念願の冒険者登録
「本日、全員が灰色狼を連れた冒険者がこの街に入ったと聞いておりましたが、皆様だったのですね。それで、登録試験を受けたいという方は、どちら様でしょう?」
どうやら俺たちのことは既に冒険者ギルドにも知られていたようだ。これが、一連の事件による魔物への警戒からなのか、それとも冒険者ギルド本来の仕事なのか分からないが、迅速に把握されていることだけは理解した。
ただ、それならそれで、すんなりと冒険者の登録も済みそうな気がする。
「私です」
登録試験が必要な者を問われて、俺の横からティフェアさんが進み出た。
「承知いたしました。それでは、こちらに必要情報の記載をお願いします。ただ、本日は既に閉め切っているため、登録試験が行えませんので、試験は明日以降となります」
受付嬢は机の下から一枚の紙を取り出すと、ティフェアさんの前に置き、試験は明日以降になることを告げてきた。
俺は一度登録試験を受けているので、閉め切られている理由を瞬時に理解した。とは言っても、それほど難しい理由ではない。簡単な話、冒険者が出払っていていないからだ。登録試験は、見世物としても数少ない冒険者の娯楽になっている。今の状態で登録試験をすれば、後から冒険者たちの苦情が殺到しまう。これは冒険者ギルドとしても、何としても避けたいだろう。
「何かあっても俺たちが対処するので、他の冒険者がいなくても大丈夫ですよ」
冒険者ギルドの意図は理解したが、俺たちとしては今の方が都合がいい。
なんと言っても、隠蔽するとはいえ召喚の魔法陣に細工を施す以上、人目が少ない方がいいのだ。
「それもあるのですが、これから登録試験を行うと、終わる頃には冒険者の帰還に伴う事務処理や収容所の混雑などと被ってしまい、冒険者だけではなく、様々なところからも苦情が殺到してしまうのです」
受付嬢は、俺の言葉に苦笑しながら事情を説明してくれた。
そう言われてしまうと何も言い返せなくなる。
収容所は騎士たちが管理していたので、そんなところから苦情が来たら、お腹が痛くなるだけでは済まなくなってしまう。冒険者だけなら強引に押し切ろうと考えていたのだが、流石にこれは無理だ。
「それなら、訓練場の中だけでも事前に見ることはできませんか?」
初見の場所で闘うより、事前に確認できている方が闘い易い。
それに、俺たちには別の意味でも確認しておきたい事情がある。
「申し訳ございません。今は祭事の準備のため職員も出払っており、この時間帯は訓練場は閉鎖しております」
「そうですか。分かりました」
ここで食い下がっても怪しまれるだけなので、素直に退いておく。
「ご理解いただけて助かります。それで、登録試験のご希望日はございますか?」
「それでは、明日でお願いします」
「明日ですね。かしこまりました。それでは、明日の朝にもう一度お越しください。それと、他の皆様の冒険者登録をして参りますので、しばらくお待ちください」
登録用紙を書き終えたティフェアさんが、一瞬俺の方を見てから、受付嬢に明日の日程で申し出た。
それに受付嬢が応じたことで、ティフェアさんの登録試験が明日の朝と決まる。
その後、受付嬢が俺たちの冒険者登録をしに、受付の奥の部屋へ姿を消していった。
「なぁ、お前たち、この国に移住してきたのか? あ、悪い、俺はクリフっていう銀級の冒険者だ」
受付に取り残された俺たちのところに近付いて来た冒険者が声を掛けてきた。
クリフと名乗った冒険者も俺たちと同じ銀級で、帯剣していることから、俺と同じ剣士だということが分かる。
「ああ。俺はフェイル。今日この街に着いたところだ」
「さっきちらっと聞こえたけど、灰色狼を連れた冒険者たちって、お前たちだろ?」
「ああ、そうだけど、それがどうかしたのか?」
どうやらテオたちのことが冒険者にも知れ渡っているようだ。
街に入ってすぐに収容所に預けたので、それほど目立っているとは思っていなかっただけに、不思議な気分になる。
「ああ、かなり噂になってるぜ。もしかしてお前たち金級とか白金級なのか?」
それを聞いて、俺は王国のギルド長が言っていた、灰色狼を連れた銀級は珍しいということを思い出した。
その上、灰色狼単体ならまだしも四体もとなると、目立たないと思う方が間違っている。
俺は、どうやら魔法師団長たちとの旅で慣れてしまって油断していたようだ。
「いや、銀級だ。偶然、森で瀕死の灰色狼を四体見つけたから従えたんだよ」
俺は、咄嗟にギルド長が描いてくれた設定を口にした。
「ああ、なんだ、そういうことか。運が良かった口だな」
「まぁ、そうだな」
俺は苦笑しながら、クリフに同意する。
運が良かったと言われると微妙な気分になるが、そういう設定なので飲み込むしかない。
「それにしても、どうしてこんなご時世に移住なんてしてきたんだ? フランシア王国の方が活動し易いだろ?」
クリフは探りを入れるような眼差しで問い掛けてきた。
クリフの言葉の意味するところは、魔物がこの国で忌避されているということを、暗に示しているものと思われる。
