第14話:核ミサイル発射後のマヒル――核戦争時代
モロー教授にナイフで殺されそうになった時、護衛の二人がドアを蹴破り、教授を取り押さえた。
マヒルは、腹部を負傷したものの、一命を取り留めた。
それから、島の悲劇を世界に伝えたことは正しかったのかとマヒルは思い悩んだ。
そのときローズは、『あなたが行なったことは正しいです』と言って励ましてくれた。
ローズは、あのあとどうしたのか?
それを、ぼんやりと思い出していた。
ローズが核ミサイルを発射したところまでは、覚えている。
マヒルは、気がつくとベッドの上に横たわっていた。
そこは、病院らしき場所だった。
周りの人間にどうなったのか聞いても、『答えられない』と返答されるばかりだった。
そして、国際機関である世界連合の施設に移送された。
事情聴取を行うと言われ、通されたのがこの部屋だった。
中央に机を挟んだ二つのイスが並んでいる。
その奥の壁際にも別の机と一つのイスがあった。
「マヒルさん」
「はい」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
マヒルは、中央のイスに座っている。
部屋にはマヒルの他に、二人の男性がいる。
二人は、国際機関である世界連合の調査官と聞かされた。
マヒルの向かいには、机を挟んで一人の男性が座っている。
主任調査官と紹介された。
奥にあるイスには、もう一人、小柄な男性が座っている。
マヒルは、世界各国に影響を及ぼす事件に関係している。
マヒルは、保護と事情聴取の対象ということだった。
「それで、世界はどうなったのですか?」
マヒルが主任調査官に聞いた。
「あなたは、分かっているのではないですか?」
主任調査官が答えた。
「分かりません。
核は!?世界はどうなったのですか?」
マヒルは、強い口調で聞いた。
「核爆発は、一度も起きていません」
対して、主任調査官は、冷静に答えた。
「起きていない?」
マヒルは、耳を疑った。
「はい、起きませんでした」
マヒルは主任調査官を見つめた。
冗談を言っているようでもない。
「確認します。一発も着弾していない、という意味ですか?」
「はい」
「いや、あれだけの数の核ミサイルですよ。
核爆発が起きないはずない……」
マヒルは、自分自身に確認するように言った。
主任調査官は、表情を崩さなかった。
しかし、手が震えたように見えた。
動揺を隠しているのだろうか?
「しかし、起きなかったのです」
絞り出すような声だった。
「アストラ合衆国から核ミサイルが発射された映像は全世界に流されました。
世界中の人々が見ています。
いくつもの衛星画像でも確認されています」
主任調査官から差し出されたモニターには、衛星画像が映る。
マヒルはその発射の瞬間をアストラ合衆国軍の司令室の内部でも見た。
「それでは……」
マヒルは、食い入るようにモニターを見た。
「そのあと、ボレア連邦から報復として、ミサイルが発射されました。
同じく核ミサイルです」
「そんな……」
「しかし、両国のミサイルは、すべて打ち落とされた」
「そんなことが、あるはずがない……」
「私も、そう思います……。しかし、現実に起きたことだ」
主任調査官は、額に手を寄せ、うつむいた。
モニターの映像が切り替わる。
「最初に、アストラ合衆国から、核ミサイルが発射されました。
数は、百発です。
その直後に半分以上が撃ち落とされました」
アストラ合衆国の地下発射施設の隔壁が開き、ミサイルの先端が姿を現した。
ミサイルのエンジンが点火した。
後部から、赤い炎が噴き出す。
多数のミサイルが次々に発射している。
ミサイルは、次々と空へ上昇する。
しかし、ミサイルは突然、赤い光に包まれた。
直後、半数以上が、細かく切り刻まれた。
「こんなことが……」
マヒルは、言葉を失う。
「この赤い光は……?」
「レーザーの可能性が高いそうです……」
「レーザー?レーザーでそんなことが……」
「でもまだ、残っているミサイルがある……」 マヒルが言う。
「はい」
映像には、レーザーをくぐり抜けて、上空を進み続けるミサイルがいくつか映し出されている。
そのミサイルはいきなり、粉々になった。
マヒルは、モニターの端をつかんだ。
一瞬、別の方向からミサイルが飛んできたように見えた。
「高速迎撃ミサイルだそうです」
「高速迎撃ミサイル?」
「世界で一番賢いミサイルだと言っていました。
自律判断能力を持つミサイルだそうです」
マヒルは、再びモニターを見た。
「それでも、あと三発残っている」
「そうですね」
画面が区切られて、三発のミサイルが飛んでいるところが写っている。
