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最弱竜、人間になる  作者: 日暮
【旅立ち編】
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12/21

第11話

 ユイの一攫千金の夢が潰えたところで、査定金額の記載された書類を手にギルド職員が窓口へ戻って来た。価値の見極めが難しいレアアイテムはともかく、魔石ませきの買い取りは種類や大きさなどによって詳細にマニュアル化されているため、そこまで査定に時間はかからないのだ。

 

「お待たせしました。こちらがお客様のお持ちになった魔石ませきの買取金額になります。ご確認いただき、よろしければサインをお願いします」


 ユイが書類にサインを済ませると、カウンターの上に銅貨と鉄貨が数枚置かれる。ユイにはそれが多いのか少ないのかはよくわからなかったが、枚数を確認することもせずに手でウィルの前に押しやった。


「ユイ?」

「ウィルに借りたお金には全然足りないけど……」


 ユイが何を言いたいのか察したウィルだったが、それに手をつけようとはしなかった。


「これはユイが初めて自分で稼いだ金なんだろ? それくらい自分のために好きに使っても罰はあたらねえよ。俺は今のところ金に困ってるわけでもねえし、返済は本当にいつでもいいんだって」

「う~、でもぉ」

「いいんだよ」


 ウィルのきっぱりした物言いに、これ以上は押し問答になるだけだと判断したユイは大事そうに硬貨をキュロットスカートのポケットに落とし込む。

 後でこのお金を使ってウィルにおいしいものでもご馳走させてもらおうと、そんなことを思いながら。


 ――ぐきゅるるる。


「…………」


 と、食べ物のことを考えていたせいか、ユイの腹の虫が盛大な鳴き声を上げた。人族ヒューマンの肉体はずいぶんと本能に忠実らしい。まるで早くご飯が食べたいと催促しているかのようだ。

 空腹を訴える豪快なその音に、ウィルは耐えかねて噴き出した。


「ククッ、わかったわかった。良い時間だし、そりゃ腹も減るってもんだ。そんじゃま、さっさと宿屋に行ってうまいもんでも食うとするか」


 それを聞いたユイはしかし、大いに慌てふためいた。


「ちょ、ウィル!? 私、お金持ってないから宿屋になんて泊まれないよ」

「つっても、今日はもうほとんど日が落ちちまってるし、寝泊りする場所は必要だろ?」

「……野宿でいい」


 昨日会ったばかりの人にそこまでお世話になってしまってもいいものなのかと躊躇う気持ちが、ユイにそんな台詞を口にさせていた。

 ユイの考えそうなことはもはやウィルもお見通しだったが、一方のウィルにしてもここは譲れないところだ。

 女一人を街の外に放り出して野宿させ、自分は宿屋でぬくぬくと過ごす男。

 ――誰がどう見ても最低である。


「いいわけねーだろ、女一人で野宿なんてさせられっかよ。まさかユイ、そこで俺が「はい、そうですか」って言うと本気で思ってるわけじゃねえよな?」


(そもそも俺はユイにそんなことしそうな奴だと思われてんのか? だとしたら、さすがの俺もへこむぞ……)


 ウィルが不満もあらわにじっとりとした視線を投げかけると、幸いなことに、ユイは正しくそれを理解してかぶりを振った。


「そ、そんなつもりで言ったわけじゃないよ。だけど、通行料を払ってもらってその上宿屋の代金まで出してもらうなんて、いくらなんでも図々しすぎるって思って……」

「はあ、どうせそんなこったろーと思ったけどな。俺がいいって言ってんだから素直に甘えとけ。それが嫌だっつーなら、俺がユイのために使ってる金は先行投資だ。ツケにしといてやるから、そのうち偉くなって返してくれよ。それなら文句ねーだろ」


 要は出世払いでいいと、そういうことである。

 つかの間の逡巡の後、この件についてはユイが折れる形で決着となった。


「……わかった。時間がかかっても、絶対全額返すから忘れないでよね?」

「はいはい、期待しねーで待ってるよ」


 困ったように眉尻を下げるユイのことを軽くあしらいながらも、ウィルは密かにこういう態度は好もしいと思っていた。面倒をみてやると言われても、なんでもかんでもウィルの助力をあてにしようとしないところには好感が持てる。

 他力本願で、自分自身では何の努力もしようとしない輩もいることを思えば、尚のことそう感じられた。

 さて、そうと決まれば今夜泊まる場所を確保しなければならない。

 ウィルにはローゼリウムで懇意にしている宿屋があり、すでに向こうふた月分の部屋代の支払いは済ませているため、これから宿泊先を探す必要はないのだが、問題はユイだ。時間が時間だけに、人気の宿屋は軒並み満室になっているのではないだろうか。


(ダメもとで聞いてみるとするか)


 空き部屋がなくとも、女将の伝手でほかの宿屋を紹介してもらえるかもしれない。

 そう考えたウィルは、ユイを伴って己が根城にしている《月夜の人魚亭》へ向かって歩き出した。

 身軽に人ごみをすいすいとかわしつつ、大通りから次第に人気の少ない、入り組んだ路地へと入っていく。

 この街の建物はレンガ造りのものが多く、全体に赤褐色の景観はあたたかみがある。土地勘のない者は似たような建物ばかりですぐに迷ってしまうようだが、ウィルは割とこの町並みを気に入っていた。

