二十年前の出来事
俺が森へ転移すると、そこには以前よりも天幕が増えていた。中にはまだ設営途中の天幕もあるが、それでも十は下らない数の天幕がある。
そこでは樹木の精や灰色狼、飛妖女たちが、材料を運んで忙しなく動き回っている。
ちなみに、オルフェスたちは何度か森に来ていることもあり、転移と同時に幻術を解いており、俺たちは本来の姿に戻っている。
「「「フェイル様、皆様方、お待ちしておりました(~)」」」
俺たちを目敏く見付けたフィリエさんたちが、俺たちの方へ駆け寄ってきて、嬉しそうに挨拶してくれる。
アイネラなどは、勢い余って飛びついてきそうな勢いだ。
「ああ、久しぶりだな。元気にしてたか?」
「「はい。皆、元気にしております」」
「はい。フェイル様が来てくださいましたので、もっと元気になりました!」
俺がみんなの様子を尋ねると、口々に元気なことを伝えてくれる。
アイネラに至っては、以前にも増してネルフェアに近付いているようで心配になってくるが、杞憂であって欲しい。
「それで、その後、妖鬼はどんな感じだ?」
「はい。巡回は続けてますが、オルフェス様が追い払われた以降、姿は見ていません!」
アイネラが元気一杯に敬礼しながら答えてきた。
アイネラの敬礼を見るのも久しぶりで、懐かしさと共に微笑ましく思えてくる。
「そうか。それなら良かった。それで、怪我をした灰色狼はどうしてる?」
「はい。狩りには出れませんが、傷も癒え、天幕の設営など、結界内での力仕事を頑張っていただいております」
灰色狼を治療したフィリエさんが、傷の状態も併せて報告してくれた。
狩りに出れないことは辛いだろうが、それでも仕事を頑張れているなら、今はそれ以上のことはない。
「ところでフェイル様、そちらの方がティフェア様でしょうか?」
「ああ、そうでしたね。紹介しておきますね。彼女はティフェア様です。それと、この白狼がガロアで、こっちの飛艶女がアイネラ、そしてこちらの大樹の精がフィリエさん。みんな仲良くしてください」
俺はガロアたちにティフェア様を、そしてティフェア様にガロアたちを紹介した。
その途中、俺がガロアを紹介し始めたところで、ティフェア様が大きく目を見開き、その後、フィリエさんを紹介したところで、急にその場に跪いた。
「フィリエ様、いつも我が領地をお助けいただき、ありがとうございます」
「あの、ティフェア様。…フェイル様、これはどのようにすれば…」
ティフェア様が急に跪いたことで、慌てたフィリエさんが俺に問い掛けてきた。
普通に考えて、事情を知らないフィリエさんが、どう返せば良いのか分からず慌てるのも頷ける。
「ああ、ティフェア様は、フィリエさんが交流している村のある領地の領主の娘さんなんですよ。それでフィリエさんを見て跪いたんだと思います」
「なるほど、そうでございましたか。ティフェア様、そういうことであれば、お立ちくださいませ。こうして、フェイル様との繋がりのお役に立てて、わたくしたちも本望でございますので」
「ありがたいお言葉、感謝いたします」
俺がフィリエさんに事情を説明すると、フィリエさんが快くティフェア様に、気遣いは不要な旨を告げる。
それを受け、ティフェア様も感謝の言葉を返して立ち上がった。
「それにしても、こういう繋がりができたのなら、交流を断たずに続けておいて良かったです」
ティフェア様が立ち上がったのを見届けて、フィリエさんが感慨深げにぼそりと呟いた。
俺は、その言葉が何気に引っ掛かった。
「フィリエさん、交流を断とうとしたことがあるんですか?」
「あ、はい。実は最初、二つの村と交流を始めたのですが、暫くした頃に、その内の一つの村で諸々ございまして、結果的にその村が滅んだそうなのです」
俺がフィリエさんの言葉を拾うと思わなかったのか、問い掛けられたフィリエさんは驚いた様子で、過去の話を教えてくれた。
それにしても、『滅んだそう』というのが気に掛かる。その言い回しだと、フィリエさんたちが滅ぼしたわけではなく、後から事実を知ったような口振りに聞こえる。
