移住手続き
俺たちが収容所にテオたちを預けて馬車に乗り込むと、それを合図に馬車が再び動き出した。
俺がテオたちを預けている間に入都の手続きは全て終えていたみたいだ。
そして、貴族街に入る直前で再び馬車が止まった。
「それじゃあ、俺たちは一旦此処で降りますね」
「うむ。お気を付けて行動してくださいませじゃ。儂も祭典が終われば、フェイル殿のところに遣いを出しますで、その後、一度合流するという流れでお願いいたしますじゃ」
「はい。分かりました。その時はこの国の住民になってますね」
ここで俺たちの魔法師団長の護衛は終了となる。
俺たちはこの後、この国への移住の申請と冒険者登録を行うことになっている。これが終わって漸く、長かったこの旅が終了するのだ。それと同時に、元の国へ戻ることもできなくなる。ただこれは、『フェール』としての俺は国外追放になっており、『フェイル』としての俺は移住するため、元の国に国籍がなくなっていることもだが、そもそも国籍の有無に関係なく、俺たちの事情を考えれば戻るという選択肢がないことに起因する。
俺たちは魔法師団長と別れの挨拶を交わした後、馬車を降りた。
俺の目の前には、大きな貴族街への門が聳え立っている。この皇都は、街を覆う外壁の中に、貴族街と住民街を隔ている内壁があり、内壁の門の前に俺たちは立っている。
その門の両脇には騎士たちが立って厳重に警備している姿がある。
その間を抜けて、魔法師団長を乗せた馬車が騎士たちと一緒に走り去っていった。
俺たちはそれを見届けると、移住のための手続きに向かう。向かうと言っても、その内壁に沿った道を一つ隔た中央通りの角にある、目の前の住民用の役所に行くだけだ。
その役所は石造りの大きな館造りの建物で、こちらの扉にも騎士が立っている。俺はその騎士に、移住の手続きを行いに来たことを告げて、中に入った。
「すみません。移住の手続きを行いたいんですが」
俺たちは移住の受付に行き、そこにいる受付嬢に声を掛けた。
「それでは、以前お住いの国での登録証をお見せください」
冒険者ギルドの受付嬢とは違い、媚びを売るような笑顔はなく、寧ろ、事務的な感じがさえする。
「はい。お願いします」
俺は鞄に入れている全員分の国民証を取り出すと、受付嬢に差し出した。
受付嬢はそれを受け取ると、国民証の内容を確認して、俺たちを見渡した。
「皆さん、フランシア王国からの移住ですね」
「はい。そうです」
「分かりました。それではお一人金貨一枚となります」
受付嬢はお金が何のために必要なのかも説明せずに、一人金貨一枚とだけ告げてくる。俺は魔法師団長に事前に聞いていたので、そのお金の目的を知っているが、知らなければ一悶着起こりそうな気がする。金貨一枚という高額な価値を考えればそれも当然だ。
受付嬢の態度は横柄な気もするが、だがこれも、国の役所でそんなことをする者は、即刻退場という篩に掛けられていると見ることもできる。
そもそも金貨一枚という法外な金額を何故取るのかというと、国外から街に移り住む住民を増やしたくないからだと聞いている。これは食糧事情や街の敷地面積の問題や、住民間での諍いを避けるためだそうだ。それに金額を減らしてしまうと、難民なども雪崩れ込んできて収集がつかなくなり、猶のこと問題が大きくなる。
だが、それらを避けるためとはいえ、高過ぎるよな。王様から路銀を貰っていなかったら、俺の稼ぎでは移住できなかった。
「分かりました。では、金貨五枚です」
「確かにございますね。それでは、この国の住民として登録いたしますので、しばらくお待ちください」
俺たちが受付嬢の言葉に従い、素直に金貨五枚を差し出したことに受付嬢が少し驚いた素振りを見せた。
それからは、今までの態度とは異なり丁寧な所作で金貨を受け取ると、受付の奥へ姿を消した。
やはり何処の国でもお金の力は絶大ということだろう。人の価値までお金で決められてしまうのは寂しいが、共通の価値基準で測れるのも確かだ。
「お待たせいたしました。それでは、こちらが証明証となります」
「ありがとうございます」
暫く待っていると、受付嬢が戻って来て、俺たちにこの国の住民となった証明書を手渡してくれた。
俺はみんなの証明書を預かると、鞄の中に大切に仕舞う。
これで俺たちは、晴れてこの国の住民だ。
「それじゃあ、この足で冒険者ギルドに行くか」
「ティフェアの冒険者登録もするのですか?」
オルフェスがティフェアの冒険者登録について尋ねてくる。
証明書を貰ったので、このまま冒険者の登録も行いたい。だが、俺たちの中で唯一、冒険者資格を持っていないティフェアさんだけは、冒険者登録試験を受ける必要がある。
「できればしたいけど、行ってからだな」
「分かりました。ティフェア、心の準備をしておけ」
「分かりました」
今日、ティフェアさんの冒険者登録ができれば良いが、冒険者ギルド側の都合もある。そう思い言ったのだが、何故かティフェアさんが気合いを入れる流れになっている。
気合いを入れる分には困ることはないが、今日、登録試験が受けられなくても落ち込まないで欲しいものだ。
