第18話
訓練場から受付へ戻ると、ラティーナは重くなった雰囲気を一掃するようにパチンと両手を打ち鳴らし、ユイのランクアップを祝福した。
「これでユイちゃんもFランク冒険者ね。おめでとう!」
「ありがとうございます」
「更新が必要だから、ギルドカードを預かるわね」
差し出された手にギルドカードを預けると、ラティーナは手元で作業を続けながら、ユイにこれからの予定を尋ねた。
「ユイちゃんは今日これからすぐに初依頼を受託する予定なの?」
「はい、そのつもりです。もうパーティを組む相手が決まってるので、どの依頼を受けるのかはその人と相談して決めることになると思いますけど」
ユイがそう言うと、ラティーナは訳知り顔でうなずく。
「なるほど。だから昨日はあんまり気乗りしてない様子だったのに、今日になって急にランクアップ申請をしたいって言い出したわけね。ユイちゃんさえよければ初依頼の受託前にパーティを組めそうなギルド員を紹介させてもらおうと思ってたんだけど、必要なかったみたいね」
冒険者ギルドでは、新規登録したギルド員が最初に受ける依頼を含め都合三回程度、指導員としてCランク以上の先輩冒険者が依頼に同行するよう、指名依頼を出している。これは希望する新人に対してのみ指導員を派遣する形をとっているため、全てのギルド員たちに強制している訳ではないのだが、新人はどうしても無謀な行動に走り勝ちだ。先達からきちんと指導を受けた者はそれ以外の者よりも格段に死傷者数が少ないという統計が出ている。
また、最初に面倒を見てもらった冒険者の所属するパーティに、そのままの流れで新人が加入することも往々にしてよくある話である。その点も含めて冒険者ギルドが打診をしているからだ。
ラティーナとしては前途有望なユイには是非ともどこかのパーティに加入してもらおうと意気込んでいたが、先約があるならそれはそれで構わない。と思いつつも、この期待の新人――新人というには腕が立ちすぎるようにも思えるが――の少女とパーティを組む相手がどこの誰なのか、興味を持たないわけがない。
ラティーナはストレートに尋ねた。
「ユイちゃん、そのパーティを組むお相手が誰なのか教えてくれない?」
「いいですよ」
どうせ依頼を受託する段になればわかることと、あっさりと受け入れたユイであったが、その答えがあまりにも意外な人物の名前であったため、ラティーナはたちまちのうちに色を失った。
まさに晴天の霹靂、寝耳に水といった体である。
「ウィルって、もしかして『蒼炎』のウィルくんのこと!?」
あまりの狼狽えように面食らったユイは、戸惑いに揺れる菫色の瞳でラティーナを見返した。
「そうえん? かどうかはわかりませんけど」
「えぇ!? ユイちゃんってウィルくんの通り名のことを知らないの?」
「恥ずかしながら……。そのぅ、世間知らずなものですみません」
ユイが小さくなっていると、ラティーナは先ほどよりかは幾分落ち着きを取り戻したようで、二度三度とうなずいた。
「それじゃ、質問を変えるわ。そのウィルって人はいつも全身黒ずくめの格好をしている? ちょっと言葉遣いが乱雑な男の人で、炎の魔法が使えたりする?」
「あ、そうですそうです」
「間違いないわ。ウィルくんとユイちゃんがパーティを組むなんて……。今までどんな有名パーティに勧誘されても頑として首を縦に振らなかったっていうのに、ウィルくんったら一体どういう風の吹き回しなのかしら」
ラティーナがぼそりと零すのを聞きとがめたユイは小首をかしげた。
「ウィルって有名人なんですか?」
「そうね。まず、Cランクで既に異名持ちってだけでも珍しいことだと思うわよ」
異名とはその冒険者を示す符号であり、いわば通り名のようなものだ。姿形や戦闘スタイル、使用している武器など由来は個々に異なるが、自分から名乗るものではない。冒険者たちの間では、第三者から異名で呼ばれるようになって初めて一流、といった風潮がある。
「それに彼は、魔法にも剣術にも秀でた素晴らしい冒険者だわ。どこのパーティに加入するも、選び放題だったはずよ」
異名持ちになるほどの実力者で、しかもソロ冒険者となればパーティ勧誘はあとを絶たない。戦力としてあてにしているのはもちろんのこと、異名持ちがメンバーにいるだけでもそのパーティに泊がつくからだ。
異名持ちがパーティに加入した暁には、かなりの高待遇で迎えられるため、勧誘される側にとってもメリットは少なくない。
