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第15話:ゾーイ、核兵器との戦争――核戦争時代




マヒルが空港の特別な通路を出たそのときだった。


マヒルを待ち構えていたかのように、その人物は現れた。


「お久しぶりですね。マヒルさん」


「ゾーイさん」


グローバル・ネクサス社のゾーイ・レイヴン。


黒のスーツに、黒い髪、黒い瞳、白い肌をしている。


整った中性的な顔立ちで、男性か女性か判別がつかない。


「少々お時間をいただけませんか?」


ゾーイは、マヒルに笑いかけた。






空港内のVIPラウンジ。その個室。


そこにマヒルは、案内された。


マヒルは、空港内なら危険は少ないと判断した。


核ミサイルを無効化した、あの技術について聞けるかもしれない。


そう思い、マヒルは誘いに応じた。


ゾーイは、席に腰掛けるなり、いきなり言ってきた。





「我々は、核兵器と戦争をしている……」





「すみません。いきなりで何をおっしゃっているのか」


マヒルは、戸惑いながら答えた。


「これは失礼しました」


ゾーイは、笑って答える。


「あなたとわたしたちが置かれている状況を、理解していただきたいのです」


「置かれている状況ですか?」


「はい、今は戦争と同じ状況です」


ゾーイは、マヒルを真っ直ぐ見る。


「我々は、核兵器そのものと戦争をしている。

 それは、核兵器で成り立つ世界秩序との戦争でもある。

 言い換えれば、核兵器が作る秩序に頼り切っている国の人間たちとの戦争だ」


「戦争というのは、いくらなんでも大げさではないですか?」

 

「いえ、おおげさではないですよ。

 生きるか死ぬか、その状況にあります」


「嫌な状況ですね」


「ええ、嫌です。

 ですが、その先に、希望があります」


ウェイトレスらしき女性が、二人の前のテーブルにコーヒーを置いた。


そして、去って行った。




「あなたが、世界連合で保護されている間、世界は大変なことになっていました」

 

「大変なこと?」


「ええ、それはもう。

 これまでの世界の常識が塗り替えられたのです」


ゾーイは、両手を広げた。


「マヒルさん、核が世界に与えている影響は、分かりますか?」


「安全保障に重大な影響を与えています」


マヒルはすぐに答えた。


「その通りです」




ゾーイは、立ち上がった。


「安全保障!」


そして机の周辺を歩きながら言う。


「安全保障は、非常に、非常に重要だ!」


ゾーイは、立ち止まった。


「マヒルさん、安全保障が脅かされると、どのような分野に影響が及びますか?」


マヒルを見て聞いてきた。




「まずは、経済ですね」


「そうです。経済です。

 貿易が滞る可能性がある。

 安全が保障されない国には投資が集まらず、企業も進出しない。

 反対に、安全な国には資金と企業が集まる。

 金融市場にも影響する」


ゾーイは、嬉しそうに笑いながら言った。


「他にはどうですか?」




「外交が変わります」


「ええ、外交です」


ゾーイは、腕を後ろに組んだ。


「現在核を保有している国はいくつですか?」


「九カ国です」 マヒルが答える。


「さすがですね」


ゾーイの声は弾んでいる。


「そう、核を保有している国は、九カ国だ。

 最大の核戦力を保有しているのが、アストラ、ボレア、メリディアの三大国です。

 残る六か国も核戦力を保有しています」


マヒルは、視線をテーブルに落とした。


「何故、これらの国は、莫大な資金をかけて核を保有するのでしょう?」


「核兵器を持っていると攻め込まれない」 マヒルが答えた。


「その通り。

 そして、それは、強い交渉カードとなる」




ゾーイは、天井を仰ぐ。


「核兵器を持っている。

 それだけで、攻め込まれない。

 核兵器は、国を消滅させる力だ。

 国だけではない、世界を滅亡させる!

 それだけの力がある!