ちなみに、この国の冒険者ギルドは今は外壁の近くにある。魔物の収容所が近く、街に頻繁に出入りする冒険者のことを考慮して、外壁の近くに引っ越したそうだ。今俺たちがいる場所が皇都の中心地なので、ここから再度、街の門まで引き返すことになる。
「皇都の街並みも王都と変わりませんね」
「そうなんですか。俺は王都の中心地に行ったことがないので分からないですが」
俺たちは、貴族街の門と、外壁の門を繋ぐ中央通りを街並みを、眺めながら歩いている。
中央通りの両脇には、高そうな衣服や装飾品など富裕層を相手にした商店が軒を連ねている。
俺は王都に住んではいたが、外壁に近い貧困層の居住区に住んでいたし、冒険者登録試験を受けるまで働いていたのも鍛冶屋だったため、工業区にしか行ったことがない。このため、店を眺めながら中央通りのような場所を歩くのは、初めてといってもいいくらいだ。
そんな富裕層相手の商店が途切れると、庶民向けの店が軒を並べ始めた。とはいえ、新品の衣服を売っているだけで、俺からすれば、まだまだ富裕層向けの店に見える。
そういった店並みを過ぎると、漸く俺の見知った店が軒を並べ始めた。
うん。落ち着く。
根っからの庶民である俺は、馴染んだ空気に緊張が解けるのを感じて、肩の力を抜いた。
逆に俺の横を歩いているティフェアさんは、緊張の色を濃くしている。馬車で通過する以外に貴族がこんな場所に足を踏み込むことはないので、それも当然の反応だと思える。
「暴漢に襲われた時を思い出して、少し緊張しますね」
うん。違ったようだ。
そういえばこのお嬢さん、領主館を抜け出して街中に遊びに出ていた実績があった。
ウィアズ伯爵領の街は皇都ほど大きくはないが、それでも、富裕層と貧困層が住む地域は分かれていた。その貧困層の居住区まで足を運んでいたようだ。十歳の幼気な少女がそんな場所まで来れば、そりゃ暴漢に襲われるよ。このお嬢さん、結構無茶するな。まぁ、これくらいでないと、俺たちに命懸けで付いてくるなんて言い出さないか。今更ながらにティフェアさんの破天荒振りに感心してしまう。
「この程度で怖気付いていては、わたくしたちと一緒に暮らすなどできませんよ」
「はい、そうですね。もう大丈夫です」
ネルフェアが励まそうとしているのか、貶そうとしているのか判然としない言葉を掛ける。
ネルフェアからすれば、人間など取るに足らない生き物なのだろうが、俺たち人間からすれば、人間こそが恐ろしい生物なのだ。この国も今でこそ魔物の脅威に怯えているようだが、そうでなければ、最大の敵は人間だったりする。そういう意味では怖気付かない方が危険とも言える。
だが、ティフェアさんはネルフェアの言葉を励ましと受け取ったようだ。まぁ、それも間違いではないのだが。
「怖気付く必要はないですけど、警戒心は維持しといてくださいね」
「はい、それも分かりました」
なんだかティフェアさんの気合いが入り過ぎて、緊張しているようにも見えなくないが、その内慣れるだろう。
ただ、その慣れた頃が一番危なかったするので、俺の方でも注意していた方が良さそうな気がする。
外壁の門が見える辺りまで中央通りを歩いていくと、中央通りにあるとはいえ貧困街には似つかわしくないほど頑丈で大きな石造り建物が見えてきた。この街に入る際にも見えてはいたのだが、まず最初に移住の手続きを済ませなければ冒険者登録ができないため、立ち寄ることはしなかった。
「さて、入るか」
俺はみんなに一言告げてから、冒険者ギルドの扉を開いた。
俺たちが扉をくぐると、中は閑散としており、数名の冒険者しか見当たらなかった。
「冒険者が少ないですね」
「みんな仕事に出てる時間だしな。こんなもんじゃないか?」
オルフェスが冒険者ギルドの中を見て、俺に問い掛けてきた。
寧ろ、この時間に冒険者ギルドに冒険者がいる方が問題なので、閑散としている方が安心できる。
俺はオルフェスに返答すると、そのまま受付まで歩みを進める。
「すみません。今日、この街に移住してきたんですけど、冒険者の登録をお願いできますか?」
「冒険者登録ですね。皆さん登録試験をご希望ですか?」
受付嬢は俺たちを見て、登録試験を行うかどうかを尋ねてくる。
俺たちの衣服や装備は、中堅冒険者に合わせて王国のギルド長が準備してくれたものだ。そのため、俺たちがこれから登録試験を受ける新人冒険者には見えなかったのだろう。
「一人は登録試験を受けたいんですが、それ以外は既にフランシア王国で登録済みなので、この国の冒険者として登録してもらえれば大丈夫です」
俺は受付嬢にそう言うと、鞄の中からみんなの冒険者登録証を取り出して、受付嬢の前に置いた。
受付嬢はそれを手に取ると、その冒険者登録証と俺たちに交互に視線を走らせた。
皇都への移住と共に、この物語も100話目を迎えました。
ここまで読んで応援してくださった皆様、本当にありがとうございます。
これからも投稿を続けてまいりますので、引き続き、よろしくお願いいたします。




