レン、地図を読む――高校時代
「サングラスをかけたい……」
“あなたが、泣いて投げ出さないようにです”
そう言って、ローズに押しつけられたサングラス。
それを部屋に置いてきたのを後悔した。
「既に、泣いて投げだしたい気分だわ……」
レンは、朝からキラキラしている。
それにこの部屋、壁紙にラメでも入っているのか?
部屋中が輝いていて、目に良くない。
ソフィアの見舞いのあと、スパルタ教官ことレンの家で教育を受けることになった。
マヒルの荷物は、彼の邸宅の別館に移動された。
そして、今日の朝、一緒に朝食を取ろうとレンに誘われた。
本館の建物は光りすぎている……。
「それは仕方ないね。僕は、朝日よりも輝いているからね」
「いちいちウィンクをするな。飛んでくるハートマークが邪魔なのよ」
「ところで、マヒル。前々から君に聞きたいことがあったんだ」
「なに?」
「どうして、真相を暴こうとしていたんだい?」
「そんなの当たり前でしょ?」
「違うね」
「君は、何度も機密情報を盗もうとして失敗している。
だから、分かっているだろう?
あれを繰り返していれば、命の保証は、なかった。
怖くなかったのかい?」
「でも、あたしはやるしかなかったのよ」
「あのまま、嫌なことは無視して、過ごすことも出来たはずだ。
あの学校は良い学校だったろう?」
「まあ、いい人ばかりだったわよ」
「そのまま、何もかも忘れて、幸せに暮らせただろう」
「そんなの幸せじゃない!」
レンの言葉にかぶせるようにマヒルが言う。
「そうか……。ローズが君を連れてくるわけだ」
レンは、テーブルを眺める。
「……この授業を君にするか、かなり迷った。
あとで、ローズがどう言うかな?」
彼は、カップのコーヒーを一口飲む。
「一つ言っておくよ。
事実は、時に人を大きく傷つけるんだ。
それを受け止める覚悟は、出来ているかい?」
「いまさらでしょ!」
レンは、満足そうに微笑む。
「それでは、地理を始めようか」
「いや、学校で習ってるわよ」
「もっと、深く見るのさ」
「深く?」
「まず、国境を見よう」
使用人が、マヒルとレンの横に地図を置いた。
「これ……」 言葉を失う。
「君の島がなくなる前のものだよ。
その方が考えやすいと思ってね」
「君の国の国境は、どこにある?」
「海の上だけど……」
「非常に良い答えだ」
「馬鹿にしてるの?」
「大真面目だよ」
「じゃあ、人は海をどうやって移動する?」
「それは、船とか飛行機とかじゃない?」
「そう、だから君の国は島国だった」
「もうちょっと分かりやすく説明してくれない?」
「そうか、君の国は島国だからあまり国境を意識しなかったんだね」
レンは続ける。
「街はどうやって出来る?」
「それは、生活しやすい場所を選んで、必要な建物とか建てて
人が集まってできるんでしょう?」
「そうだね。じゃあ国は?」
「街と街がつながって、同じ、決まり、憲法や法律を定めて、それに従って活動をする」
「そうだね、つながる必要がある」
マヒルは、少し考える。そしてつぶやく。
「海があるとつながれない……」
「良い答えだ。
特に航海技術が発達していなかった時代は、海を越えることは至難だった。
いまでも、電車や車のようにはいかない」
レンが答える。
「海に囲まれていると他とつながれない。
だからその範囲で国になる。島国になる」
マヒルが言う。
「そうだ。その場合は、海が国境となる。
海が国境の場合は、国境の位置が変わりにくい」
「変わりにくい?」
「そうだ」
「そうだな、別の国境を見ようか。
アストラの南にある大陸を見よう」
マヒルは、地図に視線を向ける。
「大きな山脈がある……。」
「理解が早いね。
険しい山脈を越えるには、人間の足では一苦労だ。
つながれない。
だから、そこに国境ができる」
「確かに……」
「他に森や河、湖などもそれにあたる。
自然条件によって、人の行き来がなくなる。
そして、自然は変わりにくい。
だから、なかなか国境は変更が生じない」
「国境の変更?」
「では、わかりやすいように他の国境の条件を見ようか?