 だから持つ」


ゾーイは、両手を握りしめた。


「核を持たない同盟国は、核保有国が提供する『核の傘』に入る。

 守る側と守られる側が、完全に対等でいられるか?!

 表面は、対等を装う!」


ゾーイは、大げさに手を広げる。


「しかし、実際はどうだ!!

 守る側は、同盟国との交渉で自国に有利な条件を引き出せる!!」


ゾーイの話し方は演説となっていた。


ゾーイは、息を整えた。




そして、ゆっくりと話す。


「あとは、安全保障の影響は?」


「人、国民の意識が変わります」


マヒルは、ゾーイの仕草を観察しながら言う。


「そうです。

 安全な国では、国民は安心して暮らせる

 そうでない国は、不安な日々を送ることになる」


「国家間の人の出入りも変わる」


マヒルが言った。


「そうです。よくおわかりですね」 


ゾーイは穏やかな声で言った。




「これらのことは、核兵器の強力な力があった上で成り立っていた!!」


ゾーイは、踊っているかのように、全身で表現する。


「しかし、今は違う!!世界は、一変した!」

 

「核兵器を持っていても、無力化される。

 強力な武器が消えた!!」


ゾーイは、愉快という感情を全身で表しているようだった。


「安全保障の大転換だ!!」


ゾーイは、両腕を広げる。


そして、こぶしを掲げて叫んだ。




「我が社は!!我々は、世界を変える!!!」




マヒルは、興奮するゾーイを見ているうちに、かえって自分が冷静になっていくのを感じた。


マヒルは、考えを巡らせた。

 

「でも、核の脅威がなくなったら……。

 核兵器によって戦争をためらっていた国は戦争がしやすくなる。

 戦争が起きるのでは?」


「いいえ。少なくとも、今すぐには起きません」


「各国政府は、様子を見ています」


「様子を見る?」


「そうです。

 核兵器という強力な武器を無力化するものが出現した。

 それは、得体の知れないものです」


ゾーイは、軽く笑った。


「核兵器を無力化したものの限界を、どの国も把握していない。

 通常兵器まで無力化できるのか、それすら分からない。

 正体不明の防衛網を前に、先に動こうとする国はありません」


「すぐには戦争にならない」 マヒルは、言う。




「マヒルさん。

 あなたは、単純に核兵器をなくそうとおっしゃっていました。

 あなたが行なっていた核廃絶運動と、現在の状況が異なることは分かりますか?」


「分かります。

 あたしは、人の善意で核兵器を減らそうとしました。

 しかし、あなた方は新しい技術で、強制的に変化させようとしている」


「そうです」


ゾーイは、うなずいた。


「このような大転換だ。

 命を狙われてもおかしくない。

 我々の会社を潰しにかかってきてもおかしくない」


マヒルは、ゾーイを見つめている。




「あなたは核廃絶運動の象徴です。

 彼らから見れば、あなたも我々も、同じ敵なのですよ」

 

「彼らとは?」


「核によって利益や権力を得てきた者たちです。

 核兵器に頼っている国、それを売る企業、政治家、その他いろいろです」


ゾーイは、言葉を一瞬切った。


「ここまでは、既に予想されていると思います。

 しかし、そうですね……。

 あとは、あなたが敵と思っていない、一般の人も潜在的に敵になる可能性があります。

 例えば、核兵器に関係する会社の社員。

 核兵器で、安全を保障された国の国民などですね」


マヒルは、何かを言い返そうと思った。しかし、思いとどまる。


これまで、マヒルが行なってきた核兵器廃絶運動のことを思います。


マスコミに嘘つきと報道されたことや、味方だと思っていた人に切りつけられたことがあった。


「大勢ですね」


そう一言だけ返した。


「その様子ですと、心当たりがありそうですね。

 良いことです。

 その調子で、危機感を持っていてくださいね、マヒルさん」

 



マヒルは、目を伏せた。そして、また開く。


「ところで、先ほど、大変なことになっていたと言っていましたね?

