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第三話 ツルハシなんて作れません

今回は少し寄り道です。


掘らない日も、たまにはあります。


 朝。


 冒険者ギルドへ向かう前に、ユキミチは腰のツルハシを軽く振っていた。


 ブゥン。


「……ん」


 悪くはない。


 装備としては十分だ。


 昨日だって普通に掘れた。


 ただ――。


 やっぱりほんの少しだけ。


 重心が前寄りな気がする。


 振り抜いた後の返りも少し重い。


 あと少しだけ、自分に馴染んでいたら。

 欲を言えばきりがない、けど素直にそう思う。


 地下のあの気持ちいい音が、もっと綺麗に返ってくる気がした。


「……まあ、聞くだけ聞いてみるか」


「あ……また来た…」


 冒険者ギルドの受付で、サラが丸メガネを押し上げながら呟いた。


「おはようございます」


「……おはようございます」


 ユキミチはぺこりと頭を下げる。


「今日は灰鳴り鉱山じゃないんですか?」


「ええ、今日はちょっと。休鉱日、みたいな。その前に少し聞きたいことがありまして」


「聞きたいこと?」


 サラは首を傾げた。


(休鉱日……?)


 ユキミチは腰のツルハシを持ち上げた。


「これなんですけど」


「……ツルハシ?」


「少しだけ使い心地が気になって」


「……使い心地…ですか?」


「重心とか、振った時の感覚とか」


「…………」


 サラが止まった。


 武器なら分かる。


 防具も分かる。


 でもツルハシの使い心地。


 初めて聞いた。


「ええと……大通りの東に大きな鍛冶通りがあります」


「騎士団御用達のお店もありますね」


「ありがとうございます」


 ユキミチは頭を下げた。


「行ってきます」


 去っていく背中を見送りながらサラは呟いた。


「……また変なこと始めてる…」





【ガルディア武具店】


「いらっしゃい!」


 店先には立派な剣や槍が並んでいた。


「何を探してるんだい!」


「ツルハシなんですが」


「……は?」


 一瞬止まる。


「採掘用です」


「少し調整…できれば、新しく作ってほしくて」


 店主は困ったような顔になった。


「悪いな兄ちゃん…」


「うちは冒険者向けなんだ」


 剣を指差す。


「こっちは売れる」


 槍を指差す。


「これも売れる」


「でもツルハシはなぁ……」


「……そうですか」


 頭を下げて店を出た。


 二件目。


「ツルハシ?」


「悪いがウチは武器屋だ」


「生活道具なら道具屋を探しな」


「…………」


 二件、三件と回ったけれど、返事はどこも似たようなものだった。

 気付けば空は赤くなっていた。


 大通りでは若い冒険者たちが騒いでいる。


「うおっ、魔鋼剣!」


「かっけえ!」


「俺も欲しい!」


 楽しそうだった。


 まあ、そうだよなと思う。


 剣。


 槍。


 防具。


 そういうものが花形だ。


 採掘師のツルハシなんて、誰も見ない。


「……まあ仕方ないか」


 別に困っているわけじゃない。


 今のでも十分使える。


 少し思っただけだ。


 その時だった。


 ──カン。


「……ん?」


 足が止まる。


 ──カン。


 ──カン。


 細い音だった。


 でも妙にはっきり聞こえた。


 重くない。


 なのに芯だけ真っ直ぐ通っている。


「……いい音だな」


 思わず口から漏れていた。


 気付けば足が動く。


 賑やかな通りを抜ける。


 細い路地へ入る。


 人通りの少ない場所だった。


【フォルテ工房】


 少し古い看板。


 窓から暖かい灯りが漏れている。


 暖簾の横には煤けた文字。


【武器・防具・農具・生活道具なんでも承ります】


 ──カン。


 ──カン。


「…………」


 なんとなく。


 入りたくなった。


 ユキミチは暖簾をくぐった。


「すみませ――」


 ガタン!!


「きゃっ!?」


「うわっ!?」


 派手な音が響いた。


 慌てて中を覗く。


 床へ座り込んだ女の子がいた。


 明るい茶髪。


 後ろで適当に結んだ髪。


 少し大きめの革エプロン。


 頬には黒い煤。


「…………」


「…………」


 数秒止まる。


「……あれ?」


「……お客さん?」


「え?」


「えええええっ!?」


 飛び起きた。


「お父さん!!」


「お客さん来た!」


「迷子じゃない本物のお客さん!!」


 奥から低い声が返ってくる。


「……おう」


「……レナ」


「笑え」


「顔死んでるぞ」


「笑ってるよ!?」


「これ営業スマイルだから!」


 あわあわしていた。


 でも、不思議と嫌じゃなかった。


 炉の熱。


 鉄の匂い。


 火が弾ける音。


(……なんか落ち着くな)


 その時だった。


 レナの視線が止まる。


 ユキミチの腰のツルハシだった。


「……待って」


 空気が変わった。


「それ、見せて」


「……え?」


「何これ……」


 目が大きくなる。


「普通こんな減り方しない」


「刃先の減り方が綺麗すぎる……」


「どうやったらこうなるの……?」


 顔がどんどん近付く。


「いや待って」


「これ絶対おかしいから!!」


(……あれ?)


 ユキミチは少しだけ後ろへ下がった。


(……なんかこの人)

(少しじゃなくて、結構変かもしれない)


 フォルテ工房の炉が、パチ、と小さく火花を散らした。

フォルテ工房とレナ登場回です。


ユキミチは地下に入ると少し様子がおかしくなりますが、レナも鉄関係になると少し様子がおかしくなります。


次回はツルハシの話をするだけのはずです。多分。

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