第13話:マヒル、全世界を敵に回す――核戦争時代
それは、ローズが核ミサイルを発射する数か月前のことだった。
「今日は、あたしの人生で最高の日だわ」
会場に集まった大観衆を見て、マヒルが言った。
マヒルには世界が光り輝いて見えた。
ここで、自分の思いを伝えられる喜びと緊張で、気分が高揚していた。
「ありがとう、ローズ。
あなたが、ここまで支えてくれたおかげよ」
そばにいるローズに笑いかける。
「いいえ、あなたが、頑張ってきた成果ですわ、マヒル。
世界の人たちに、あのような悲劇を二度と起こさないようにと。
そう、伝えてくださいまし」
「ええ、もちろんよ。
それじゃあ、行ってくるわ」
二人は、軽く抱擁を交わし、マヒルは、壇上に向かう。
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“ターゲットが、演壇に上った”
黒い無線機から音声が聞こえる。
“狙撃態勢に入れ”
“了解、司令官”
高層ビルの最上階。
男が外部と無線機でやりとりをしていた。
高層ビルからは、講演のために集まった何万人もの観衆が見下ろせた。
その中心の壇上に、赤い髪、赤い瞳をした女性が登った。
男は、銃を窓に固定した。
男が覗くスコープの中心には、赤い髪、赤い瞳をした女性。
「悪いな、お嬢さん、恨みはないが死んでもらうよ」
男は、引き金に指をかけた。
次の瞬間、男の頭から血が吹き出した。
男は、床に崩れ落ちる。
床が血で赤く染まっていく。
“演説が始まった!襲撃しろ!どうした!”
無線から声が響く。
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別の高層ビルの屋上に、男性が二人いた。
「これで、三人目っと」 体格のいい男が言った。
「ご苦労」 もう一方の男が言った。
「あのお嬢ちゃん、俺たちがいなかったら今日、五回は死んでるぜ」
「演説終了まで、注意が必要だ」
「あいよ、あんたとの仕事は、スリリングなのばかりだぜ。
それにしてもすげーな」
体格のいい男が笑って言った。
「『全世界を敵に回す』スピーチとかよ」
体格の良い男は、銃を肩に担ぐ。
「まさに、世紀の瞬間だな!!」
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女性の声が会場に響き渡る。
『皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます』
女性の一言で、会場が一斉に静まった。
その映像は、アストラ合衆国全土に中継されていた。
そして、世界の主な都市にも中継されていた。
『わたしの祖国は、島国でした。
そして、核兵器によって、消滅しました』
赤い髪、赤い瞳をした女性が、言った。
『わたしの島には、通信施設がありました』
『特別な通信施設です』
『アストラ合衆国、オリエンス連邦、メリディア共和国が共同開発したものです』
会場からはざわめきが生じた。
『これがその施設です』
巨大なモニターに写真が映し出された。
広い平野の中にコンクリートの建物がいくつかあった。
それらの設備は柵で覆われていた。
一見すると、変哲のない建物に見えた。
モニターが切り替わった。
施設に大きな機材が、運び込まれている写真が映った。
様々な種類の機材が運び込まれている写真が何枚も映し出された。。
『特殊な機材を入れているところです』
また、モニターの写真が切り替わった。
『これは、研究者が出入りしているところです』
何人もの白衣を着た人間が、施設に入るところが写っていた。
『わたしは、小さい頃この施設は、単なる研究所だと聞かされていました』
『しかし、この島は世界中の拠点と、一瞬で情報をやり取りできました』
『そう、わたしの島は、世界にとって重要な情報の拠点でした』
会場のざわめきは、一層大きくなる。
『その日は、わたしの誕生日でした』
『覚えている人もいるかもしれません。
太陽嵐が地上に多大な影響を及ぼした日でした』
『太陽から放出された強烈な粒子と磁場が地球を襲い、
世界中の通信・電子機器に障害を引き起こした日のことです』
マヒルは、そこで言葉を止める。
会場のざわめきが、聞こえる。
会場の音は少しずつ小さくなり、最後は静かになった。
