端数に宿る傲慢(第2ステージ・第2問)
「……いいでしょう。なら、私があなたの口封じのために受け取っていた『屈辱の値段』について聞きます。それを忘れていたなら、あなたは今度こそ全世界の笑い者になって死ぬわ」
理香の冷たい声がスタジオに響く。
彼女にとって、それは己のキャリアを不当に奪われた対価であり、毎月振り込まれるたびに殺意と屈辱を思い出す「呪いの数字」だった。
「第2ステージ・第2問。私を解雇した後、あなたが毎月私の口座に振り込んでいた『慰謝料』。……その金額は、1円単位でいくらだった?」
公康の脳内に、再び冷徹なエクセルシートが展開される。
(金額……? 忘れるわけがない)
あれは、会社の顧問弁護士すら通さず、公康自身が電卓を叩いて弾き出した数字だ。「法的に訴えられないギリギリのライン」でありながら、「最も自分が出費を抑えられる」最安値。
「10、9、8……」
「……**『14万8,250円』**だ」
公康は、一切の躊躇なく即答した。
「……ッ!」
理香の肩が、ビクンと大きく跳ねた。図星を突かれた人間の、無防備な反応。
「本来の合意額はキリよく15万円にするつもりだった。だが、お前が会社を去る日、俺にコーヒーをこぼしたクリーニング代と……毎月の『振込手数料の750円』。それらをすべてお前側の負担として差し引いた、俺にとって最も合理的な数字。……それが、14万8,250円だ」
静寂。
次の瞬間、ピンポン、ピンポン、ピンポン! と、軽快で空々しい電子音が鳴り響く。
「……正解、です」
理香は奥歯を噛み締め、俯いた。
全国3億人の視聴者の前で、彼女の「人生の値段」が、振込手数料すらケチられたみみっちい金額であったことが暴露されたのだ。
「あなたは……本当に、人間の心が……」
「仕事だ、理香。お前も有能な部下なら、コストカットの重要性は理解しているはずだ」
公康は冷たく言い放つ。もはや彼にとって、カメラの向こうの視線などどうでもよかった。目の前の女のプライドを完膚なきまでに叩き折り、確実に10兆円への階段を上ること。それだけが、彼の生存本能を満たす唯一の麻薬となっていた。
「……第2ステージ・第2問、正解。さあ、次がこのステージの最終問題です」
司会者の声が、絶望の淵に立つ理香を急かす。
理香は震える手で、最後のカードを捲った。彼女のカラーが、激しいオレンジ色に点滅を始めている。
「……なら、最後よ、佐藤公康。この質問で、あなたの『人間性』のすべてを暴いてやるわ」
理香が顔を上げた。その目には、涙が滲んでいた。それは怒りではなく、かつて自分が彼に抱いていた「上司への微かな敬意」が、本当にただのゴミだったことを確認するための、哀しい決意の涙だった。




