第17話
遅くなりまして申し訳ありません。投稿のない期間中もブクマ、評価、感想などいただき、ありがとうございます。月刊にならないように頑張ります。
先陣を切って飛び出したのはチャドだった。
鋭い踏み込みで瞬時に間合いを詰められた対戦相手は、初手の一発でなすすべもなく地面に叩きつけられるかのように思われた。
ところがユイは、迫り来る剣先を淡々と見据え、恐れる風もなく半身をそらせるだけの最小限の動きで斬撃を躱す。その動きに合わせて、絹糸を思わせる銀の髪が前後左右に舞い踊った。
続く二擊目、三擊目も小刻みに身体を動かして危なげなく避け切ったところで、ユイはチャドの力量におおよその見当がついた。下級の魔物とDランク冒険者とを比べるのは失礼というものであろうが、さりとて竜であるユイに迫るものではない。
何よりチャド本人に自覚はないようだが、彼には動作を起こす直前に視線を動かす癖がある。ユイにしてみれば、来ることのわかっている攻撃を避けることなど造作もないことであった。
(とりあえず様子見をしようかな。私から攻撃をしかけるのは、もう少し後)
ユイが本気を出せばこの試合も瞬きほどの短い時間で決着をつけることは可能だが、それはチャドの死亡という最悪の形になってしまう。
(素直に参ったって認めてくれればいいんだけど、最悪気絶でもいっか)
そう目標を定めると、ユイは右手に収まったメイスの感触を今一度確かめるように、ぎゅっと握り直した。
一方のチャドはといえば、自身の振るう渾身の一撃をユイに悉く回避され、言い表しようのない焦燥に駆られていた。
(なんでだ? なんでオレの攻撃が当たらない? こんな試合、俺の勝ちですぐにでも終わらせるはずだったのに……)
間もなくお昼に差し掛かろうという頃になって、ギルドの受付嬢であるラティーナに連れられてきた、午前中最後の申請者だという一人の少女。
人間と思しき少女は、見たところ、とてもじゃないが冒険者なんてできそうななりではなかった。武器など握ったこともないような、それこそ家の中で繕いものでもしているのが似合いといった、たおやかな手をしている。
魔物の討伐経験があるという少女の言葉をラティーナは鵜呑みにしているようだが、そんなものは口ではどうとでも言えるのだ。本当かどうかなど、わかったものではない。
右手に収まっている凶悪そうなメイスだけが少女の装備品の中でも唯一異彩を放っていたが、どうせ虚仮威しにすぎない。身の丈にあわない武器を装備するなど愚の骨頂、その実力は推して知るべし、といったところである。
とはいえ、彼女との試合も仕事である以上チャドに否やはない。ほどほどに手加減して冒険者の道など諦めさせてやればいいと、軽く考えていた。
しかし、それは大いなる思い違いであることを、チャドは身をもって悟らざるを得なかった。いざ試合がはじまってみればどうか。
空振りばかりで少女に攻撃を当てるどころか、影を踏むことすら叶わなかった。
そんなわけはないと打ち消すのに、まるでチャドの次の行動を知っているかのようなユイの挙動に戦慄が走る。
(こいつ、何なんだ!?)
ユイに対して試合開始前に抱いていた侮りの気持ちは煙のように跡形もなく消え失せ、いつしかチャドは自分の今持てる全力でもって少女へと向かっていた。
――それでもなお、届かない。
足りないのは何だ。何が悪い。
剣を振るうタイミングか、踏み込みか、力か、スピードか。その全てであったかもしれないし、そのどれでもなかったかもしれない。
いずれにせよ、両者の地力の差は歴然としていた。
「くそ、くそ、くそおぉぉおぉお」
冷静さを欠いたチャドは、短調で大振りな攻撃を我武者羅に繰り返すばかりであった。これまでの攻防を経ても息ひとつ乱すことのない少女の様子は、余計にチャドを苛立たせたが、気持ちを乱したまま勝てるほど生易しい相手でないことは明白だ。
背中に嫌な汗が伝う。
いつの間にか挑む者と挑まれる者、その両者の立場が入れ替わっていたが、そのことにも気づかぬ程にチャドは精神的にも肉体的にも追い詰められていた。
何かに憑かれたように全力で得物を振り回し続けていたチャドだったが、さすがに限界を迎えたものか。ユイが後方へと下がらざるをえないように強引に横薙ぎの一撃を繰り出すと、飛びすさって大幅に距離を取る。
「はっ、はっ……」
底知れぬ実力の片鱗を見せつけられ、攻めあぐねたチャドが束の間その場で足を止めると、それを見計らったようなタイミングで少女のつぶやきが落とされた。
「もうそろそろいいかな」
「な、んだと?」
「今度は私の番だよね? できたら一撃で倒れないように頑張ってほしいかな」
「ふ、ふざけるな! 黙りやがれ!!」
いっそ残酷なまでの無邪気な一言は、チャドを激昂させるには十分であった。チャドは息も整わないまま、感情にまかせて両手剣を振りかぶる。
