第13話
ユイが入口から食堂の中を覗き込むと、ほかの宿泊客は既に食事を済ませた後なのか人影はまばらだ。そのおかげで、ユイは目的の人物をすぐに見つけ出すことができた。
ウィルは厨房にほど近い場所にあるテーブル席に陣取り、誰かと話し込んでいる。その話し相手に見覚えはなかったが、左の頬に大きな傷跡が走っていることに気づいたユイは、その男が誰なのか見当をつけた。
(たぶん、あの人がハンナさんの旦那さんだね。名前は確か……ガレットさんっていったっけ)
二人の会話を邪魔するのも悪いと思い、ユイが声をかけるタイミングを計っていると、唐突にくるりと背後を振り返ったウィルと目があった。
「お、ユイ。来てたのか」
こっちに来いという手招きにほっとしながら、とてとてとウィルのいるテーブルまで近づいていく。その場でウィルからガレットを紹介されて、ユイは先ほどの自分の推測が正しかったことを知った。
ガレットはハンナとは違って無口な性質タチらしく、一言二言会話しただけでユイ達の食事を用意するからと断り、厨房へ戻っていった。
「待たせちゃってごめんね」
「いや、俺は一度部屋に戻ってたから、食堂に来たのはついさっきだ。どうせユイはハンナさんに捕まってたんだろ? あの人、しゃべりだすと長いんだよな。あれがなけりゃあ本当にいい人なんだぜ、ハンナさんは」
口ではそんなことを言いながら、ハンナと同じようにウィルもまたハンナのことを大切に思っているであろうことは明白だ。だからこそ彼は、この宿屋を利用し続けているのだろう。
(ハンナさんのこと慕ってるくせに、素直じゃないなあ)
そんなことを思いながらユイがウィルの向かい側の席に腰を落ち着けると、それから間もなくして、おいしそうに湯気を立てる料理の皿が次々と運ばれてきた。
本日の夕食のメニューは、色とりどりの野菜を使ったサラダにコンソメ仕立てのスープ、メインはファングボアのローストのようだ。パンとスープはおかわり自由になっているらしい。
ちなみにファングボアは、猪によくに似た外見の魔物だ。大きな体躯と口元から除く鋭い牙が特徴で、非常に獰猛なことでも知られているのだが、さほど戦闘能力は高くない。そのため、比較的安価で市場に流通しているのだとか。
(魔物も食べられるんだ。最初に魔物を食べてみようと思った人がすごいよ。なんというか、たくましい……)
竜は基本的に食事を必要としないこともあり、魔物を食べてみようと考えることすらしないはずだ。
とはいえ、人々にとっては魔物も貴重なタンパク源のひとつなのだろう。どのような味がするのか気になったユイが聞くと、魔力を豊富に持った魔物ほど美味らしい。
「「いただきます」」
どちらからともなく食前の挨拶を口にして、早速料理に手を伸ばす。
目の前に並ぶ料理はどれもこれも美味しそうだが、ユイはまず彩鮮やかなサラダに手をつけた。レタスにきゅうり、トマトなど、使われているのはどこにでもある食材だが、噛み締めると舌の上に野菜の仄かな甘味が広がった。ドレッシングの酸味も爽やかで、素材の味を引き立てている。
ファングボアのローストも、表面にこんがりといい具合の焼き色がついていて食欲をそそられた。フォークとナイフでたべやすい大きさに切り分けて、一口でぱくり。
「っ……!?」
味付けはシンプルな塩コショウだが、それがかえってあとを引いた。じっくりと時間をかけて焼かれたのであろうファングボアの肉は想像以上に柔らかく、肉汁があとからあとから溢れ出す。ハーブが使われているためか、獣臭さがほとんどなくて食べやすい。
付け合せのマッシュポテトもさらりとした口溶けで、ミルクとバターのふわりと優しい味がした。
ユイは小柄な外見を裏切る健啖ぶりを発揮して、瞬く間に皿の上からひとつ、またひとつと料理がなくなっていく。
絶妙な味わいに瞳を輝かせていると、不意にクツクツと笑い声が上がった。ユイが手元に落としていた視線を上げると、ウィルが料理を食べる手を止めてこちらを見つめている。
「どうしたの?」
「いやあ、本当に幸せそうな顔して食うなあと思って」
「だっておいしいんだもん」
「いいと思うぜ。料理を作った方も、そんだけ喜んで食ってもらえりゃ本望だろ。確かにこの宿屋で出される飯は、何を食ってもハズレがねえしな。……あ、そうそう。忘れる前に明日の予定を決めちまうか」
ユイはもぐもぐと咀嚼するのに忙しかった口を休め、ウィルの言葉に賛同した。
「ユイは明日からどうするつもりだ?」
「そりゃ、身分証明書が手に入ったことだし、予定通り働き口を探すよ」
(あんまりのんびりしてるわけにはいかないもんね。ウィルにはこれ以上迷惑かけたくないし)
面倒見がよくて優しいウィルに寄りかかってしまいたくなる気持ちがあることを自覚していたユイは、それではいけないと自らを強く戒めていた。
するとウィルは言いにくそうに口ごもり、視線をうろうろとさ迷わせた。「あー。ユイ」と、躊躇いがちな声が耳に届く。
遠慮のない物言いをするウィルらしからぬ様子に、ユイはいささか不安になった。
「なに?」
「その……働き口を探すって話、考えなおさねえ?」
「どういうこと?」
