偽りのパイプカットと残酷な傾斜(第3ステージ・第3問)
「……おじさん、マジで最悪。絶対許さない」
ミナは震える手で、最後のカードを捲った。
彼女の目にはもはや10兆円への執着よりも、公康という冷酷な男に対する純粋な憎悪が浮かんでいた。
「第3ステージ・最終問題。……半年前、私が『生理が来ない。妊娠したかもしれない』ってパニックになって電話した時。おじさんは笑いながら、私になんて言った?」
ミナの声が裏返る。
金目当てのパパ活だったとはいえ、まだ21歳の彼女にとって「妊娠の恐怖」は計り知れないものだった。すがるような思いで電話をかけた彼女を、公康はただの一言で地獄へ突き落としたのだ。
「10、9、8……」
公康は、微かに口角を上げた。
(ああ、そんなこともあったな。……だが、俺は間違えない)
「……**『俺、パイプカットしてるから。俺の子じゃないね』**だ」
公康の冷たい声がスタジオに響く。
「……ッ!!」
「当然、嘘だ。お前が誰と遊んでいようが知ったことではないが、万が一にも俺の子供だった場合、認知や中絶費用で揉めるのは俺のキャリアにとってリスクでしかない。だから『絶対に俺の子ではない』とハナから突っぱねるために、嘘をついて電話を切った。……その後、お前が一人でどうやって検査薬を買いに行ったかは知らないがな」
静寂。
次の瞬間、ピンポン、ピンポン、ピンポン! と、空々しい正解音が鳴り響く。
「……最低。あんたなんか、人間じゃない……!」
ミナは顔をくしゃくしゃにして泣き崩れた。
彼女が10兆円を手にするチャンスは、これで完全に絶たれた。
『第3ステージ終了。佐藤公康氏、3問連続正解。……さて、ミナ様。残念ですが、お別れの時間です』
司会者が無慈悲に告げた瞬間。
ガコンッ! と鈍い音が鳴り、ミナの足元の床が……これまでの「一瞬で開く」仕様とは異なり、**「斜め下に向かって、ゆっくりと」**開き始めた。
「え……? きゃあああっ!?」
傾斜がきつくなり、ミナの体がズルズルと奈落に向かって滑り落ちていく。彼女は必死に手を伸ばし、ギリギリのところで解答席の縁に指を引っ掛けた。
宙吊りになるミナ。下には底の見えない真っ暗な奈落が口を開けている。
「た、助けて! おじさん、お願い!! 死にたくない!!」
爪が剥がれそうになりながら、ミナは泣き叫んだ。今なら、公康が手を伸ばせば引き上げられる距離だ。
公康は、ゆっくりとミナの元へ歩み寄った。
ミナの顔に一瞬、希望の光が差す。
「おじさ……」
だが、公康は差し伸べるはずの手をポケットに突っ込んだまま、見下ろすように彼女の目を見た。
そして、その最高級の革靴の底で――解答席の縁にしがみつくミナの指を、無造作に踏みつけた。
「痛っ!? ああああああっ!!」
「……早く落ちろ。俺の時間が惜しい」
公康は虫でも潰すような目でそう言い放ち、靴に体重をかけた。
ミナの指が耐えきれず、縁から外れる。
「いやあああああああああああっ!!」
ヒステリックな絶叫が奈落へ吸い込まれていき――数秒後。
ドォォォン!! という、水風船が破裂したような生々しい音が響き渡った。
公康は靴の裏を床で軽く擦ると、ポケットの中の「メモ」を握りしめながら、何事もなかったかのように自分の解答席へと戻った。
『……お見事。公康氏、残り21問です』
司会者の声とともに、スタジオの照明が一段と暗くなる。
公康の「記憶」が冷酷であればあるほど、処刑の残酷さもエスカレートしていく。この狂ったゲームの真の恐ろしさが、いよいよ牙を剥き始めていた。




