第15話
もやもやしたのでヴェルグさんの口調をだいぶ改変させてもらいました。
ローゼリウム滞在二日目。
朝食を食べて比較的早い時間帯に宿屋を出たユイとウィルは、街の大通りにいた。
替えの服を持たないユイの希望を汲んで衣類を販売する店へ赴き、普段街中を出歩くときに着るための衣服を調達したところである。
(フフン、私結構街に溶け込めてるんじゃない?)
早速購入した衣服に袖を通したユイはご満悦だ。
イオネラから譲り受けたワンピースは、いかんせんユイには少し大きめで。サイズの合う衣服を身にまとい、ようやっと人心地がついた。
ユイがローゼリウムの大通りを行き交う人々を観察した限り、女性たちの衣服は基本的にスカートの着用が一般的らしかった。そのほかには、あまり肌を見せない服装が好まれるらしく、長袖で襟ぐりの詰まったものを着ている人が多い。
丈長の衣服は足にまとわりついてどうにも動きにくいため、ユイは迷った末に店員に相談して勧められたキュロットスカートを購入することに決めた。キュロットスカートはただのスカートとは違って股下があり、半ズボンと同じ構造をしている。裾がまくれ上がる心配をしなくていいため、馬に乗るときなどにも重宝しそうだ。
更にそれに合わせて開襟シャツを替えも含めて数枚と、夜着の代わりになるようなTシャツ、下着などなど。
必要最低限を選んだつもりでも結構な金額になったが、支払いは全額ウィルもちだ。
事ここに至っては、必要経費と割り切ってウィルにお金を払ってもらうことに、だんだんと抵抗がなくなってきたユイである。
人それを開き直りと言う、のかもしれない。
服屋の次の目的地は鍛冶屋だ。
冒険者として活動するにあたって、丸腰では話にならない。竜であるユイは徒手空拳であっても十分戦えるのだが、人間を装うのには必要なことであった。
ローゼリウムの街に不案内なユイのために、引き続きウィルが案内役を買って出ている。現在向かっている鍛冶屋も、ウィルの馴染みの店だという。
店に近づくにつれ、カンカンと何かを叩くような音がはっきりと聞こえてきた。看板にはわかりやすく、でかでかと剣のマークが描かれている。
「おやっさん、いるか?」
ウィルが無遠慮に入口の扉を開いて声をかけると、店の奥からのそのそと髭面の男が現れた。
「へい、らっしゃい! ……って、ウィルじゃねェか。お前さんの武器はつい最近手入れしたばっかりじゃなかったかァ?」
「あぁ、いや。おやっさんに手入れしてもらった武器の調子はすこぶるいい。今日は新しくパーティを組むことになった連れの武器を見繕ってやろうと思って来たんだ」
「へェ、お前さんがパーティねェ。……お、こりゃまた可愛らしいお嬢ちゃんだな」
ウィルにおやっさんと呼ばれたことからして、彼は鍛冶屋の主なのであろう。男の身長は小柄なユイの鼻あたりまでしかなく、背丈だけでいえばまるで子供のようだ。
(もしかして……ドワーフ?)
ドワーフといえば背丈が低いものの力強く屈強で、特に男性は豊富で長い髭をたくわえているという。目の前の男はそのイメージにぴったりだ。
ユイがまじまじと見つめていると、それに気づいた男がかすかに目を眇めた。
「お嬢ちゃん、もしかしてドワーフを見るのは初めてかい?」
「す、すみません。じろじろと見るような真似をして……」
その声にはっと我に返ったユイは、失礼だったかと慌てて謝罪した。
すると、男はユイの不躾な視線に気分を害した様子もなく、ご自慢の豊かな黒髭を扱きながらガハガハと豪快な笑い声を上げた。
「いんや、別に見られるくらい気にしちゃいねェさ。アストレリアは他国と違って亜人に対する差別がほとんどないとはいえ、ドワーフがこうして街中に店を構えてンのは珍しいことだろうからよォ。お嬢ちゃん、俺はドワーフのヴェルグってんだ。ゆっくり見てってくれ」
その大きなだみ声にユイが目を丸くしていると、ウィルは苦笑を浮かべながらも、「おやっさんの鍛冶の腕前は確かだから」と言った。
「鍛冶と言えばドワーフ、ドワーフと言えば鍛冶と言われるくらい、彼らの手によって作られた武器は質がいいと評判だ。ローゼリウムの街中にはほかにもいくつか鍛冶屋があるが、俺はここ以外に自分の武器を預けたいとは思わない」
「こりゃまたうれしいことを言ってくれるねィ。お嬢ちゃん、ウィルにはいつも贔屓にしてもらってっから、サービスするぜ」
さあ選べと言われて店内を見回せば、所狭しといくつもの武器が展示してある。オーソドックスな片手剣や槍、弓、斧などをはじめ、珍しいところでは鎌や手裏剣、トンファーなど品揃えも非常に豊富だ。
「ユイ、どれがいい?」
「うーん……」
ウィルの質問に、ユイは眉根を寄せた。
そう言われても、というのがユイの正直なところだ。竜は己が肉体こそが最強の武器であるため、一般的な武器の目利きができるわけもなく。あれこれ見たところで良いも悪いも判断がつかないのである。
「ユイはパワーファイターにもなれるし、素早さを活かして手数で勝負してもいい。いっそ、あえてオーソドックスな片手剣あたりを持たせるか? いや、でも……」
こんな調子でウィルはユイ以上の熱心さで武器を眺めてはこれと思ったものを勧めてくれるのだが、そのどれもが決め手に欠けていた。
