がけで、あなたを救ったのでしょう」
マヒルの目から、次々と涙がこぼれる。
「間違ったこともあったかもしれません。
でも、あなたを愛していたことは、確かです」
ローズは、マヒルの頭を優しくなでる。
「あなたの国の人たちにも、それぞれ思いがあったはずです。
あなたが、それを信じてあげなければ」
父と母の最期の顔が浮かぶ。
二人は、自分が助かることなど考えず、マヒルだけを助けた。
当たり前のように。
島での幸せな生活を思い出す。
大切な友達。
光り輝いていた幸福な日々。
「父さん…」
「母さん…」
「みんな…」
「会いたい…」
「会いたいよぉ」
マヒルは、子供のように泣き出す。
ローズは、シーツの上から彼女を優しく抱きしめた。
「大丈夫ですわ。マヒル、あなたのお父上は、逃げずに戦い続けた人。
あなたは、その娘ですもの」
ローズは、穏やかな声で語りかける。
「きっと、乗り越えられますわ」
ローズはそっと、マヒルから離れた。
ローズとソフィアは、部屋を出ていった。
マヒルは、泣きはらした目で、床に散らばる資料を眺めた。
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「マヒル、そのサングラスは、何だい?」
「あんたの目くらまし対策よ」
彼女は、ローズが押し付けてきたサングラスをしている。
相変わらず、レンの邸宅の本館は、キラキラが激しい。
無駄に広いテーブルの上には、前回と同じように朝食が並んでいる。
サングラスをかけると、ローズのあの言葉を思い出す。
“あなたが、泣いて投げ出さないようにです”




