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第11話:ローズ「核戦争を始めます」――核戦争時代


暗闇の中……。


マヒルは、堅い床の感触で目が覚めた。


「ここは……」 彼女はつぶやいた。


「お目覚めですの、マヒル?」 ローズの声がした。


「今から、核戦争を始めます」


冷たい笑いを浮かべながら、ローズは言った。




――――――――――――――――――――――




高校生のとき、マヒルはローズと出会った。


島が消滅した理由を知り、両親の死を知った。


それでも、ローズたちに支えられながら、進んできた。


悲劇を繰り返してはならないと世界中に訴え続けた。


あれから十年以上。


そのローズが、目の前で笑っていた。


十年以上見てきた彼女の笑顔とは、まるで違っていた。







「ローズ、ここは一体……」


「アストラ合衆国軍の最高司令部。その内部ですわ」


マヒルは、体の自由がきかないことに気がついた。


なんとか上体を起こした。


「何?どういうこと?」


「ふふ……」ローズの笑い声。


「ちょっとローズ!ふざけてないでこれをほどきなさい!!」


マヒルが言うが、ローズは、反応しなかった。


あたりを見回した。


銃を持った大柄の男たちが何人もいて、彼女たちを取り囲んでいた。


彼らは、覆面をかぶり、迷彩服を着ていた。




「この人たちは……、誰?」


「わたくしの考えにご賛同いただいている方たちですわ」


ローズは、ぞっとするほど冷たく、凍りついた目をしていた。


「やっと、手に入りましたの」


ローズは、笑った。


その微笑みすら、冷たいものだった。


「手に入ったって、何が?」


「キーですわ、これを差し込まないと発射しませんの」


ローズは、カードを見せた。


そして、マヒルは、気がついた。


男性が倒れていた。


「アストラ合衆国大統領……」




「外部からのハッキングではどうにもなりませんでした。

 さすがに核ミサイルは、セキュリティが高いですわね」

 

「なんて言ったの?」


「核ミサイルですわ」


「核ミサイル……」


マヒルは、彼女の言葉を反芻した。


自分の言葉さえ疑った。


「何を言っているの?」


胸騒ぎがした。


「どうしても、あなたとご一緒に、特等席で拝見したくて……」


穏やかな声、でも冷たい響き。


背筋が凍った。


「人類滅亡の瞬間を……」


マヒルは、茫然とした……。


ローズが、分からなくなった。




「マヒル、あなたとは、高校生の時に初めて出会いましたわね」


「……何を言っているの?」


マヒルはいぶかしげに聞いた。


「ですから、そうですわねぇ。

 かれこれ、あなたとは、十年以上のお付き合いになりますわね」


ローズは、遠いところを見た。


「その間、わたくしたちはずっと一緒でしたわね?」


「ええ、あんたが、あたしを支えてくれた……。

 みんなが協力してくれた」


「あんたもそうでしょ?」


マヒルは、不安を打ち消すように言った。


「だから、あたしは、前に進むことができた」


「前に?前にですか?」


ローズは、手を口に当てた。


「フフフ……、アハハ!ハハハ!!」


「何笑ってるのよ!」


マヒルが叫んだ。


「だって、あなたがあまりにも可愛らしいことを言うものですから」


ローズは、急に真顔になった。


「進んでなんかいませんわ、

 そう、全く進んでなどいない……」


ローズは、首を横に振った。




「マヒル、あなたは、故郷を核ミサイルで失いました。

 そして、あなたは、ずっと訴え続けてきました」


マヒルは、自分がやってきたことを思い出した。


「それで、核ミサイルの数は?

 いま世界中に何発ありますの?

 あなたは、お詳しいですわよね?」


マヒルは黙った。


「言いなさい。マヒル」


その一言には、有無を言わさぬ力があった。


「……一万発」 マヒルが弱々しく、言った。


「ほぉら、何も変わっていませんわ」


「それでもいつかは変わるって、あなたは言ってたじゃない、ローズ……」




ローズは軽く笑い、言った。


「マヒル、わたくしは、ずっとあなたを見てきました。

 あなたが哀れでなりませんでした」


「なによ、それ……」


「あなたに会う前から……、わたくしは、人間に失望していました」


マヒルは、後ろに回された手に力を入れた。


「人間は、ずっと殺し合いをしてきました。

 そして、今この時も、互いに憎しみ合い、殺し合いをしている。

 そんな生き物が存在する意味などあるのでしょうか?」

 