Cランク冒険者でありながら『蒼炎』などという大層な異名を戴くウィルも、ご多分に漏れず数多のパーティから勧誘を受けている。しかし彼は、そのいずれの誘いもはねのけ、これまで頑なにソロでの活動を続けていたと言う。
だからこそウィルが誰かとパーティを組むようなことはこれまで予想だにしなかったし、その相手がユイのような登録したての年若い少女であるということは想定外すぎる。ラティーナの受けた衝撃は計り知れなかった。
「ユイちゃんはウィルくんから何か聞いてないかしら? どうしてパーティを組もうと思ったのか、そのきっかけとか」
「……いえ、特には」
少し返答に間が空いたのは、昨夜のウィルとの会話を思い出していたからだ。あの時ウィルからもらった言葉は、ユイの胸奥で今も宝物のように輝いている。けれど、それをラティーナに話すつもりはない。誰かに話してしまうのはもったいなく、その輝きが損なわれてしまうような気がしたから。
「そう。でもそうなると、ウィルくんは当分ユイちゃんの指導役として受ける依頼を制限するつもりね。困ったものだわ……。本当ならウィルくんにはBランクへの昇格試験を早く受けて欲しいところなんだけど」
「それってつまり、ウィルはBランク相当の実力があるのに、Cランクにとどまっているってことですか?」
「そうなるわね。ギルドマスターから直々に催促されてるはずよ」
今度はユイが絶句する番であった。
冒険者ギルドの組織概要に詳しくなくとも、それぞれの支部の頂点に配されているのがギルドマスターであることくらいはユイも承知している。そんな立場にいる者が直々にいち冒険者のことを気にかけるということは、それほどにギルドマスター、ひいては冒険者ギルドからのウィルに対する期待が大きいということに他ならない。
(すごい……。ウィルって何者? 私、ウィルのことほとんど何も知らないや)
全身黒ずくめの格好をしていて、瞳だけがはちみつ色をしている長身の美丈夫。凄腕の冒険者で、剣術も魔法も優れていて、《月夜の人魚亭》を定宿にしていて、粗暴な言動の割に面倒見がいい。
わかることといえば、その程度だろうか。
「何かランクアップしたくない理由でもあるのかな」
「そんなの私が聞きたいわよ」
ユイは独り言のつもりであったが、ラティーナの耳にはしっかり届いていたらしい。ラティーナは口をへの字にして、やれやれと息をついた。
「冒険者ギルドは完全な実力主義だから、ギルドランクが評価の全てなの。当然、あらゆる面で上位ランカーが優遇されることになるから、普通は少しでも早くランクをあげようとしてしゃかりきになるものよ? だって、低いランクにとどまるメリットなんて無いんだもの。でも、ウィルくんにはランクアップしてやろうって熱意があるようには見えないのよね」
少なくとも、ラティーナの目にはそう映った。
「ねえ、ユイちゃんからもウィルくんにランクアップ試験を受けるように言ってみてもらえない?」
「それはちょっと……」
掛け値なしに本気の懇請であったが、軽々しく諾と返事はできかねた。
ユイにはユイの事情があるように、ウィルにはウィルの事情があるのだ、きっと。土足で踏み込むような真似はしたくないと断ると、ラティーナは諦めきれない様子ながらもそれ以上食い下がりはしなかった。
「わかったわ。この話はこれでおしまいにしましょう。ウィルくんはああ見えて面倒見がいいのは確かだから、指導役としては適任でしょうし、その分ユイちゃんの活躍に期待させてもらうわ。冒険者ギルドはいつだって人材不足なんだもの。たくさん依頼を受けてばりばり稼いで、どんどんランクアップしてちょうだい! ……ということで、はい。ギルドカードの更新が終わったわよ。お待ちどうさま」
ラティーナから手渡されたギルドカードに、ユイはわずかな違和感を覚えた。
「ギルドカードの色が、さっきまでと違うような……?」
もとは白色であったはずのギルドカードが、戻ってきてみれば黄色へと変じている。どういうことかと視線で問えば、「ランクが上がるとギルドカードの色もそれに伴って変化するのよ」とラティーナが教えてくれた。
「どのランクでどんな色になるのかは、これからユイちゃん自身の目で確かめてみてちょうだい。全部はじめからわかってたら、つまらないものね」
そう言って、ラティーナは蠱惑的なウィンクをパチリ。大人の女性としての魅力に満ちあふれたラティーナに、茶目っ気たっぷりなその仕草はよく似合っていた。




