第19話
いつになったら冒険に行けるのか私もわからなくなってきました。どうしてこうなった……。それと、書き溜めていたデータがアボンしたせいで、書けたところまで投下。中途半端で誠に申し訳ありません。次話につなげるため、少し改稿しました。
「むう……。ウィルってばどこ行っちゃったんだろう」
ギルドカードの更新を終えたユイは、ウィルを探そうと依頼ボード、窓口、休憩スペースと順に見て回ったものの、そのどこにも黒衣の青年の姿を見つけることはできなかった。
ユイと別行動中にウィルがパーティ申請と依頼の受託を済ませておくという話だったのだが、どこに行ってしまったのだろうか。
長椅子にでも腰掛けて大人しく待つべきかそれとも、と逡巡していると、唐突に勢いよく右腕をぐんと引かれ、堪えるまもなくユイはたたらを踏んだ。
「ふえ!?」
バランスを崩してつんのめりそうになりながらも頭を巡らすと、今度は顔をガシリと掴まれて引き戻される。
(なになになになに!?)
ユイが自分の身に何が起こったのか把握できずに慌てていると、鼻と鼻が触れ合うほど間近に、並外れて整った美貌が迫った。
波打ちながら陽の色に輝く髪。高すぎず低すぎず絶妙な高さの鼻に、薄めの唇。肌は大理石のようにきめ細やかで、その上に長くて繊細なまつ毛が濃い陰影を作り出している。
ひとつひとつのパーツが整っていることは言うまでもなかったが、何よりも特徴的なのは宝石のごとくきらめく双眸だ。
光の角度によって様々に色を変える瞳、その美しさにユイは状況も忘れて見入った。
(うわあ……。きれい)
湖面を思わせる透き通った水色。若葉のような深い緑色。夜空を溶かし込んだような群青色。
一刻一刻と表情を変える万華鏡にも似て、じっと見つめていると瞳の奥に吸い込まれてしまいそうだ。
「あなた――です? 本当に――か?」
「え?」
惚けたように色彩の移り変わりの妙を鑑賞していたユイは、耳に入った音をうまく捉えることができず、咄嗟に聞き返した。
「あなたは一体何者なのです? 本当に人間ですか?」
見つめあったままの状態で男の口から軽やかなテノールが紡ぎだされるのを聞きながら、ユイは我にかえる。途端、その言葉の意味を理解して背筋を泡立たせた。
(今、なんて……? もしかして人間じゃないってばれた?)
頭の隅ではうるさいほどの警戒音が鳴り響き、心臓がどきどきと早鐘を打つ。
「実にあなたは興味深い……」
狼狽えるユイを尻目に、男は熱にうかされたような、どこかうっとりとした様子で口角を引き上げた。興奮のためか、すべらかな白い頬が紅潮し、心なしか瞳も潤んでいる。
男の水際立って美しい容姿も相まって、なぜだかユイはいけないものを見てしまったような心地になった。なんとも目の毒だ。
いたたまれない気持ちでユイが押し黙っている間も、男の独白は続く。
「見た目は人間そのものですのに、その魔力量は一般的な人間の平均値を軽く凌駕していることは明らか。アストレリア王家直属の宮廷魔法師でさえ、あなたの足元にも及ばないでしょう。こんなにも美しく、濃度、密度とも見事な魔力は、エルフであるわたくしもこれまでお目にかかったことがありません。純粋な人間ではない……、先祖返りか何かでしょうか?」
穴が空くのではと思うほどの男からの視線に耐え切れなくなり、ユイは疑問に思ったことを尋ねることにした。
「どうしてあなたにそんなことがわかるんですか?」
大気中の魔素を糧として生きる竜や、魔素が凝って生まれてくる精霊などは例外として、自分以外のものが持つ魔力の色や濃度、密度などは特殊な魔道具でも用いない限り判別できないと言われている。男の嫌に確信的な物言いが気になった。
すると、男は特に誇るでもなく「わたくしの目は魔眼ですから」と言った。
「魔眼?」
ユイはオウム返しにつぶやいた。
「えぇ。わたくしの目は生まれつき有機物、無機物問わずあらゆるものの魔力を数値化して見ることができるのです。つまり、あなたの身におびている魔力の異常さも、わたくしには一目瞭然ということです」
男は「うまく隠しているようですけれど」と一度言葉を切ると、意味ありげにユイの右手をちらりと流し見た。
「……それから、その右手。わたくしの目には、あなたのものとはまた別の魔力が見えるのですけれど、いかがです?」
いかがです? と質問の形をとっているが、男は自分の考えが間違っているとは小指の先ほども思っていないに違いない。