そこに勝機を見出だしたユイは、試合開始から初めてチャドの攻撃を回避する以外の動きをみせた。その小柄な体躯を生かしてチャドの豪快な袈裟斬りをかいくぐり、懐へと潜り込む。
「しまっ――?!」
その横っ腹めがけて躊躇なくメイスの柄を叩き込んだ。
ユイの感覚ではゴブリンを相手取った時の更に半分程度の出力であったが、肋骨の砕ける鈍い音を響かせながら、チャドの巨体が面白いように吹き飛んでいく。
「がはっ!? ちく、しょう……」
勢いよく訓練場の壁面に叩きつけられたチャドは、悪態をつきながらずるずると地面へと沈み込み、痛みと屈辱の中で意識を手放した。
ユイの使用しているメイスは、見た目には軽々と扱っているように見えるが、その一撃を受けた方は数百キロの金属の塊をぶつけられたような感覚であろう。いかな柄の部分であるとはいえ、少しくらいの怪我ではすまないはずだ。
それを考えると、チャドが肋骨の骨折程度で済んだのはユイの力加減がよかったのか、はたまたチャドの肉体が頑強であったのか。
何はともあれ、勝敗は決した。
「そ、それまで!」
ユイが己の勝利を確認してふっと構えをとくと、ラティーナは驚きと興奮に彩られた上擦り声で試合終了を宣言した。よほど意外な結末であったか、いささかならず呆然とした様子である。
「お見事……。まさかユイちゃんがこんなにあっさりとチャドくんを下すとは思わなかったわ。一応チャドくんも、Dランク冒険者の中では上位なのに」
「あれで?」
本音がぽろりと出てしまい、まずい、と口をつぐむユイ。
素直すぎる反応に、ラティーナも苦笑ぎみだ。
「そうよ、あれでもDランクなら十分。むしろユイちゃんの強さが規格外なんだってこと、わかってる?」
「そう、なんですか?」
「ユイちゃんほどの実力があれば、冒険者としての将来は約束されたようなものよ。それは私が保証するわ。……それにしても、あれだけ戦えるっていうのに、ユイちゃんの名前を聞いたことがないっていうのも妙な話よね。少しくらい噂になっても良さそうなものだけど」
どうしてかしら? とラティーナに探るような視線を向けられたユイは、白々しさを承知の上で目線をあらぬ方向に逃がした。ひとつ答えたら、その倍する質問が飛んでくるのは目に見えている。
賢明にもユイが沈黙を守っていると、そこに答える気はないという意思を感じ取ったか、ラティーナは小さく肩をすくめた。
「ま、それはいいわ。試合も終わったことだし、受付に戻るとしましょう」
「えっ!? あの人はこのままにしておいていいんですか?」
「かまわないわ。私たちじゃ医務室に運ぶことはできないし、念話で彼のことは伝えてあるから直に人が来るはずよ。それに、チャドくんにとってはこの経験がいい薬になると思うの。きっと、ね」
ラティーナはそう言うと、気を失って地べたにのびているチャドのことを一瞥すらすることなく傍らを通り過ぎる。
ユイは背後を気にしてちらと振り返ったが、自分が運ぼうと名乗りを上げることはしない。大男が年端もいかぬような少女、しかも試合開始前にあれだけ侮っていた相手に医務室に運ばれるなど、屈辱に感じこそすれ感謝はすまいと思ったからである。
ユイが抱き抱えられる側ならともかく、その逆では見る者にとって視覚的に暴力にもなろう。ユイは自重するということを知っている竜なのだ。
「チャドくんはね……」
訓練場の入口をくぐったところで、ラティーナが唐突に口を開く。ユイは黙したまま、ラティーナの声に静かに耳を傾けた。
「確かに実力はあるんだけど、最近それを鼻にかけるようになってきて困っていたところなのよ。だから私、実はちょっと怒ってるの」
そう言うラティーナの声には力がなく、最後は吐息に紛れるように不明瞭であった。
冒険者ギルドは依頼を受けた冒険者の生死について関知しない姿勢を貫いているが、ラティーナ個人としてはチャドのことを案じる気持ちが強いのだろう。
ラティーナの話によると、チャドが試験官に抜擢されたのは、己の実力を過信しすぎる嫌いのある年若い青年が、駆け出し冒険者たちとの試合を通じて初心を思い出してくれたら、というギルド側の思惑があったようだ。あるいは新人であってもチャドより実力のある者がいることに気づいてくれれば、とも。
もっとも、チャドの増長ぶりに歯止めをかけるどころか、より一層拍車をかける結果となったのは皮肉な話だったが。
「自分に自信を持つのは悪いことではないと思うわ。だけど、薬も過ぎれば毒となるように、自信過剰は油断を生むようになる。今回ユイちゃんにこてんぱんに負かされたことで、チャドくんが少しでも謙虚さを取り戻してくれればいいんだけど……」
そう言ってラティーナは、きゅっと唇を噛み締めた。
機会は誰にでも等しく与えられている。チャドが一流の冒険者として才能を開花させるのか、それとも――。
それはまだ誰にも、チャド自身にさえもわからないことである。