「これからローゼリウムで冒険者としてやってくつもりはねえのかってこと」
「へ……」
そんな未来など全く想像さえもしていなかったユイは、ウィルから思わぬ可能性を示唆され、続く言葉を失った。
もしかして冒険者ギルドで何かを言いたそうにしていたのは、このことだったのだろうか。
「ずっと考えてたんだけどな、ユイは冒険者に向いてると思う。第一、ゴブリン十五匹を相手取って圧倒できる怪力があるんだ。それを生かさねえのはもったいねえよ!」
ユイがいかに恵まれていて、どれだけ冒険者に向いているのかを力説し始めるウィルだったが、聞き逃せない単語を耳にしたユイが待ったの声を上げた。
「ウィル、そう言ってもらえるのはありがたいんだけど、女の子に怪力ってはっきり言うのはどうかと思う」
「あ、そうか? 褒め言葉のつもりだったんだが」
「…………」
竜といえども女の子。
強さを褒められても素直に喜べない、乙女心とはかくも複雑なものなのである。
ユイの無言の抗議に何を感じたのかは定かではないが、ウィルはいささかぎこちない動作ですっと目をそらした。
「そ、それはともかくとしてだ。真面目に考えてみてくれよ」
「そうは言っても、私とパーティを組んだところで、ウィルにメリットがあるとはとても思えないんだけど……」
役に立つどころか、ウィルの足を引っ張る自信がある。
ユイがそう言うと、きっぱり断られなかったことに勇気を得たウィルは俄然勢い込んだ。
「それが、そうでもねえんだ。ユイはまだ知らねえだろうけど、ギルドから出される依頼の中にはパーティを組んでる冒険者しか受けられねえもんがあるんだ。俺は今までソロで活動してきたから、基本的に一人でできるような依頼しか受けてこなかったけど、ユイとパーティを組めるんなら受けられる依頼の幅が広がるっつーメリットがあるんだ。単純に人数が多い方が危険度も低いし、依頼の達成率も上がるはずだ。いいことずくめだろう?」
だから冒険者になってほしいとウィルから真っ直ぐな眼差しを向けられたユイは、なんと答えるべきか思い悩んだ。
そう長い時間でないとはいえ、これまで一緒に行動したことでウィルとはそこそこ気心も知れている。そんな相手とパーティを組んでもらえるのは有難いことであるし、それがウィルのメリットにもなるというのなら、断る理由などないように思えるのだが。
「でも、私はまだ登録したてだから最下級のGランクだし、面倒事のほうが多いと思うよ? ほら、私って世間知らずだから……」
「つっても、誰だって最初は初心者だろ? できないこととか、知らないこととかがあってもそれを理由に責めたりはしねえよ。俺だって冒険者になりたての頃は、ベテラン冒険者の人たちに色々教わったもんだ。ユイだってそのうち一人前になったら、今度は俺みたいに教わる側から教える側になるんだから、遠慮なんてしてる場合じゃねえぞ? 真面目に依頼をこなしてりゃ、ランクなんてすぐ上がってくからな」
「そんなものなのかな……」
冒険者としては先輩にあたるウィルの言葉を疑うつもりはないのだが、実際に依頼を受けたことがあるわけでもないユイは、半信半疑といったところだ。
「大体ウィルは今までソロで活動してたのに、なんだっていきなり私とパーティを組もうなんて思ったの?」
「うーん、ユイと一緒なら面白そうだって思ったのが、きっかけっていえばそうなんだろうな。ローゼリウムまで一緒に行動してた最中も、自然と役割分担できてたから違和感なかったし、パーティ組んでる連中の気持ちもなんとなくわかったっつーか……。それだけじゃ、理由になんねえか? あとはそうだな、放っておくと突拍子もねえことをしでかしそうで、心配ってのもあるかな」
「最後の一言は余計だよ!」
ぷくりと頬を膨らませてぶすくれながらも、ウィルの言葉に嘘や偽りがないことは明らかで、ユイはじわじわと頬に集まる熱を隠すようにうつむいた。
「……ウィルは、本当に私でいいの?」
ちらりとウィルを上目遣いで窺いながら問えば、間髪容れずに肯定の返事が返る。
「ああ、俺はユイがいい」
(もう! そんなふうに言われたら断れないじゃん)
それに、とユイは思う。
(それに、私が冒険者だったら、万が一異常な身体能力がばれても「冒険者だから」って納得してくれるかもしれない)
単なる思いつきであったが、それは存外いい手であるような気がした。
何せSランクに到達した冒険者は、いずれも人外じみた強さを誇る猛者ばかりだという話だ。彼らが超越者と言われる所以であるのだが、だとすれば己の身体能力が人間のそれを大きく逸脱していることが知られても、さほど問題にならないのではないだろうか。
とそこまで考えて、もはやユイの中にこの話を断るという選択肢は存在しなかった。
「これからはパーティメンバーとしてもよろしくお願いします!」
「そうこなくっちゃな」
にかりと屈託のない笑みを浮かべるウィルを見て、知らずユイの心も浮き立った。
(ウィルが喜ぶと、私も嬉しい。この気持ちって……?)
頭も身体も湯だったように熱を持っている。
ユイは己の胸に沸き起こった感情に戸惑ったが、それは決して不快なものではなかった。