「あんたは、それでも、人間を、

 人間の未来を信じてるって言ってたじゃない?」


「こんな暗闇の世界では、きっと生きていけないでしょう。

 あなたのような純粋な人間は……。

 それで、未来という名の嘘を差し上げましたの」


マヒルは、ローズをにらんだ。


「思い出してくださいまし。

 世界中の人間が、あなたの国の人たちを皆殺しにした……」


「それでも、あんたは、あたしに、十一万人の思いを背負えって……。

 生き残った意味を示せって、あんたは、言ったじゃない!!」


マヒルは、叫んだ。


「ええ。申し上げましたわ」


ローズは静かにうなずいた。


「ですが、十一万人の方々は、あなたに苦しみ続けてほしかったのでしょうか?」


「……それは」


「あなたは、生き残った意味を十分すぎるほど示しました」


ローズは、ゆっくりとマヒルに近づいていった。

 

「ですから、もうよろしいのです。

 十一万人のために生きる必要も、人類を救う必要もありませんわ」


彼女の瞳は冷たかった。




ローズの手が、マヒルの頬に触れた。


「マヒル、あなたは、あなたのご両親を殺した人間たちのために。

 ずっと懸命に頑張ってきました。

 純粋に、なんの打算もなく」


今度は、彼女の手が、マヒルの髪を優しくなでた。


「あなたは、ただ、平和な世界を実現しようと思っていた、ただそれだけです」


マヒルは、ローズの優しい手が心地よいと感じていた。


「あなたは、島の悲劇を世界中に伝えた

 もう二度とあのような悲劇を起こしてはならないと……」


「そうよ。

 あんなことは二度と起こしちゃいけない……」


「しかし……。

 結果、どうでしたか?」

 

切り捨てるような言い方だった。


「彼らは、あなたの言う通りに行動を変えましたか?」


ローズの手は、マヒルの髪から離れてしまった。


「あなたの祖国を滅ぼしたことを悔いる者はいましたか?」


ローズは、大きく両腕を広げた。


「“戦争をなくそう”と、そういうあなたを彼らは噓つき呼ばわりしました!」


彼女は、語気を強めた。


「何も変わっていませんわ」




何も変わっていない。


マヒルの頭に、過去の光景が浮かんだ。


演説の途中で石を投げつけられた。


新聞には「存在しない国の生き残りを名乗る詐欺師だ」と書かれた。


核廃絶を約束しながら、裏では新型兵器の予算に署名した政治家がいた。

 

「でも……。

 でも、協力してくれる人たちもいた」


「彼らは、あなたを利用すれば甘い蜜が吸えると考えた人間ですわよ」


ローズは、嘲笑した。


調査に協力すると言って、マヒルの写真を使って募金を集めた者がいた。


しかし、ほとんどが島の調査には使われていなかった。


「あなたは、命を狙われましたわよね?

 何度も」


マヒルは、唇を噛んだ。


銃を突きつけられたときの恐怖を思い出す。


「大怪我もしました。

 あなたを殺そうとした人間のせいで……」


ローズはひざまずき、服の上から、マヒルの腹部に残る傷をなぞった。


古傷が、服の下でうずいた。


あのときの痛みが、腹の奥によみがえった。




「わたくしはね、マヒル……。

 もう耐えられないのです」


「あなたのような純粋な人間が傷つき、

 生きる価値のない人間たちがのうのうと生きているこの世界が……」


「一緒に壊してしまいましょう」


「もう、終わりにしましょう」


「でもあなたは……。

 あなたは、あたしの力になってくれた。

 あたしに協力してくれた……」

 

「ええ……」


「万が一、世界が大きく変わるような。

 そんなことがあるのなら、わたくしも踏みとどまれましたわ……」


マヒルは、ローズが悲しそうな顔をしているように見えた。


「予想通りの結果でしたわ……」


「あなたのおかげで、政治家との接触が容易になりました」


ローズは、カードをマヒルの目の前で振った。


「レンお兄様にも、ご協力いただきました」


「レンが……」


「ええ、お兄様は、快くご協力してくださいます」


「ソフィアは?」


ローズは、少し笑っただけだった。


「ハンスは?」


「知っていますわ。知らないふりをしているだけです。

 彼は、自分の好奇心が満たされればそれでいい。

 そういう人間です」


ローズは、いくつものスイッチが並んだ操作台の端に腰掛けた。


「くだらないですわね、人間というのは……」


「そんな……信じられない」


「事実ですわよ」




マヒルは、自分が涙を流していることに気がついた。



――――――――――――――――――――――



そのとき、世界中のインターネット配信が乗っ取られた。


テレビ放送も、同じ映像に切り替わった。


写っているのは、アストラ合衆国の司令部の内部にいるマヒルだった。


彼女が後ろ手に縛られ、涙を流している姿だった。


画面が切り替わり、核ミサイルの操作台が映し出された。






“全人類に告げる。我々は、長きにわたりお前たちを観察してきた”