 道なりに足を進め、宿屋というには少しばかりこじんまりとした印象の二階建ての建物の前で立ち止まったウィルは、両開きになっている出入り口の扉をゆっくりと押し開けた。

 入口に掲げられた木製の看板には、上半身が人間の女性、下半身が魚という、一般的にイメージされる人魚のイラストが描かれている。夜空を背景に、美しい人魚がこちらに向かって手を差し伸べながら来客を歓迎していた。

 《月夜の人魚亭》は、ウィルがローゼリウムに来たばかりのころからずっと利用し続けている宿屋だ。出される料理はどれも味がよく、家庭的な雰囲気が疲れた心身を癒してくれる。

 それにウィルは、いつ来ても笑顔で出迎えてくれる、あけっぴろげな性格で気のいい女将のことも気に入っていた。

 ウィルが受付カウンターに備え付けの呼び鈴をチリンと鳴らすと、奥から威勢のいい声が響く。


「はいはい、今行くからちょいと待ってておくれ」


 ほどなくして、カウンター越しに燃えるような赤色の髪を無造作に束ねた、大柄な女性が顔を覗かせた。


「ハンナさん」

「おや、ウィルじゃないか!」


 名前を呼ばれたハンナは、ウィルの顔を見るなりカウンターから窮屈そうにその身を乗り出した。

 彼女が《月夜の人魚亭》の女将だ。

 この宿屋はハンナとその夫であるガレットが、夫婦二人きりで切り盛りしているのだが、元冒険者のガレットは左の頬に傷を持ち、凄みのある容貌が客商売には不向きなため、接客はハンナが一手に引き受けている。

 ちなみに、ガレットは普段厨房などの人目につきにくい場所で仕事をしていることがほとんどだ。


「アンタ、もう戻ってきてたのかい。その様子だと怪我はなさそうだね」

「ハンナさん、俺ももう駆け出し冒険者ってわけじゃないんだぜ? 今回の依頼も特に問題なく終わったよ」

「そりゃあ何よりだったね。この時間帯に顔を出したってことは、夕飯はうちで食べるってことでいいのかい? 今ならすぐ準備できるけど」

「用意してもらえると助かるな。あ、それとこいつの分もいいか?」

「あいよ。食事は二人前だね」


 いそいそと厨房にいるガレットへ連絡を済ませると、ウィルに向き直ったハンナがきらりと瞳を光らせた。


「それで、ウィル。さっきから気になってたんだけどねえ。そちらの可愛らしいお嬢ちゃんのことは、いつアタシに紹介してくれるんだい?」


 ハンナにそう水を向けられ、ユイのことをどう切り出したものかと苦慮していたウィルは、内心で胸をなでおろした。


「あぁ、悪い悪い。こいつはユイだ。依頼を済ませた帰り道で偶然会ったんだが、無一文だって言うから放っておけなくて拾ってきた。それで、急な話でなんだけど、できれば泊まる部屋も見繕ってやってほしいんだ」

「拾ってきたってアンタ、そんな犬や猫じゃあるまいし……。まあ、いいさ。部屋は今空きがあるかどうか確認してくるから」


 恰幅のいい体をゆさゆさと動かして一旦カウンターの奥に引っ込むと、ハンナは宿帳のページをペラペラとめくり、帳面に素早く視線を走らせていく。


「……あらまあ、アンタたち運が良かったよ! ちょうどさっきキャンセルがあって、一人部屋がひと部屋だけ空いてる。二階の角部屋でよければ今日から泊まれるけど、どうだい? ウィルが今泊まってる部屋の、すぐ隣の部屋だね」


 ハンナの言葉に、ユイとウィルは思わず顔を見合わせた。

 随分とタイミングのいいことである。ウィルが泊まっている部屋のすぐ隣の部屋だというのも、何かと都合がいい。

 《月夜の人魚亭》の利用客は長期間滞在する者が多く、一度満室になるとなかなか空室が出ない。そのことをよく知るウィルは、自らの幸運に感謝しつつ、ユイのためにその部屋を借りることを即決した。


「その部屋、とりあえず一……いや、二週間分おさえといてもらえるか?」


 おそらく滞在はもっと長期になるだろうが、《月夜の人魚亭》ではチェックアウトの前日までに申し出れば、宿泊の延長は可能となっている。

 ウィルは二週間分の部屋代より多めの銀貨をまとめてカウンターの上に無造作に置き、食事代などもそこから引いてほしいこと、足りなくなるようなら教えてほしいことをハンナに伝えておく。

 代わりにハンナからは部屋の鍵を受け取り、そのままそれをユイに手渡した。

 鍵についた札には二○一と部屋番号が記されている。ウィルはその隣なので二○二号室だ。


「二週間分だね、まいどあり。そしたら、どっちでも構わないからこの宿帳にサインを頼めるかい?」

「ユイ、そういや字の読み書きはできんのか?」

「うん、大丈夫」


 アストレリアでは、国民の識字率の向上のために様々な活動――例えば、孤児院で定期的に子供たちに文字の読み書きを教えるなど――を行っているが、辺境の村にまでは手が行き届いていないのが現状だ。ウィルはユイがいずこかの辺境出身と思っているためのこの発言だったが、それに対しユイは自信満々に大丈夫だと胸を張る。

 ハンナから受け取った羽ペンを手に、ユイは目の前に差し出された帳面にさらさらとよどみなく自分の名前を書き付けた。

 これで宿泊手続きは完了だ。

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