『その日に発生した、通信・電子機器の異常の状況をこちらに示します』
マヒルは、話し出した。
モニターに地球儀が映し出される。
そして、各地を結ぶ線、ネットワークが形成された。
ネットワークを示す線は、青だったが、黄色と赤く変化した部分が生じた。
『赤い部分が重度の通信・電子機器の異常が発生した場所です』
『通信が途絶える直前、施設から正体不明の軍事信号が発信されました』
『軍事監視システムは、それを敵国による施設占拠の証拠だと誤認しました』
『三つの国は、焦りました』
マヒルは、一呼吸置いた。
『彼らは、敵に占領されるくらいならば破壊しようと考えました』
ミサイルが写っている衛星画像が映し出された。
ミサイルは、白い煙を上げ、空に昇り、上空にある衛星へと近づいてくる。
そして、軌道を変えて、水平に進み始めた。
半球が描かれたイラストにミサイルの軌道が描かれた画像に切り替わった。
それは、ある島に着弾するミサイル軌道だった。
今度は、島全体を映した衛星画像に切り替わる。
しばらくすると、島の上に大きな光の塊が発生した。
光の塊は、しだいに雲に変わる。
雲は、大きくなっていき、島全部を覆い隠してしまった。
爆発が引き起こした雲の大きさで、島がどうなったか容易に想像できた。
赤い髪の女性は、無表情に、そして、口をきつく閉じて、それを眺めていた。
会場からは、悲鳴のような声が聞こえた。
無言で、それを眺める観衆もいるようだった。
『これは、四発のうちの一発目です』
『わたしは、恨みを晴らすためにここに立っているのではありません』
『みなさんに知って欲しいのです』
『核兵器の恐ろしさを』
『わたしの国は、たった四発の核ミサイルで滅んでしまった』
女性の声は、少しかすれた。
数秒間、沈黙した。
会場は、静寂に包まれた。
赤い瞳から、一雫の涙が溢れ、頬を伝った。
『この世界には、一万発もの核兵器があります』
『人類を滅亡させられる数です』
『わたしは、このような過ちを繰り返すことはどうしても避けたい』
『その願いをかなえたくてここにいます……』
スピーチが終わると会場からは、小さな拍手が起きた。
それは広がり、やがては、歓声とも罵声とも言えるものに変わっていった。
会場は、支持と反発の声であふれていた。
赤い髪の女性は、舞台を降りていった。
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アストラ合衆国、大統領執務室。
大統領の椅子に座る男性とそのそばにスーツ姿の人間が数人立っていた。
その部屋のモニターには、マヒルが映っている。
「大統領、よろしいのですか?」その中の一人が焦ったように言う。
「いいと思うのかね。
しかし、止められんのだ」
椅子に座る男性が言った。
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ボレア連邦の軍事司令部では、制服姿の男たちが、マヒルの演説を見ていた。
「部隊は何をしている?」
画面を見ながら、勲章を付けた制服姿の男が言った。
「襲撃部隊と通信できません」
勲章をつけた男は、苦々しい表情で、画面を見た。
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メリディア共和国、総理大臣執務室。
「大きな転換点になりそうだな」 イスに座る男性が言った。
目の前に置いてあるモニターには、赤い髪の女性が映っている。
「どうなさいますか?」 そばで立っている男が聞いた。
「しばらく他の国がどう出るか様子を見る。
いくつかの対応方法を用意しておけ」
「わかりました」
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壇上から降りたマヒルは、次の会場へと向かうべく廊下を歩く。
辺りを見回しながら歩くが、ローズはいなかった。
「マヒルさんですね」
後ろから、柔らかい、しかしはっきりと聞こえる声がした。
マヒルは、声に反応しすぐに振り向く。
後ろに黒いスーツ姿の人物が立っていた。
やけに白い肌をしている。
真っ黒な瞳、黒い髪、整った神秘的な顔立ちだ。
男性とも女性とも分からない。
マヒルには、死神に見えた。
「どなたですか?