国境の変更に入る前に自然条件以外での国境の出来方を見よう。
アストラで良いかな」
「北側の国境が直線になっている……」
「不自然だろう?」
「ええ」
レンは地図を指でなぞった。
「これはね、人間が話し合いで決めたんだ。」
「話し合いで?」
「そう。その話し合いの前に戦争があってね。
その戦争を終わらせる時の話し合いをしたんだ」
「戦争……」
マヒルが重々しくつぶやく。
「当事者が集まってね。
その話し合いの時に、この国境をどこに敷くかも一緒に決めたんだ」
レンは定規を持ち上げ、地図の直線の国境に重ねた。
「だから、定規で線を引くように決めた。」
「不自然ね」
「そうだね、海も、山も川もない。
誰が見ても『ここから向こうは別の国です』なんて分かる目印はない。」
「そんな適当なの?」
「適当に見えるけど、人間にとっては十分なんだ。」
レンが微笑む。
少し陰があるように見えた。
「それじゃあ、他を見てみるかい?」
地図に目を落とす。
「南同盟の地域にも直線の国境がある」
マヒルが言う。
「ああ、それも人間が、話し合って、決めたんだ」
レンは、少し黙る。
「だが、話し合ったのはその国の人間じゃない。
君もさすがに知っているだろ。
そこがどういう地域だったか」
「植民地……」
「そう。力で支配していた他の国の人間たちが、自分たちの都合で決めた」
「そこに住んでいた人は?」
「そこが問題なんだ。」
「国境は地図の上では一本の線だ。でも、その線の上には、人が暮らしている。」
「……。」
「線を一本引けば、昨日まで隣人だった人が外国人になった」
マヒルは地図を見つめる。
一本の線。
それだけで、人の人生が変わる。
「さらに今までいがみ合っていたもの同士が、同じ国の人間となった。
どうなると思う」
「混乱が起きる」
「それがひどくなれば内戦となるね。
内戦が原因で国境が変わることもある」
マヒルは、地図をじっと眺める。
「およそ理解出来たかな?」
「国境は、自然が決めるものもあれば、人間が決めるものもある。」
レンは地図をなでる。
「だから国境を見ると、その国の歴史が見えてくる。」
レンはマヒルを見る。
「改めて、聞こう。国って何だと思う?」
「人が住む場所?」
「半分正解。」 レンは静かにうなずいた。
「国とは、共同体なんだ。」
「共同体?」
「同じ法律を守り、税金を払い、助け合い、時には国を守るために軍を持ち、
世界と外交をする。」
「だから、人が集まっているだけでは国にはならない。
みんなが『私たちは一つの共同体だ』と認めて初めて国になる」
マヒルは、島での生活を思い出す。
光輝いて、みんな仲良く楽しそうに暮らしていた。
「その国に暮らす人たちが、同じ国の人間だと認めなければ、
本当の国にはなれない」
つぶやくようにレンが言う。表情から笑みが消える。
「アストラ合衆国は、どういう経緯を経て出来た国か知っているかい?」
「おおざっぱには……」
「君が知っているおおざっぱを教えてくれないか?」
「あなたの祖先は、他の大陸から移住してきたって。
そして、何回か戦争をした。
そして、この国が出来た」
「合っているね」
レンは満足そうに言う。
「さっき、移住したと言ったね」
「ええ」
「移住が意味することは分かるかい?」
マヒルは、背筋が凍った。
「僕の祖先はね、元々この国に住んでいた人間も殺している」
彼からは、部屋に入ったときの輝きは一切見られない。
それどころか暗い陰が見える。
「土地を奪い、戦争をしてこの国はできた」
しばし沈黙が流れる。
「マヒル、僕の祖先はね、人殺しなんだ……」
レンがほほ笑む。
そのほほえみは違う意味だと分かる。
「それでは、また君の国の国境の話をしようか」
「さっき、海の上って言ったじゃない」
言いながら、マヒルの背中に冷たいものが流れた。
「三年前は、ね……」
レンは一瞬黙る。
「先ほど、国境が変わる話をしたね。
大戦中は、君の国は、何をしたか知っているかい?」
そして、地図を指さす。
「地図では、君の島のすぐ近くだね」
「知ってる」
言葉に詰まる。知っていても言えない。
「君の国の人間はここの国を占領した」
レンが言う。
マヒルは、何も言えない。
「一時期、ここの地域も君の国の一部だった」
「海を越えてまで、力で押さえつけるのは長くは続かない。
だから、大戦後はまた、海の上が国境となったけどね」
「これも、国境が変わる理由だ」
マヒルは、黙ったまま。
「君は、島を消されて、島を消した相手のことをどう思った?」
拳に力が入る。そしてつぶやく。
「殺してやりたい……」
「占領された国の人たちも同じことを思っただろうね」
マヒルは、何も言い返せない。
レンが悲しそうな顔をする。
「事実は人を傷つけるだろう?」
「あと、君はおそらく思いこみがある」
「思い込み?」
使用人が、マヒルのテーブルの前に資料を置く。
資料は三冊だった。
「コピーだよ。
君にとって非常に重要だから、決してなくしてはならないよ」
マヒルは思わず手に取る。
「君の国は、他の国の戦争の資金を提供していた」
言葉を無くす。
「君の父君は、それを承認している。
一冊目の資料を見ればわかる」
言われた資料を見る。
父のサインがある。
「君の国は、数年前も他の国の人殺しを手伝っていたんだよ。
間接的にね」
父から聞いたこともある。
事実で間違いないのだろう。
「大戦中に他国を占領していたことも、合わせるとどうだい?
