燃えないゴミと炎上する株価(第2ステージ・第3問)
『……クズだ。マジで人間のクズだ、あいつは!』
東京都港区。国内最大手広告代理店「電報堂」の最上階、重役会議室。
巨大なモニターに映し出された自社のエース部長・佐藤公康の姿を見て、社長は頭を抱え、怒声とも悲鳴ともつかない声を上げていた。
『おい、広報! 今すぐ「佐藤公康は本日付で懲戒解雇した」とプレスリリースを打て! スポンサーからの電話が鳴り止まないぞ!』
『しゃ、社長! ダメです、我が社の株価が……たった15分でストップ安まで暴落しています! ネット上では「電報堂は睡眠薬で部下をハメる会社」とトレンド入りして大炎上です!』
役員たちが阿鼻叫喚に包まれる中、画面の中の公康は、何百万という視聴者の憎悪を一身に浴びながらも、平然と首のカラーを触っていた。
社会的な死など、もはや彼にはどうでもよかった。手に入る現金(10兆円)の前では、会社の株価など紙屑に等しい。
「……第2ステージ、最終問題だ。早く引け、理香」
スタジオの沈黙を破ったのは、公康の呆れるほど冷静な声だった。
河野理香は、全国に自分の「慰謝料が14万8,250円だった」という惨めな事実を晒され、屈辱で肩を震わせていた。彼女は最後のカードを捲る。
「……最後よ。あなたが私にすべての罪を被せる、ほんの数日前のこと。……あなたの部長昇進祝いに、私が個人的に『あるプレゼント』を渡したわよね」
理香の声は、微かに震えていた。
「あなたがそれを、その日の夜にどうしたか。……答えなさい」
公康の脳裏に、あの夜の光景がフラッシュバックする。
(プレゼント……。そうだ。彼女は照れくさそうに、小さなリボンのついた箱を俺のデスクに置いた)
「10、9、8……」
「……中身は、『イニシャル入りのネクタイピン』。そして俺はそれを、**『オフィスの1階にあるゴミ箱に捨てた』**だ」
公康は、プレゼンの資料を読み上げるように淡々と答えた。
「……ッ!!」
理香の顔から、さっと血の気が引く。
「俺のスーツはすべてイタリアのオーダーメイドだ。君がデパートで買ってきた数万円程度のタイピンなど、合わせる価値もない。だが、オフィス内のゴミ箱に捨てて清掃員に見られると『パワハラだ』と騒がれるリスクがあった。だから俺はわざわざ持ち帰り、エントランスの誰の目にもつかないゴミ箱に捨てたんだ」
完璧なリスク管理。完璧な論理。そして、完璧な冷酷。
ピンポン、ピンポン、ピンポン!
正解音が鳴り響く。
重役会議室でそれを見ていた社長が、「ヒッ」と短い悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。ネット掲示板では《こいつ悪魔だろ》《サイコパス通り越して清々しいわ》《記憶力エグすぎ》と、怒りを通り越して一種のエンタメとして熱狂する声が溢れ始めていた。
「……正解、よ。……あなたは、私の敬意も、忠誠心も、最初からただの『ゴミ』だと思っていたのね」
理香の目から、ついに涙がこぼれ落ちた。
自分が10兆円で買い戻したかった「キャリア」など、この男にとっては初めから存在すらしていなかったのだ。
「ええ。君の忠誠心のおかげで、俺は処分を逃れた。高い買い物じゃなかったよ」
『第2ステージ終了。佐藤公康氏、3問連続正解。……挑戦は継続されます』
ナレーションが響いた瞬間、理香の足元の床が音もなく開いた。
「……返してよ。私の、私の人生を……あああああああ!!」
ヒールの音が虚空を切り、理香の体が奈落へと吸い込まれていく。
ドォォォン!!
二度目の、肉が潰れる鈍い音。
公康は今度は吐き気すら催さなかった。ただネクタイの結び目を直し、カメラの向こうで自分を見ているであろう「元」上司たちに向けて、薄く笑いかけた。
「……さあ、次は誰だ? 俺の『経費』になる奴から出てこい」