ここは、関係者以外立ち入り禁止です」
マヒルは、言った。
「わたくし、グローバル・ネクサス社のゾーイ・レイヴンと申します」
「グローバル・ネクサス社……」
マヒルは、考えを巡らす。
「はい、あなたと同じく平和を望んでいる会社です」
ゾーイは、名刺をマヒルに差し出す。
「グローバル・ネクサス社は、兵器を売っている会社ではありませんか?」
「それは、心外ですね。
弊社は、兵器ではなく、国民を守る商品を売っているのですよ」
ゾーイは、名刺を差し出したままだ。
マヒルは、差し出された名刺を受け取らずにいる。
「ご信用いただけませんか?」
「わたしは、営利目的で活動はしていません」
「それは残念です」
ゾーイは、胸ポケットに名刺をしまう。
マヒルは、軽く会釈をして、次の会場へと歩き出した。
「くれぐれも、お気を付けて……」
後ろから聞こえたゾーイの声が、やけに耳に残った。
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マヒルは、スピーチのあと、記者会見に臨んだ。
いくつものフラッシュがマヒルを照らす。
マヒルの横には、大学の教授が座っている。
昔から、マヒルを支えてきてくれた男性だ。
「モロー教授、よろしくお願いいたします」
マヒルは、隣の男性に言った。
「ああ、マヒル君」
教授は、笑って答えた。
記者たちの質問が始まる。
記者たちは、決してマヒルに好意的ではなかった。
逆に、マヒルたちを追い詰めようとしているようだった。
「マヒル・イチノセ。
あなたの国は、核兵器によって消滅した。
あなたは唯一の生き残りだとおっしゃいましたね?」
「はい」
「しかし、世界各国はそれを否定しています。
あなたの嘘ではないのですか?」
「違います」 マヒルは、反論する。
「ここに、島の地図があります」 教授が言う。
モニターに、地図が映し出された。
「このように、島が記載された地図は、現在もいくつか残っています。
これは、アストラ合衆国政府が、二十年前に作成した地図です
これこそが、政府側が嘘をついている証拠ではないでしょうか?」
別の記者が、手を挙げた。そしてその記者が言う。
「質問を変えます。
今日あなたが見せた、島にミサイルが着弾する映像ですが、どこで入手したものですか?」
「それは、提供いただいた方のプライバシーに関わるためお答え出来ません」
マヒルが答える。
「あれは偽造されたものではないのですか?
だから、答えられないのではないですか?」
「それは……」 マヒルは、答えに詰まる。
「それならば、あなた方が偽造されたものかどうか検証してはどうですか?」
教授が答えた。
「本物だ。
疑うのであれば、あなた方が解析をして、証明すればいい」
別の記者が言う。
「ミス、イチノセ。
あなたは、現在、精神科に通院しているそうですね。
あなたの証言には、妄想も含まれているのではないのでしょうか?」
「あなたの質問は、個人への中傷です。何の物的証拠がないものですよ」
教授が言う。
反論する記者はいない。
落ち着いた声で、教授が続けて言う。
「島に核ミサイルが落とされた証拠は、他にもある。
あの日、あの地域では、放射性物質の濃度が急激に上昇している。
また、周辺国の住民が、島を覆う光や雲を見たという証言がいくつもある」
記者会見の会場は静まった。
その後も、マヒルの主張を疑う質問が相次いだ。
そのたびに教授が証拠を示して反論し、記者会見は終了した。
記者会見を終えて、マヒルと教授は、控え室へと向かう。
「教授、ありがとうございました」
「いや、またいつでも呼んでくれたまえ」
控え室の前には、護衛の男性が二人いた。
モロー教授は、古くからのマヒルの協力者だった。
護衛の二人も教授を知っていた。
マヒルと教授は、護衛に止められることなくそのまま控え室へと入った。
カチリと音がした。
マヒルには、ドアの鍵が閉まった音のように感じた。
マヒルは、後ろを振り向く。
ナイフを持った教授が立っていた。
「すまない、マヒル君」
震えた教授の声だった。
教授は、額に汗をにじませて、ナイフでマヒルの胸を狙い突進してきた。
マヒルは、とっさにナイフをかわそうとした。
しかし、腹部に鋭い痛みを感じた。
マヒルの手にべったりと赤い血がついた。
マヒルは、教授と距離を取る。
「か、家族が人質に取られたんだ!」
記者会見の時の落ち着いた表情とは、打って変わって鬼気迫る表情をしていた。
教授は、赤い血がついたナイフを持って、また、マヒルに突進してきた。
毎週火・木・日曜日の19時頃に更新する予定です。