「それって、魔物が村を襲ってるって話か?」
「そうか、知っててこの国に来たってことか。なんとも物好きな奴がいたもんだな」
クリフは俺の言葉を勘違いしたのか、呆れた感じで失礼なことを言い出した。
う~ん。さてはこいつ人の話を聞かない奴だな。
「いや、それを知ったのはこの国に来てからだ」
「あ、そうなのか? 悪い悪い」
俺がクリフの言葉を訂正すると、クリフは軽い口調で謝罪してきた。
こいつ、人の話を聞かないだけじゃなくて、全てが軽い。まぁ、悪い奴ではなさそうだが。
そして、こういう奴は得てして口も軽い。
「いや、いいよ。それより、今この国は、冒険者が活動し難いとかあるのか?」
「ああ、俺たちがって言うより、魔物がって感じだけどな。何しろこの国には英雄級が二人いて、その内一人は皇女様だからな。冒険者が忌避されることはないさ」
この世界には英雄級が二人いる。その二人共がこの国の冒険者だと言うことは聞いていたが、その一人がまさか皇女様だとは思わなかった。それなら魔物を連れている冒険者自身が忌避されない理由も納得できる。まさか国民も、声高に皇女様の批判に繋がるようなことを口にはしないだろう。
俺の隣ではティフェアさんが目を輝かせて『うんうん』と首を縦に振っている。その様子から彼女も知っていたと思われるが、それなら教えといて欲しかった。まぁ、俺が聞いてないから仕方ないのだが。
「それなら少し安心したよ。襲撃してる魔物が特定できれば万事解決しそうだしな」
冒険者が忌避されていないのなら、今回の原因さえ特定して排除すれば元に戻せる気がする。そうなれば、テオたちも大手を振って歩けるようになるはずだ。
「ああ。ただ、それが難航してるんだけどな。それに今この国じゃ、冒険者が魔物を従える制度を廃止しようって動きもあるから、まぁ、それが通るか、魔物を特定するか、どっちが早いかだな」
愛想よくクリフに付き合ってやると、クリフは気分が良さそうにぺらぺらと喋ってくれる。
その中に聞き流せない情報があった。
「制度が廃止されたら、魔物たちはどうなるんだ?」
「うん? そりゃ、処分されるだろ。戦う駒が無くなるのは辛いけど、それも冒険者同士で助け合えば、魔物がいなくてもなんとかなるからな。国民も俺たちも賛成してるんだけど、ただ、皇女様が冒険者ってこともあって難航してるから、それまでは様子見してる奴が多いのが実情だな」
クリフの口から簡単に処分という言葉が出てきて、衝撃を受ける。
冒険者ならば少しは魔物のことを考えているかと思っていたが、全くそんな気配もなく、処分しろと言われれば即座に対応しそうな勢いだ。いくら駒だと思っていても薄情過ぎる気がする。
「クリフさん、依頼も受けずに何をなさっているんですか?」
俺とクリフが話していると、受付の奥から姿を現した受付嬢がクリフへ苦言を呈した。
「え? いや、これはちょっと情報収集をだな」
クリフは跋が悪そうに頭を掻きながら返答している。
う~ん、そうかぁ。情報収集だったのかぁ、俺はてっきり情報提供だと思ってたわ。
「そうですか。では、クリフさんは依頼を探して仕事に戻ってください」
「分かったから 、そんな邪険にするなよ」
クリフは受付中に追い払われて、つまらなそうにしながら、掲示板も見ずに冒険者ギルドから出て行った。
意外と本当に情報収集が目的だったのかもしれない。ただ、口が軽くて提供していただけで。
「それでは、こちらがこの国での冒険者登録証となります」
「ありがとうございます。ちなみに、この国特有の冒険者の規則とかありますか?」
王様から貰った冒険者の教本にも冒険者の心構えや規則が記載されていたが、それは王国での規則だ。このため、その違いを知っておきたい。
「規則に違いはございませんが、現在、この国では魔物による被害が相次いでおります。このため、街の入り口で魔物を預ける必要があり、それに従わない場合や、従えた魔物が問題を起こした場合などは、従えている冒険者にも重い懲罰が与えられますので、ご注意ください。あとは、新しい規則や国からの告知があった場合は、掲示板に貼り出されますので、そちらを常に確認するようにお願いします」
「ありがとうございます。分かりました」
受付嬢が教えてくれたのは、俺の知っていることばかりだった。これなら問題はなさそうだ。
新しい規則や国からの告知についても、どの道、依頼を受けるために冒険者ギルドに来ることになるので、そのついでに確認すればいい。
俺は受付嬢にお礼を言うと、冒険者登録証を鞄に仕舞い、冒険者ギルドを後にした。
これで晴れて、俺も冒険者として活動できる。オルフェスたちを召喚してから随分時間が掛かってしまった。その分、喜びも一入だが、それと同時に新たな問題にも直面しているので、素直に喜ぶこともできない。
さて、明日のティフェアさんの登録試験を終えたら、まずは目先の問題の調査から始めるか。
俺は気分を新たに魔法師団長に教えてもらった宿屋に脚を向けた。




