第16話
冒険者ギルドに来て早々、依頼が貼り出されているボードの前に陣取ったユイは、先ほどからうんうんと唸り声を上げていた。どの依頼をどれだけ受けるべきか、吟味しているところである。
ギルドに登録したばかりのユイのギルドランクはG。つまりユイが受けられる依頼は、Gランクのボードに貼られているものに限られる。
街中で完結する難易度の低い依頼は、報酬もそれに見合うような微々たるものだ。報酬額は良くて銅貨三枚程度、最低額は鉄貨五枚というものもある。数をこなしてなんとか今日の宿代に足りるかどうか、といったところだろう。
それでも普通に飲食店などで働いて受け取る給金よりも実入りはいいのだから、贅沢は言っていられない。やはり、お金を稼ぐというのは大変なことなのだ。
ウィルに借金を返済するなど、夢のまた夢のような話に思えてくる。
(この分だと一日三件以上は依頼を受けなくちゃいけないかなぁ)
胸中でユイがそうぼやいていると、別のボードに貼り出されている依頼を確認していたウィルがこちらへ近づいてくる。
「ウィル、めぼしい依頼はあった?」
「まぁ、ぼちぼちってとこか。新しい依頼が貼り出されんのは朝イチだから、すげえ好条件って訳にはいかねぇけどな。ユイは?」
「特には。Gランクだから仕方のないことだけど、報酬が安いから一日でかなりたくさんの依頼をこなさないといけないなーと思ってたところ」
ユイが幾分気落ちしながらそう言うと、ウィルはいい手があるだろう、と一枚の申請書を抜きとった。
「昨日ギルドに登録したとき、窓口で説明されなかったか? GランクからFランクへの昇格は、戦闘能力ありと認められれば――」
「そっか、規定回数の依頼をこなさなくてもランクアップできるんだっけ!」
その時点ではさほど興味がなかったために右から左へと聞き流していたが、確かにラティーナは特例のランクアップ申請について最後に説明してくれていた。
Fランクになれば、Eランクの依頼までが受託できるようになる。ランクが上がれば依頼達成の難易度も上がるが、支払われる報酬額も格段に増えるのだ。
加えて言えば、高いランクの冒険者は入場門での一件からわかる通り、様々な面で優遇される。低いランクに留まる利点は全くない。
△▼△
窓口でGからFへのランクアップを申し出たユイが案内された先は、ギルド内にある訓練施設だった。この訓練場では主にランクアップ試験のほか、新人の実技講座なども行われているらしいのだが。
「それにしては、誰もいないようですけど?」
「午前中はランクアップ試験に使われてるから、一般のギルド員がここを利用できるのは午後からと決まっているの」
聞けば床や壁、天井などには特殊建材が使われており、大規模な魔術を発動させたところで小揺るぎもしないという。
(なんだか不思議な感じ)
一見して普通の木材と石材が使われているようにしか見えないが、部屋のあちらこちらから何らかの魔力が感じられる。素材自体が特殊なのか、何らかの魔術処理を施されているのかまでは定かでないが、興味深いことだ。
ちなみに、冒険者たちはほかのギルド員に自分の戦闘能力や技能が知られるのを嫌がることから、ランクアップ試験は試験官と試験を受ける本人、ギルド職員以外に立会はしないものとされている。そのため、先ほどまで一緒だったウィルの姿はそこにはない。
試合に立ち会うギルド職員は、昨日登録手続きをしてくれたラティーナだ。全く知らない職員よりは話しやすいため、ユイはそれを有難く思った。
GからFへのランクアップ申請を行いたい旨を伝えたところ、ラティーナは酷く心配そうな顔をしていたが、ユイにゴブリンの討伐経験があることを聞いてからは何も言わなかった。
「ユイちゃんにはここで試合をしてもらって、その戦いぶりによってランクアップの可否が決まるわ」
「ええと、試合の形式は?」
「これといって格式張ったものはないの。試合で使用する武器は模造の剣を用意してるけど、もちろん自前のものを使ってもらってもかまわないわ」
市場に出回っている一般的な武器では、数度打ち合わせただけでユイの膂力に耐えきれず壊れてしまう。ここは先ほど鍛冶屋で購入したばかりのメイスの出番だ。
メイスはユイのさほど大きくない手でも握りやすく、思いのほかしっくりと馴染む。そして何より、頑丈さは店主のお墨付き。きっとこれからユイのよき相棒となってくれることだろう。
「ただし、相手に大きな怪我をさせたり、殺したりは御法度よ。故意によるものと判断されればギルド員の資格が剥奪されるから、くれぐれも気をつけてちょうだい」
「わかりました」
「すぐ始めさせてもらってもかまわないかしら?」
「はい、私はいつでも」
「わかったわ。――それじゃあチャドくん、彼女が午前で最後のランクアップ申請者よ。あとはお願いね?」
ラティーナが訓練所の入り口に向かってそう声をかけると、その呼び声に応えるように一人の男が姿を現した。両手剣を携え、革鎧で身を固めた戦士風の大男だ。彼がランクアップ申請の試験官を任されているギルド員か。
「ランクアップ申請って、こいつがか?」
男はユイが自身の試合相手と知るなり片眉をピクリと跳ね上げ、侮りも顕にそう言った。明らかにユイを格下と見ていることがうかがえる、やたらと横柄な態度である。
しかし、その程度のことで腹を立てるようなユイではない。笑顔の仮面で内心を覆い隠したまま、その瞳の奥では相手の実力を冷静に推し量っていた。
ラティーナもまた、気にすることなくチャドの言葉に首肯を返す。
「ええ、もちろん」
「こんなお嬢ちゃんに冒険者が務まるとは、オレにはとても思えないんだが? 普通なら受付で門前払いをくらわせるところだろう。怪我する前にとっとと家に帰ったほうが身のためじゃないのか」
「あなたがどう思おうとそれはあなたの勝手だけどね、彼女はギルドに登録する前に魔物の討伐経験があるのよ。舐めてかかると痛い目に遭うのはあなたのほうなんじゃないかしら」
「ハン、そうかよ。……まあ、あんたがやれというならやるさ。それがオレの仕事だからな」
チャドは忌々しそうに歯を軋らせ、面倒がっていることを隠そうともせず大股で訓練場の中央へと向かう。ユイもそのあとに続いた。
「早速始めさせてもらおうか。オレはDランク冒険者のチャドだ」
「ユイです。よろしくお願いします」
両者が位置についたのを確認したラティーナが尋ねる。
「二人共、準備はいいわね?」
それに対し、双方とも己の得物を手に、構えをとることで応えた。戦いを前にした独特の緊張感がその場に満ちる。
「それでは、」
――ゴーン、ゴーン。
始めっ! と続いたはずのラティーナの声をかき消すように、不意に大きな鐘の音が響く。ローゼリウムでは、朝の六時、正午、暮れの六時を知らせる鐘が鳴るのだ。
その音が、試合開始を告げる合図になった。