アストラ合衆国の街、ビルの巨大モニターの前に人だかりができた。


家庭のリビングルームにいる家族たちは、テレビに見入っている。


電気屋のテレビコーナーでも店員と客がテレビ画面に見入っている。


“全人類に告げる。我々は、長きにわたりお前たちを観察してきた”


同じ音声が、繰り返された。


“お前たちは、自己の利益だけをむさぼる愚か者の集まりだ”


“我々は、お前たちが存在する意味は無いと結論づけた”


“よって、我々は、お前たちが自ら創り上げた兵器で全人類を滅ぼすことを決定した”


“我々は、アストラ合衆国の核ミサイル発射ボタンの前にいる”


“これより、ボレア連邦に向けて核ミサイルを発射させる”


“自らの愚かさを悔いながら、滅んで行くが良い”


“繰り返す、これより、ボレア連邦に核ミサイルを発射させる”




――――――――――――――――――――――




放送開始から十分が経過していた。


アストラ合衆国の司令部内部では、モニターに世界中の様子が映し出されていた。


「これは……?」


「わたくしの協力者が、軍事衛星と各国の警戒網から情報を集めていますの」


ローズが指さした。


「例えば、これは、ボレア連邦の発射施設ですわ。

 画面には、場所まで表示されていますでしょう?」


ボレア連邦の各地で、地下発射施設の隔壁が開いていった。


別の画面では、発射準備を示す赤い表示が、地図上に次々と点灯した。


「あらあら、これは、自分たちだけ助かるおつもりかしら」


そこには、スーツ姿の人々が列車に乗り込んでいた。


画面下には、「政府専用地下シェルター行き」と表示されていた。


政府関係者だけを乗せた列車は、地下へ消えていった。


その一方で、市民には避難場所さえ知らされていなかった。


そのとき、マヒルの島が消えたと知ったときの失望を思い出した。


世界のどこにも、自分たちを、マヒルの島を助けようとする人間はいなかった。




「世界の国も見ましょうか」 ローズが言った。


「このミサイルの発射準備を示した地図には、赤くなっている場所がいくつもありますわね」


赤くなっているのは、ボレア連邦だけでは無かった。


東の国、南の核保有国も赤くなっていた。


他国も発射準備に入っていることを示していた。




ローズは、モニターの光を浴びながら、混乱する世界を眺めていた。


マヒルには、ローズが、神々しい女神にも、人々を魅了する悪魔にも見えた。


ローズは、ゆっくりと歩いて、マヒルに近づいた。


「マヒル、見えますでしょう。

 これがあなたが守ろうとした世界です……」


「あたしが、今までやってきたことは、無意味だったの……」


「残念ですが……」


マヒルを優しく抱きしめた。




ローズはマヒルの背中へ手を回した。


小さな金属音がして、両手を締めつけていた拘束具が床に落ちた。


自由になったはずの腕は、鉛のように重かった。


「ずっと、どうすれば、争いをなくせるか考えてた……」


「知っていますわ」 穏やかな声でローズが言った。


「自分にできることを、限界までやってきた」


「わたくしは、見てきましたわ」


「十一万人が死んでしまったことを無駄にしてはいけないって思ってた」


「あなたは、ほんとうによくやってきましたわ……」


ローズが耳元でささやく。


「もう疲れた……」


「そうですわね、マヒル。

 あなたは十分すぎるほど頑張りましたわ。

 もう、終わりにしましょう」


マヒルは、ローズの顔を見た。


「もう、誰の期待にも応えなくてよろしいのです」


マヒルは、それを否定できなかった。




ローズは、優しくマヒルを支え、彼女を立ち上がらせた……。


彼女を、ミサイルの操作台へと誘った。


ローズの手が優しくマヒルの手を包んだ。


「このボタンを押すだけです」 ローズが言った。


赤いボタンが目の前にあった。


手を引くことはできた。


ローズを拒むこともできた。


「もう、いい……」マヒルは、つぶやいた。


マヒルは、赤いボタンに指を置いた……。



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