「あの、それはもしや、魔物に赤子を贄として捧げたことで滅んだという村のことでしょうか?」
「はい。そうでございます」
フィリエさんの説明を聞いて、ティフェア様が眼を見開いて尋ねてきた。
ティフェア様の様子から知っていたと思われるが、その過剰な驚き様に疑問が浮かぶ。
「ティフェア様は知ってたんですか?」
「はい。正確にはその村と交流があったのがフィリエ様たちだった、というのは今知りましたが、その村の件は父から聞かされておりましたので、存じております」
「もし、良かったら教えてもらえますか?」
俺は興味本位ではなく、今後、魔物と人間が関わる上で、重要なことのように思えたため、尋ねずにはいられなかった。
もし、交流が原因で人間の村が滅んだのなら、今後、同じ轍は踏まないようにしないといけない。
「それでは、わたくしの方からご説明させていただきます。ただ、もしよろしければ、その前にお食事を摂られては如何でしょうか?」
「ああ、そうですね。そうします」
「承知いたしました。それではお食事をお持ちしますので、天幕の中でお待ちください」
説明はフィリエさんがしてくれるそうだが、食事を先に済ませてからということになった。
此処で立ち話するよりも落ち着いて話せるし、話も込み入ったもののようなので、その方が助かる。
「あ、それでは私も手伝います」
フィリエさんが俺たちと別れ、食事を取りに行こうとした際、ティフェア様が声を掛けた。
それを受けて、フィリエさんが俺の方に視線を送ってくる。
フィリエさんはティフェア様を手伝わせて良いのか判断し兼ねているのだろう。俺は軽く頷いて了承を出した。
貴族令嬢ではあるが、もう既に仲間だ。これからも冒険者として活動していくなら、彼女にも動いてもらうことになる。とはいえ、斯く言う俺は、フィリエさんたちに役立たずと思わせないように、動くことを制限されているため、此処では何もできないのだが。
「分かりました。それではティフェア様、お願いいたします」
「はい。分かりました」
フィリエさんとティフェア様、それにアイネラが連れ立って、食事を取りに向かう。
ガロアは別のところで食事をするため、他の場所に向かって走り去っている。
それを見届けた俺たちは、月桃の木を植えた横にある天幕に入った。
この時、植えてある月桃の木を見たが、まだ新芽とも判別がつかぬ程度の芽が出始めたところだったので、ティフェア様にもばれることはなさそうで安心する。まぁ、ティフェア様であれば、ばれても誰にも言わないと思えるからこそ、此処へ連れてきているので、そもそも問題はないのだが。
それから暫くすると、フィリエさんたちが天幕の中に入ってきた。
「わ!」
ティフェア様が天幕に脚を踏み入れた途端、驚いたように声を上げた。
俺はそれを見て、初めてこの天幕に入った者が誰しもがする反応に、くすりと笑いが漏れる。
それにしても、ティフェア様も流石鍛えているだけのことはある。敷物の弾力に驚いているものの、手に持った食事が乗った盆は、しっかりと落とさずに持っている。
そのティフェア様の横では、アイネラが一旦盆を後ろにいる者に預け、ベルフェに造ってもらった靴を履いてから、改めて盆を受け取っている。アイネラの場合、脚が鉤爪になっているため、他の者と違って天幕の中に入る際に、靴を履く必要がある。このため、わざわざ別の者を連れてきたのかもしれない。
「ふふふ。ティフェア様、お気を付けください」
「は、はい」
フィリエさんもおかしそうに笑いながら、ティフェア様に注意を促している。
ティフェア様がそれに返事をしながら、恐る恐る脚を進めている様子が微笑ましい。
一方、アイネラは慣れた足取りで運んでくる。
「「「(お、)お待たせいたしました(~)」」」
「ありがとうございます」
運び終えたティフェア様がほっと息を吐き、安堵した表情を浮かべて敷物の上に腰を下ろした。
「皆様、どうぞお召し上がりください」
フィリエさんの言葉で皆が食事に手を付ける。
うん。これだよ、これ!
