第二話 今日はただ掘る日
第二話です。
今日は静かに掘ります。
翌朝。
「あ……また来た」
冒険者ギルドの受付カウンターで、サラは思わず小さく呟いていた。
昨日の採掘師だった。
ユキミチ。
この地方では珍しい黒髪。
少し伸びた髪。
今にも欠伸をしそうな眠そうな目。
朝のギルドは、一攫千金を狙う冒険者たちで朝から騒がしい。
依頼書の前で言い争う者。
朝酒を飲んでいる者。
仲間と大声で笑っている者。
そんな中で、その男だけが妙に浮いていた。
昨日、高純度の銀鉱石を持ち込んで、査定場を大騒ぎにした人間とは思えない。
もっとこう――
自信満々になったり。
調子に乗ったり。
そういう分かりやすい変化があってもいいはずなのに。
すこし疲れた大型犬のような気がして。
「おはようございます」
ユキミチはぺこりと頭を下げた。
近所へ散歩にでも行くような顔だった。
「……おはようございます」
サラも頭を下げ返す。
「今日も灰鳴り鉱山ですか?」
「はい」
「……ですよね」
迷いがない。
地元の冒険者たちは、あそこを枯れ鉱山と呼ぶ。
誰も行かない。
時間の無駄だと言う。
でも、多分この人には関係ないのだろう。
昨日から思っていた。
この人、多分少し変だ。
「じゃあ、行ってきます」
「……お気をつけて」
ユキミチは軽く頭を下げる。
その時だった。
ほんの少しだけ。
口元が緩んだ気がした。
地下へ行く話をする時だけ、この人は少し顔が違う。
楽しそうとも違う。
嬉しそうとも違う。
あれは――
帰る場所を見つけた人みたいな顔だった。
灰鳴り鉱山。
一歩踏み入れた瞬間、世界から膜を引いたように街の音が消えた。
湿った岩の匂い。
ぽたり、と落ちる水滴。
靴底で転がる小石。
「……あぁ」
ユキミチは小さく息を吐く。
「落ち着く」
肩から力が抜ける。
昨日は少し出来すぎだった。
高純度銀鉱石なんて、そう何度も出るものじゃない。
今日は普通でいい。
鉄。
銅。
石炭。
そう、採掘師のジョブレベル上げ。
経験値稼ぎ。
ただの地味な採掘日和だ。
「よし」
ツルハシを肩から降ろした。
コッ。
違う。
半歩右。
コッ。
……コン。
「ん」
足が止まる。
少し音が軽い。
壁へ触れる。
ひんやりしていた。
その奥から、微かに空気が流れている。
「……銅か」
迷わず振り下ろす。
パシッ。
岩が綺麗に割れた。
赤茶色の鉱石が顔を出す。
「よし」
袋へ入れる。
また歩く。
コッ。
コン。
「鉄」
また掘る。
さらに奥へ。
コン。
「石炭もあるな」
黒い塊を袋へ入れる。
コッ。
コン。
ゴォン。
乾いた音。
湿った音。
奥へ響く音。
岩盤が出す音は、全部違う。
気付けば何も考えていなかった。
音が気持ちいい方へ。
空気が流れる方へ。
身体が勝手に動く。
コッ。
コン。
パシッ。
コッ。
ゴォン。
静かだった。
インベントリが鉱石で満たされていく感覚がたまらない。
誰も急かさない。
誰も怒鳴らない。
誰も何も言わない。
ただ岩と音だけがある。
「……あ」
ふと腕を止める。
袋が重い。
思ったより掘っていたらしい。
ユキミチは少し笑った。
「今日は普通だったな」
三時間後。
「……おい」
査定士が低い声を出した。
カウンターの上には、鉄鉱石、銅鉱石、石炭。
全部普通の鉱石だ。
見た目は。
コン。
鉄を叩く。
眉が動く。
銅を見る。
石炭を見る。
「おかしい」
「え?」
サラが顔を出した。
「何がです?」
「全部だ!」
査定士が叫んだ。
「全部品質がおかしい…」
「鉄も銅も不純物がほとんどねえ!」
「石炭まで…これ、たぶん燃焼効率おかしいぞ!」
ユキミチは少し考える。
「……運が良かっただけです」
「そんな運が鉱石跨いで全部に起きるかよ…」
横で聞いていたサラは、そっと丸メガネを押し上げた。
(まただ……)
昨日は銀。
今日は諸々の鉱石…。
この人やっぱり少しおかしい。
でも本人だけは、本気で何も分かっていない顔をしていた。
帰り道。
ユキミチはツルハシを軽く振った。
「……ん」
悪くない。
既製品としては十分だ。
ただ。
欲を言えば。
自分が使うには少し重心が前寄りだ。
先端角度もあと少し。
振った時の返りも微妙に――
「……いや」
そこで止まる。
「文句言える立場でもないか」
少し考える。
でも。
あと少しだけ。
「……オーダーメイドのツルハシって、どこで作るんだろう」
夕焼けが、少し赤かった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ユキミチ「今日は普通に掘ったな」
多分、普通じゃありません。
次回、ツルハシ問題です。