 それは具体的には、何でしょうか?」


「世界中の企業の株が乱高下しています。

 為替も大きく動いています。

 市場の反応は早いですね」


マヒルは、考えを巡らす。


「いずれ収束していくでしょう」


ゾーイが付け加えた。


「各国の政府は?」


マヒルは聞いた。


「各国政府は、防衛システムの情報を求めて、我が社へ接触を始めています」




マヒルは、少しためらった。しかし、言う。


「あなた方の核ミサイルを無効化する技術について教えて下さい」


「それは、あなたにもお話しできませんよ。

 我が社の重要な知的財産ですので」


マヒルは、ゾーイを見る。


「そんなに警戒しないでください」


ゾーイが言う。


「わたしは、あなたと友好関係を築きたいと考えているのです」


「友好関係?」


「ええ、あなたの目的は、核兵器の廃絶だ。

 私たち、グローバル・ネクサス社の目的も同様です。

 同じ目的を持つ者同士、協力し合うことが賢い選択ではありませんか?」


「しかし、あたしは、営利目的で活動しているわけではありません」


「でも、方向は同じですよ」


「違うように感じています」


ゾーイは、大げさに肩をすくめる動作をした。




「仕方ありません。しばらく正式な依頼は見送ることにします。

 まだ、世論も落ち着いていませんし」


ゾーイは、口元に手を当てる。


「わたしは、あなたに我が社のイメージキャラクターになっていただきたい。

 そう考えています」

 

「なんですか?それ?」


マヒルは、皮肉っぽく言ったつもりだ。


「あなたは、平和を望む純粋な活動家だ。

 それにあなたは、大変おきれいな方だ。

 あなたの美しい赤い髪、赤い瞳は、人々の目を引く。

 我が社のイメージにぴったりです」


「買いかぶりではないでしょうか?」


マヒルは、軽く笑った。




「もう一つ質問があります」


「何でしょうか?」


「あのミサイル発射は、あなた方が行なったのではないですよね?」


マヒルの声は思ったよりも低くなった。


「またまた、ご冗談を」


ゾーイは、笑った。


「しかし、ミサイル発射は結果としてあなたの会社にとってプラスになっています」


「我々は、平和を望む企業ですよ。

 それにそのように、核ミサイル発射させるような武力も権限もありませんよ」


ゾーイは、イスに座った。




「一つ、ご提案があります」


「提案?」

 

「今すぐ我が社のイメージキャラクターになっていただく。

 それは、承諾いただけないようだ。

 しかし、どうでしょう?

 情報の交換というのは?」


「あなた方の技術について教えていただけるのですか?」


「さきほどと同じです。

 技術については、お話しできない。

 しかし、国際情勢の変化など、お話しできることはあります。

 今後のあなたの活動にお役に立てると思います」


「あたしからは、何を聞こうと考えているのですか?」

 

「あなたが行なっている平和活動を通じて接した人々の反応についてです。

 それで、世論の変化が分かる。

 それだけで、結構ですよ」

 

ゾーイは、穏やかな声で言う。


「少し考えさせてください」


マヒルは、答えた。




「それではわたしの連絡先をお伝えしておきます。

 気が変わったら連絡をお願いします」


ゾーイは、名刺を差し出す。


マヒルは、名刺を受け取った。


渡された名刺には、以下のように書かれていた。

 

『グローバル・ネクサス社

  最高交渉責任者 Chief Negotiation Officer(CNO)

  ゾーイ・レイヴン』


マヒルは、それを鞄の中にしまった。




「ああ、そうだ」


ゾーイはわざとらしく、片方のこぶしで、もう片方の手のひらを軽く叩いた。


「あと、あなたのお知り合いに銀色の髪をした市長がいらっしゃいますね?

 その方があなたにお会いしたがっていましたよ」





毎週火・木・日曜日の19時頃に更新する予定です。

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