やっぱりフィリエさんのスープは絶品だ。勿論、肉も脂が乗って美味しい。麦の代わりに千病薯で作られたパンも甘味があって申し分ない。しかも、全てがそれぞれを邪魔せずに美味しさを引き立てあっている。
俺は久方ぶりに口にするこの食事を、一口一口味わいながら堪能していく。
俺の斜向かいに座っているティフェア様なんて、美味しさのあまり声も出さず、大きな目を開けて、只管に食べている。とはいえ、丁寧な所作なのは育ちが良いゆえだろう。
「ティフェア様、お料理の方は如何でしたか?」
「こんな美味しいもの、今まで食べたことがございません! 私は本当に幸せ者でございます」
食事も終わり、落ち着いたところでフィリエさんがティフェア様に問い掛けた。
フィリエさんが感想を聞いているにも関わらず、ティフェア様は只管にこれを食べられた喜びを語っている。
フィリエさんはおかしそうにしながらも、そのことには言及せず、優しそうにその話を聞いていた。
「フェイル様、我もお話に加えていただけますでょうでか?」
「ああ、ガロア、勿論だ」
ティフェア様の感想戦が終盤を迎え、ガロアが尻尾を振りながら天幕の中に入ってきた。
脚も体も綺麗になっているので、誰かに洗うか拭いてもらいでもしたのだろう。
「それでフィリエさん、交流のあった村の話を教えてもらえますか?」
「はい。そうでございましたね。かしこまりました」
俺はガロアが会話に参戦したところで、食事前にしていた話の続きを聞くことにした。
これにフィリエさんが背筋を伸ばして、語り始めてくれる。
「その村と交流を始めて間もない頃、わたくしたちが人間へ協力する対価として、『人間の構造を詳しく教えて欲しい』と言ったことがあるのです。すると、人間は何を勘違いしたのか、赤子を贄として森へ置いていったのです。わたくしたちは慌ててその赤子を返そうとしたのですが、人間は赤子を受け取ることはございませんでした。そこで、わたくしたちは仕方なくその赤子を育てることにしたのですが、その矢先、騎士たちが赤子を攫った魔物として、わたくしたちのところへ攻めてきたのです。わたくしたちも云われなき罪に憤慨し、応戦したのですが、更にそこへ羽虫どもが加勢に現れ、仕方なく、わたくしたちは赤子を残して撤退した次第でございます。そういう事があり、わたくしたちは人間との交流を断とうかと、考えたのでございます」
それを聞いて、俺はなんと言えばいいのか分からなくなった。
この話に出てくる登場人物は、全員が相手の情報を得ず、理解もせず、思い込みだけで動いている。
フィリエさんも一見被害者のように見えるが、彼女たちが最初に発した言葉も言葉足らずだったことが窺える。
そういう意味では、この登場人物全員が、互いに会話を交え、理解することを怠った結果だとも言える。ただ、そう言うのは簡単だが、魔物と人間の交流が異例の状況下では、こうなって当然だということも理解できた。
ちなみに、羽虫とは天使のことだ。魔物たちは天使のことを嫌悪して、こういう呼称で呼ぶらしい。
しかし、これで終わったなら、それほどの被害もなく終息したことになる。
「でも、それだと村が滅んだというのは、おかしくないですか?」
「はい。そこから先は、わたくしたちも話に聞いただけですので、詳細までは存じず、申し訳ございません」
俺がフィリエさんの話と結末に疑問を抱き尋ねてみたが、フィリエさんもそれ以降は詳細を知らないようだ。
ということは、そこから先は、人間側で何か揉め事が発生したということだと推測できる。
「では、そこからは、私の方からお話しいたします」
俺が知りたかった村が滅んだ原因までは知れなかったことに肩を落としそうになった時、ティフェア様が口を開いた。
「ティフェア様はそこまで知っているんですか?」
「はい。父から聞かされております。フィリエ様たちとの交流を継続するため、一部の者にしか交流が知らされない理由でもございますので」
なるほど。ウィアズ伯爵はこの話を知って、自分の領地でも同じことが起きないように、この交流を知る者を制限したみたいだ。
「そうだったんですね。それじゃあ、お願いできますか」
「はい。かしこまりました。ただ、村人にも騎士にも、生き残った者がいないため、彼らの死体から推察された話であることは、ご承知おきください」
俺が続きを教えてもらうようにティフェア様にお願いすると、彼女は背筋を伸ばして大きく息を吐いた。
どうやら村が滅んだだけはなく、フィリエさんたちのことろに攻め込んだ騎士たちも全滅していたようで、その遺体から導き出された結果だけが伝わっているようだ。
俺は、ティフェア様に了承の意を込めて頷きで返す。
「フィリエ様たちと戦った騎士たちは、その後、赤子を抱えて村に行ったようです。しかし、村人の死体には全員剣で斬られた跡があったことから、魔物との交流を断った騎士を恨んで、村人が騎士に襲い掛かったと推察されています。これによって村人は、騎士たちに返り討ちにされたのだと思われます。ただ、その騎士たちには剣などの傷跡はなく、全員が魔法によって殺されておりました。また、その場に赤子の姿もなかったことから、赤子を取り返しにきた魔物によって、騎士たちは殺されたのだろうと言われております」
俺はティフェア様の話を聞き終わると、思わずフィリエさんの方に視線を向けた。




