第20話
スランプ気味で短めですが、やっとこさ20話。お待たせです。次かその次あたりで魔法の説明をしてユイは冒険に行きます、多分。
貴公子然としたエルフのきらきらしい面立ちを眺めながら、ユイは今しがた教わったばかりの名前を舌の上で転がした。
(セシル。セイシェリアス、ねえ……)
ユイにとっては耳によくなじむ響き。
セイシェリアスという彼の名は――古代語だ。
竜の意思疎通は、この世界をつくりたもうた古の神々が使っていたとされる古代語によって行われている。
古代語には独特の抑揚があり、聴く者にある種の音楽的な美しささえ感じさせた。故に古代語を紡ぐ竜たちを稀に目撃する幸運を授かった者は、その様を「竜が歌を歌っているようであった」と評したという。
(意味は確か……)
「雄飛する、魂?」
聞こえるか聞こえないかくらいの音量でユイが漏らした声を拾い上げたセシルは、まさかという驚嘆の思いで目の前の少女を見やった。
「あなたは古代語が理解できるのですか」
それは、本来ならばありえないことだ。
人々と竜の交流が絶えた今、古代語はすでにその大部分が失われた言語とされている。短命な人間や獣人はもちろん、長命なエルフもまた古代語を使わなくなって久しく、せいぜいが年長の者から口伝で次代へと受け継がれるのみであった。
そんな人々から忘れ去られた古の言語を、十代と思しき人間の少女がどこで学んだというのか。セシルには検討もつかない。
わからない。
わからないから知りたくなる。
(これほど誰かのことを知りたいと思ったのは、どれくらいぶりのことでしょうか)
セシルは久しぶりに心の底から愉快さを感じていた。
ちょっとした用事のついでに訪れた冒険者ギルドで彼がユイに声をかけたのは、言ってしまえばただの気まぐれのようなものでしかなかった。けれど、きっかけなどというのはそんなものなのかもしれない。
この時、セシルは少女に対する明確な興味を抱き始めていた。
一方セシルから露骨に値踏みするような視線を向けられ、ユイはわかりやすく顔を歪めた。
どうやらうっかりとつぶやいた一言によってセシルの関心を煽り立ててしまったらしいと悟り、自分の不用意さに舌打ちしたい気分である。
思いついたことをそっくりそのまま口にしてしまうのは、ユイの悪い癖だ。竜の里にいる時分には、イオネラやアルトから思慮深さが足りないだとか、もう少し考えてから物を言いなさいだとか散々注意されたものだったが、ユイはいかんせん頭で考えるよりも先に身体が動くタイプである。もう物の道理のわからぬ幼子ではないというのに、その癖はいまだに治っていない。
口は災いの元とはよく言ったものである。
ユイが今後はもう少し発言に気を配ろうと己を戒めていると、セシルがおもむろに口を開いた。
「ユイ。もしもわたくしがあなたに古代語を教えて欲しいと言ったら、引き受けてくださいますか?」
「古代語を? なぜですか?」
質問に質問を返すのは良くないと思いつつも問い返すユイ。
「実はわたくしの手元に古代語で記述された文献がいくつか残っているのですけれど、解読できない部分も多く、行き詰まっていたところなのです。あなたにご助力いただけたら、わたくしの研究はさらに一歩高みへと近づくことでしょう、無論、タダでとは申しません。きちんとした謝礼をご用意させていただきます」
謝礼の二文字に心が揺れる。が、ユイには進んでセシルにかかわり合いになりたいという気持ちはない。
竜の本性がバレたというのは勘違いであったようだが、これから先はわからない。人化の術を使っているユイの本性が早々見抜かれることはないはずだが、セシルはどうやら勘の鋭い性質のようであるし、ユイは自身の迂闊さを嫌というほど自覚したばかりである。
(どうしよう)
ユイが目顔で問うと、ウィルはきっぱりと首を横に振った。
「セシルの言うことを鵜呑みにしてのこのこついて行ったらろくなことにならねぇぞ。悪いことは言わねぇからやめとくんだな。どうせ古代語を教えてほしいなんつーのはおまけ程度で、本命はよくわかんねぇ実験に付き合わせることなんだろうよ」
セシルが以前に持ち込んだ指名依頼を受けた時に、ウィルはよほど酷い目に遭ったと見え、いつになく頑な態度だ。
するとセシルは眉尻を下げ、いかにも寂しそうに表情を曇らせた。
「ウィルには随分と嫌われてしまったようですね。わたくしはこんなにもあなたのことを思っていますのに……。あぁ、それともあなたはわたくしの気持ちをわかった上で、わざとつれない態度をとっていらっしゃるのですか? ひどい方」
「ばっ、何言ってやがる! 気持ち悪い言い方してんじゃねぇぞ。あんたが興味あんのは俺の持つ魔力であって、あくまでも研究対象としてだろうが」
ともすれば口説き文句と錯覚しそうな台詞だが、生憎と男にときめく趣味は無いウィルである。ぶわりと鳥肌の立った両腕を服の上からごしごしと手でさすった。
そうした過剰な反応こそがセシルを喜ばせているのだが、そのことにウィル自身は気づいているのかどうか。
「ふふ、わたくしのことをご理解いただけているようで嬉しく思いますよ、ウィル。だからわたくしはあなたのことが好きなのです」
そう言ってセシルはさもおかしそうにくすくすと笑った。しかめっ面のウィルとは対照的なまでの上機嫌である。
ユイは気の毒な黒衣の青年を思い、ひとつ息を吐いた。
(はー。セシルさん、なかなかいい性格してるなぁ)
セシルと知り合いなのかと尋ねた時、ウィルが不本意そうな表情をしていた理由がわかったような気がしたユイである。