(もう素手でいいかも)
そんなことを考え始めたユイだったが、不意に吸い寄せられるようにある武器が目に留まる。
装飾の類が一切ない、武骨な印象のメイス。巨大な球形柄頭をもっており、高い打撃力を生み出すことができそうだ。
「これ、なんでこんなに安いんですか?」
一応値札がついていることから商品であることはわかるのだが、なぜかそれは地べたに直接置かれていた。しかも、よく見ればお値段が他の商品に比べて半額以下だ。
「ん? あァ、それか……」
どういうことかとユイが問えば、ヴェルグはあきらめと悲しみがないまぜになったような複雑な表情を浮かべた。
「口で言うよりも見てもらったほうがはえェか。こいつはよォ、作ってみたはいいものの、これこの通り――」
両手でしっかりとメイスを握りしめると、んぎぎぎとヴェルグは顔を真っ赤にして持ち上げようと試みた。両腕の筋肉が張り詰め、渾身の力が込められていることは疑いようもない。だが、どれほどヴェルグが力をこめようとも、そのメイスは微動だにしなかった。
「ふう……。とまァ、このメイスは重すぎて誰も満足に扱えねェってわけだ。重さの分頑丈さは折り紙つきで、ちょっとやそっとのことで壊れたりはしないとはいえ、持ち上げることさえできねェっつーのは、武器としちゃ致命的だろォ? 結局作ってから何年たっても買い手はつかなくて、このまんまおきっぱなしにしてンだ。一応特殊な素材を使ってっから、魔法の発動体としても十分つかえるんだがなァ」
出来は良いのに、とヴェルグは至極残念そうに肩を落とした。
巨大な球形柄頭をもつメイスは球を空洞にし軽量化を図ることが多いのだが、これは威力に重点を置いたため、その分増した重量故に扱える者がいなかったらしい。
商品棚に陳列されていないことに疑問を感じたユイだったが、重すぎて動かせなかったために地べたに置きっぱなしになっていたというのが真相のようだ。
(ふうん、面白い)
それを聞いたユイの胸中では、自分なら持てるだろうか? と持ち前の好奇心がむくむくと頭をもたげた。
「あの」
「なんだ?」
「もしも私がこれを持ち上げられたら、ヴェルグさんはどうします?」
ユイが無邪気にそう尋ねると、ヴェルグは唖然とし、次いで頑是無い子供に言い聞かせるような口調で言った。
「いやいやお嬢ちゃん、馬鹿言っちゃいけねぇぜ。俺たちドワーフってな人間よりも頑強な肉体を持ってるけどよォ、このメイスを作った俺自身ですら持ち上げることができねンだ。それをお嬢ちゃんが持ち上げられるわけねェってもんだろォ」
「じゃあ、私が持ち上げられたらこのメイスを売ってもらってもいいですか?」
「おい、ユイ!?」
「あァ、いいぜ。どうせ買い手がつく予定なんざねェからな、なんならタダでくれてやらァ」
ユイの怪力っぷりを目の当たりにしているウィルは制止の声を上げるも、ヴェルグは余裕綽々な態度でうなずいた。
ヴェルグはもしかしたら、ユイの言葉を冗談の類だと思ったのかもしれない。あるいは、そう豪語するほど武器の出来に自信があったのであろうが、ユイを相手に分の悪い賭けをしたものだ。
ウィルはといえば、すでに結果がどうなるのか目に見えているようで、「あーあ」と言わんばかりの表情を浮かべている。
「その言葉、忘れないでくださいね」
念押しをしてヴェルグから「持ち上げられたらタダで譲る」という言質をとったユイは、おもむろにメイスへと手を伸ばし――片手でひょいと持ち上げた。
「なっ!?」
驚愕の表情で目を見開くヴェルグをしり目に、ユイはひゅんひゅんと風切音をさせながら、軽く素振りを数度繰り返す。重さを全く感じさせない、滑らかな動きだ。
「うん、持ちやすいし、重さもちょうどいい。気に入りました。ヴェルグさん、持ち上げられたからこのメイスは私のものってことでいいんですよね?」
タダでいい武器を手に入れられたとほくほく顔のユイ。
すでに貰う気満々である。
「……ハ。まさかよォ、こんなお嬢ちゃんが持ち上げるとは思わねェだろ。どうなってんだ、おい? お嬢ちゃんの体は……どういうつくりだ。魔法でもかかってるってェのか?」
「おやっさん、ユイはゴブリンの脳天を一撃でかち割るような怪力の持ち主なんだ」
「ってェことは、はじめから勝負は見えてたってことか。まァ、こいつもやっと自分の主に出会えたんだ。めでてェこった」
タダでメイスを譲ることになってしまったヴェルグは己の迂闊な発言を後悔しているのかと思いきや、職人気質のドワーフらしく、自分が作った武器が使ってもらえるということを純粋に喜んでいるようだった。
「おやっさん、本当にお代はいいのか?」
「あァ、男に二言はねェ。それに、ソイツはきっとお嬢ちゃん以外のやつにゃ扱えねェ」
ウィルが申し訳なさそうな顔つきで尋ねると、ヴェルグは遠慮はいらないと莞爾と笑った。武器は使われてこそ生きるものだから、と。
武器をタダで手に入れたユイは、その代わりに浮いたお金で解体用のナイフをひとふり購入することにした。
冒険に必要な道具類はウィルが全て持っているため、新たに購入する必要はない。
買い物を終えたユイは、早速初依頼を受けるべく、ウィルと連れだって冒険者ギルドへと足を向けた。