まるで心の奥底まで覗き込まれているような感覚、とでも言おうか。隠しておきたいことを暴かれていく恐怖に、ユイの全身から血の気が引いた。
この男の目には、何がどこまで見えているのだろうか、と。
怖かった。それなのに、男に目が惹きつけられるという矛盾。
もうこれ以上目を合わせていてはいけないと、ユイの本能が叫んでいた。
「離して!」
男とのやり取りが周囲の耳目をあつめていることにはとうに気づいていたが、こんな時になりふり構ってはいられない。
ユイは悲鳴じみた声を上げ、身の内にこみ上げる衝動のままに己を捕らえている男の両手を振り払う。あっけなく拘束が外されたことを少し意外に思いながらも、これ幸いとばかりにユイはじりじりと後ろに後ずさり、男から距離をとった。
(今すぐここから逃げなくちゃ)
目の前に佇む得体の知れない男が、ひどく不気味に思えて仕方がない。
ユイが自分の現在位置とギルドの出入口との距離を測っていると、不意に目の前が暗く陰り、黒一色に染まる。
どうやら誰かの背中に庇われているようだということに気づき、それが探していた青年のものであることを理解するなり、ユイは安堵のあまりその場にへたりこみそうになった。
「ウィル」
「すぐ来てやれなくて悪かった」
ユイに異常がないことをざっと目視で確認したウィルは、幾分眼差しに込めた険を和らげながら自らの知己に相対した。
「セシル、こいつに何をするつもりだった?」
「これはこれは、久しぶりにお会いしましたのにご挨拶ですこと。わたくしはただ彼女に声をかけただけで、何もしていませんよ。あなたにそのような言われ方をするのは心外です」
ウィルの咎めるような口調にも、セシルと呼ばれた男はどこ吹く風といった調子でつらっとしている。
セシルの台詞自体はウィルの言葉に憤っているように聞こえるが、どこか白々しくも気安げで、ユイには気の置けない友人同士のやりとりのように感じられた。
ウィルがいる安心感からか、ユイはいつの間にかセシルのことを観察できるくらいの落ち着きを取り戻していた。
「ウィルの知り合いなの?」
「あー、まぁ」
短い問いにかえったのは肯定の言葉だったが、常にない歯切れの悪さで、ウィルにとっては「セシルと知り合い」という事実を歓迎していないらしいということをユイに教えた。
それを知ってか知らずか、セシルが「ウィル、彼女にわたくしを紹介していただけませんか?」と言うと、ウィルは不本意と言わんばかりに顔をしかめながら口を開いた。
「あーユイ、このへんた……じゃなかった。こいつはセシル。エルフのくせに冒険者なんてやってる変わり種の野郎だ」
「ウィル、わたくしのことを変態と言いかけましたね? 以前から思っていたことですけれど、あなたには年長者を敬おうという気持ちが足りないのではありませんか」
「へっ、そういうことは敬いたくなるようなことをしてから言ってもらいてぇもんだ。あんたの魔法実験に巻き込まれて酷い目に遭わされたことは、俺はまだ忘れちゃいねぇ。毎っ回毎回断れないようにわざわざ冒険者ギルドを通して指名依頼なんぞしてきやがって!」
「はて、そんなこともありましたか。わたくしは昔のことなど振り返らぬ主義ですから、忘れてしまいました」
セシルははてさて、と小首をかしげている。
本当に忘れているのか、それともとぼけているだけなのか。おそらくは後者であろう。
セシルはウィルの嫌味など意に介さぬ態度でユイの方へと向き直ると、ふんわりと花がほころぶような笑みを浮かべた。
「ユイと言いましたか。わたくしはエルフのセイシェリアスと申します。セシルと呼んでくださってかまいませんよ」
言いながらセシルが波打つ金の髪をかきあげると、隠されていたエルフの証である先の尖った長耳がのぞいた。
セシルはエルフらしいほっそりとした体つきをしているものの、しなやかな細身の長身からは弱々しさは感じられない。
服装はきっちりと着こなされたジャケットに、染みひとつない真っ白なシャツ。首元には臙脂色のシルクタイが結ばれ、ズボンも上品で質のいいものであることがうかがえる。
彼もまた、ユイとは違った意味で冒険者らしからぬ風体をしている。ちょっとした所作にもどことなく品があり、おとぎ話に出てくる騎士や王子を彷彿とさせた。
もっとも、これまでのやり取りで彼がそれにふさわしい高潔な精神の持ち主ではないことは、疑いようもなかったが。