しばらくするとミサイルから火花が飛び散った。
ミサイルは、また細かく切り刻まれた。
「こんなことが起こるなんて」マヒルが、口にした。
「特殊な形状をした電磁砲、レールガンだそうです」
「驚きで……、言葉になりません」
「私もです」主任調査官が答える。
「でも放射性物質は?」
また、画面が切り替わる。
破壊されたミサイルの周囲を、無数の小さな物体が飛び交っていた。
ミサイルの破片は、その無数のものが飛び交うと、さらに細かくなりやがて霧のようになった。
そして、その霧は消えていった。
マヒルには、空間を飛び交うものが、蜂の大群のように見えた。
「これで、すべて回収したそうです……」
「これは?」
「放射性物質回収用の小型ドローンだそうです。
この小型ドローンが、ミサイルの破片と放射性物質を回収しました」
主任調査官が、モニターを見ながら言う。
「ボレア連邦から発射されたミサイルも同様のことが起きました」
「グローバル・ネクサス社……」
マヒルが言った。
「やはりご存じですか」 主任調査官が言う。
「あの会社は、国民を守る商品を売っていると言っていました」
マヒルは思い出しながら言葉にする。
「彼らはまだ、三つの防衛システムを残していたと言っていました」
小柄な調査官が言った。
「しかし、そんなことが可能とは到底思えない
ほとんどの国が相手にしなかった
これで、世界は考え方を改めざるを得なくなった」
主任調査官は、息を吐いた。
「世界は、大混乱です。
偽物の映像という声もありますが、それはないとアストラ合衆国政府は考えています。
実際、アストラ合衆国の核ミサイルの数は減っています」
「あたしの島が攻撃されたときも、これがあれば……」マヒルが言った。
マヒルは、唇をかむ。
肩が震えた。
「それでは、あなたの話に戻しましょう」
「あたしの話ですか?」
「はい。なぜ、あのとき、あそこにいたのですか?」
「あそこ?」
「アストラ合衆国軍の司令室です」
「あの日、あたしは、講演が終わって、タクシーに乗り込もうとしました。
そのとき、何人かの人間に取り囲まれました。
怖いと思って、逃げようと思いました。
しかし、逃げる間もなく、意識を失ってしまいました」
主任調査官は、奥のイスに座る小柄な調査官を見る。
それに答えるように小柄な調査官は、うなずいた。
「そうですね。
それは、街の防犯カメラにも写っていました」
手元のモニターの画面が切り替わった。
道路脇に数人の人影が集まり、その中央に一人の女性が立っていた。
服装と赤い髪から、マヒルはそれが自分だと分かった。
映像の中のマヒルは、道に倒れ込んだ。
それを見て、マヒルは、息を吐いた。
「気がついたら、あの場所にいました」
「あの場所?」
「コンクリートで囲われた部屋でした。
多数のモニターがあり、操作台がありました。
核ミサイルの操作台だと思います。
ローズは、アストラ合衆国軍の司令室だと言っていました。
あなた方が言っている司令室だと思います」
「ローズ?」
「はい。ローズは、わたしの高校の同級生でした。
高校で知り合って以来、ずっとあたしの活動を支えてくれました」
「それで?
司令室で目が覚めてどうなったのですか?」
「ローズがいました。
ほかにも覆面をして、銃を持った男性が何人かいました。
あたしは、両手を後ろに回され、何かで固定されていました」
主任調査官は、マヒルを観察しながら聞いている。
「そばにアストラ合衆国大統領が倒れていました。
大統領は、どうなったのでしょうか?」
「大統領は、ご無事です。
そのときは、意識を失っていただけです」
「そうですか、良かった」
主任調査官は、両手の指を組んだ。
「ミサイル発射に必要なキーが手に入ったと、ローズは言いました。
そして、もう終わりにしようと言ったんです」
「それで、どうなったんですか?」
「あたしと一緒に核ミサイル発射のボタンを押そうと言ってきました。
彼女は、あたしの両手を固定していたものを外しました」
マヒルは、机の上に置いていた両手に力を込めた。
「あたしもそのとき動転していて、一瞬押してしまいそうになりました。
でも、思いとどまりました!」
マヒルは、声が大きくなった。
「あたしは、怖くなって。
ローズが言っていた核ミサイル発射に必要なキーを抜き取りました。
カードのようなものでした。
それを持って逃げようとしました」
主任調査官は、マヒルを観察するように、じっと見つめていた。
「でも、部屋の扉の手前で、覆面の男に捕まってしまった」
「それから?」
「発射キーのカードをローズに取り上げられて、ローズがミサイルを発射しました」
マヒルは、力なく言った。