君の国の人間を殺したいと思っていた人間は、本当にいなかったかい?」
マヒルは何も言えない。
「もう一つ、あの島を中継地点にしたのは、君の国のトップの判断でもある」
レンは、二冊目の資料をとる。
マヒルは、同じ資料を手にする。
「二冊目の資料は、君の父君が自国の総理大臣に提出したものだ」
マヒルは、食い入るように内容を読む。
「君の父君は、国が通信・外交・軍事の中継地点となることを推進している」
資料にはまたも、父のサイン。
「父さん……」
「三冊目は、君の総理大臣が他国と中継地点となる約束を取り交わしたものだ」
マヒルは、三冊目の資料を手に取る。
手に力が入る。
「君の国が、中継地点となったことは押しつけじゃないんだ。
中立国だから、三勢力すべてと平等にね」
レンは一息つく。
「日付を見るといい、ソフィアの論文はその前に出ている
ソフィアの論文を理解したうえで承認されているんだ」
「どうして……」
分からなくなる。
「それは、君自身が、確認するべきだ。
だが、僕の推測を言わせてもらうと、おそらく国の利益を考えて判断している」
「わからない……」
「戦争の資金提供は、自国の防衛だ。
戦力は提供せずに、一方に加担して、戦況を変化させた。
自分の国が巻き込まれるのを防ごうとした」
レンは、しばらく間を置く。
そして言う。
「中継地点については、経済だ。
中継地点になれば、島の経済は、潤う。
軍隊を維持するには、資金が必要だからね」
マヒルは資料を握りしめる。
「人口たった十一万人の国だ……。
中立で、他国に占領されず平和を維持するなんて、並大抵のことじゃない」
レンの声は、重々しかった。
マヒルは、答えない。
肩に力が入る。
レンは続ける。
「最後だが、君は、ソフィアをかなり気にしているみたいだね」
「それは……」
「気にする必要があるのは、ソフィアだけかい?」
「何が言いたいの?」
「僕の父は、アストラ大統領だ」
それを言われて、マヒルは、やっと気がついた。
そして、自分の愚かさを悔いた。
アストラは、三勢力の一つの中心の大国だ。
つまり、島を消滅させた力を使った国だ。
レンは、その国の大統領の子供だ。
「君の国を消滅させたことを正当化するつもりは、一切ないよ。
だが、他国の誤りを言うなら、自国のことからは、逃げられないからね」
マヒルは立ち上がる。
ぐっと、こぶしに力をいれる。
しかし、どう返していいか、わからない。
視界がぼやけてくる。
屈辱で涙が流れる。
レンは、真剣な顔をしてマヒルを見つめる。
何かを言い返したい。
でも何を言っていいかわからない。
声を出そうとしたが、出来なかった。
悔しい。
何も言えない。
マヒルは、走ってダイニングを出ていった。
レンは、マヒルを見送り、しばらくテーブルを見つめていた。
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「どうして……」
「……父さん」
「どうして」
「父さん、父さん、どうして」
繰り返す。
わからない、どうしてなのか、どうしたらいいのか。
マヒルは、部屋で、一人、思いっきり泣いた。
ひとしきり、泣いたあとテーブルの上にあるものに気づく。
ローズが渡したサングラスだ。
“あなたが、泣いて投げ出さないようにです”
ローズの言葉が脳裏によぎる。
マヒルは、再び枕に顔を伏せた。
毎週火・木・日曜日の19時頃に更新する予定です。