「あたしは、また、両手を固定されて動けなくなりました……」
主任調査官は、組んでいた指をといて手を机の上にのせた。
「司令室内のモニターには、核ミサイルが次々発射されていく映像が映っていました。
あたしは、それを見ることしか出来なかった」
マヒルは、うつむいた。
「銃声のような音が聞こえたと思ったら、大きな音がして、それから記憶がありません。
気がついたらベッドの上でした」
主任調査官は、奥にいる小柄な調査官を見た。
小柄な調査官は、マヒルの前のモニターに視線を送った。
主任調査官が話し出す。
「病院で気がついた時に、あなたは、ローズという人物について話をしましたね?」
「はい」
「それで、こちらで調べてみました」
主任調査官は両肘をついて、また、両手の指を組んだ。
調査官は、体を前に乗り出す。
「マヒルさん、あなたは、嘘をついていますね」
「え?」
マヒルは、驚きで声を上げる。
「ローズという人物は、実在しません」
「何を言っているんですか?」
マヒルは、聞いた言葉を疑って、聞き返す。
「これは、あなたの高校のアルバムです」
マヒルの前にアルバムが差し出される。
マヒルと同じクラスのローズの写真がどこにもない。
別のページをめくる。
あれだけ目立っていたローズがどこにも写っていない。
アルバムの中にある名簿にもローズの名前はない。
「そんな、そんなことあるはずがない……」
アルバムをめくり続ける。
「直接あなたの高校にも問い合わせをしましたが、該当する人物はいませんでした」
「嘘よ」
マヒルは、呆然とする。
「そうよ、講演会。
講演会には、いつもローズが一緒でした」
「過去、一年間、あなたが行なった講演会の関係者のリストです」
主任調査官が、マヒルに手渡す。
マヒルは、それを必死に調べる。
ローズの名前は見つけられない。
「そんな……」
「司令室の映像を解析しました。
あなたの言うように覆面をした男は、何人か確認出来ました。
それ以外に映っているのは、あなただけだ」
主任調査官は、机の上に手を置いた。
「発射直前の七分間だけ、司令室の映像が大きく乱れていました。
復元できた映像に、ローズという人物は一度も映っていません。
しかし、あなたが誰もいない場所へ向かって話しかけている様子は残っています」
マヒルは、返す言葉が見つからなかった。
「本当は、あなたがミサイルを発射させたのではないですか?」
「違います!!」
マヒルは、叫ぶ。
「マヒルさん。
あなたの証言を信じろと言う方が、無理があるのですよ」
主任調査官は、強い口調で言った。
「違う!!あたしじゃない!!」
マヒルは、涙を流して訴えた。
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「どう思いますか?」
部屋の奥のイスに座っていた小柄な調査官が言った。
「なんとも言えんな」
あれから、数日間、毎日のようにマヒルの取り調べをしている。
彼女を脅すように自白を迫っても、同じことを繰り返し言うだけで変化はない。
彼女は、度々発作を起こす。
取り調べを中断せざるを得ないこともあった。
「考えられる可能性は、三つだ」
主任調査官は、天井を見ながら言う。
「マヒル・イチノセが嘘をついているか」
「彼女が幻覚を見ているか」
「映像や記録が改ざんされているか」
指を折りながら、主任調査官が言う。
「しかし、彼女一人でできることではないですよね」
小柄な調査官は、近くのテーブルに置かれたコーヒーを口に運んだ。
「ああ、武装集団が、アストラ合衆国軍の司令室を占拠したことは確かだ」
「軍の精鋭部隊を相手にできるなど、並大抵の集団ではないですね」
「いずれにせよ、彼女を拘束できる期間は終わった」
「国際法上の制約ですね」
「ああ。今度は、他の方面から調査を行なう」
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取り調べが終わったマヒルは、飛行機に乗ってアストラ合衆国に戻った。
世界連合から空港へ、マヒルと報道陣との接触を避けるようにと要請が出されていた。
マヒルは一般客とは別の通路から空港を出ることになった。
マヒルが通路を出たその瞬間だった。
「お久しぶりですね。マヒルさん」
黒のスーツ姿で、死人を連想させる白い肌をしている人物が言った。
「ゾーイさん」
グローバル・ネクサス社のゾーイ・レイヴン。
マヒルは、背中に冷たいものが流れるのを感じた。
「少々お時間をいただけませんか?」
ゾーイは、マヒルに笑いかけた。
毎週火・木・日曜日の19時頃に更新する予定です。




