第10話
首尾よく身分証明書の入手に成功したユイは、長椅子に腰掛けて順番待ちをしているらしいウィルのもとへ駆け寄ると、今しがた出来上がったばかりの真新しいギルドカードを眼前に掲げて見せつけた。
「ウィル、見てみて!」
単にギルド員登録が終わっただけなのに、ぴょんぴょん跳び跳ねながら体全体で喜びを表現するユイを見て、ウィルが幼子を見るような顔つきになったのも無理からぬことであろう。
「はいはい、よかったよかった」
「うん。身分証明書も手に入ったし、これで明日にでも働き口が見つけられるよね!」
つれない反応を気にした風もなくユイが上機嫌でそう言うと、ウィルは一転して真剣な顔つきになり、何か言いたげな素振りを見せた。
「? ウィル、どう――」
「番号札十七番で買取査定をお待ちのお客様、いらっしゃいますか?」
どうしたのか、と続くはずのユイの言葉は、番号札の番号を読み上げる受付嬢の声によって遮られた。
「十七番……お、俺だ」
ちらりと手元を確認したウィルはそうつぶやくなりすっくと立ち上がり、窓口へ歩み去ってしまう。
(ウィル、何か言いたいことがありそうな気がしたんだけど……。ま、いっか)
完全に声をかけるタイミングを逸してしまったユイは、諦めて黒衣の青年から少し遅れて窓口へと赴いた。と、そこには魔物の討伐証明部位や魔石、武具、防具をはじめとしたアイテム類の数々が、ちょっとした小山を成している。
どうやらウィルの討伐した魔物は、巣穴にずいぶんと色々なものをため込んでいたらしい。これだけの量があれば査定に時間がかかるのも無理からぬことである。
冒険者ギルドでは、契約対象外のアイテム類の扱いはフリーとなっている。つまり、手に入れたアイテム類を売ったお金は冒険者の丸儲けということだ。ただし、それらを自分で売り捌かなければならないひと手間が発生してしまう。
商人と繋がりのある冒険者などは独自の販売ルートを持っている場合もあるが、大半は面倒を嫌って冒険者ギルドに鑑定を依頼し、そのまま買い取ってもらっている。高値で売れるわけではないが、冒険者ギルドの買取価格は常に一定で、極端に安く買い叩かれる心配もないからだ。
もちろん冒険者ギルドにしてもボランティアというわけではないので、その分の手数料はしっかりと査定額から引かれるわけだが、量が多ければ双方にとって十分な利益になる。
目の前の小山の内訳は多岐に渡り、鉄屑として二束三文にしかならないようなものや、貴重なレアアイテムなど様々。正に玉石混合といった体である。
それにしても、一体全体これだけの量をどこから取り出したというのか。宿屋を出てからの記憶をさらっても、ユイの知る限りでウィルがこんな大荷物を持っていた覚えはない。
(だってこれ、どう見たって一人で持ち運びできるような量じゃないよね? 多分私なら持ち上げることはできるだろうけど、ウィルは普通の人間のはずだから無理に決まってる。でも、だとしたらどうやって……)
ユイが疑問に思ってしきりに首を傾げていると、ウィルは己の左腕に装着しているシンプルな腕輪を指し示し、「こいつは空間魔術が付与された魔道具で、アイテムボックスの機能を備えてるんだ。すげえだろ?」と種明かしをしてくれた。
「遠方の依頼とかだと、なんだかんだいって荷物が増えるからな。ユイはまだ実感が湧かねーと思うけど、それを持ち歩く必要がねえってのはかなりありがてえことなんだぜ。冒険者にとっちゃ必需品だな」
腕輪は亜空間と繋がっているため、収納力は抜群。収納できる大きさや重量に制限がないのも魅力的だ。欠点といえば、使用者制限がかかっていないため、盗まれた場合そこに収められていた物品が全て取り出せてしまうことだが、その欠点を補って余りあるほどアイテムボックスがもたらす利便性は計り知れない。
ローゼリウムまでの道中で野宿をした時に、ウィルがまるで手品のようにどこからともなくマグカップや鍋などを取り出していたが、あれは亜空間に収納していたものだったと、そういうわけだ。
「いいなー」
「これは活躍の見込めるギルド員に対して、冒険者ギルドが有料でレンタルしてるんだ。ギルドランクがC以上になればユイも借りられるようになるから頑張れよ」
空間魔術の使い手は少なく、新たな魔術師が見つかり次第国やギルドが囲い込んでしまうため、アイテムボックス機能のある魔道具は入手が困難なことに加え非常に高価なことで知られている。ごくまれに市場に出回ることもあるようだが、個人で所有する者は滅多にいないという。
ウィルはそう話を締めくくると、アイテムのリストにざっと目を通す。数こそ多いものの目新しいものはないため、全て買い取ってもらうことにした。
提示された金額を確認して書類の規定箇所にサインをし、職員から預けていたギルドカードを受けとる。
依頼達成報酬や買い取りの代金などは、必ずしも現金で受けとる必要がない。冒険者ギルドでは現金の預かりもしており、ギルド員登録をしている者なら、窓口が開いている時間帯はいつでも利用できる。予め預金口座を作っておけば、そこに報酬を振り込んでもらうことも可能となっているのだ。口座の残高は各々のギルドカードに記憶され、窓口で引き出せるという仕組みである。
ちなみに、現金の預け入れ及び引き出しはどこの冒険者ギルドでも可能なため、いちいち支部ごとに口座を作らなくてよい。
報酬はきちんと現金で受け取って確認しないと落ち着かないという者がいる一方、ウィルは必要以上の現金を持ち歩くことを好まないため、報酬の受け取りにはもっぱら口座への振り込みを利用している。
「ねえウィル、私も魔石の買い取りをしてもらいたいんだけど、どうすればいい?」
「あぁ、そういやそうだったな。俺たちは買い取ってほしいものを、この窓口でギルドの職員に引き渡すだけでいいんだ」
「そうなんだ。それじゃあこれ、お願いできますか?」
「はい、お預かりいたします」
ユイはカウンターの上にコトリと魔石を置き、代わりに十八と書かれた番号札を受け取る。ギルド職員は一旦窓口を離れ、慣れた様子で手早く魔石の状態を確認していく。
それを横目で見るともなしに眺めながら、ユイはふと浮かんだ疑問を口にした。
「一番高く買い取ってもらえる素材って何かわかる?」
「そりゃあ、もちろん竜だろうな」
「へえ、そうなんだ」
竜はその全身が魔力の塊のようなものであるため、武具や防具、魔道具を作るのにも適している。牙や骨、筋、眼球、血液など、無駄になる素材はひとつもないのだ。
もしかして元手をかけずにお金が稼げるかもと期待に目を輝かせたユイだったが、続くウィルの言葉で凍りついた。
「ああ。鱗の一枚、角のひとかけらであってもかなりの高値がついたはずだ。恐らく、金貨数十枚程度にはなるだろう。っつっても、生きた竜はここ数年確認されてない。絶滅したんじゃねえかって話も聞くけど、それを信じてない連中も大勢いるから、冒険者ギルドに持ち込みなんぞしたらどうやって手に入れたのかしつこく聞かれるかもな」
(竜にとっては鱗なんて生え変わるものだし、いくらでも手に入るから稼ぎ放題なんだけど……。あまりにも危険すぎるよね)
元手がタダで稼ぎ放題というのは魅力的だが、世の中そううまい話はないのである。金額が大きすぎて、逆に恐怖を覚えるほどだ。
里にいた頃、命を賭しても竜を狩ろうとする輩がいるという話を聞いたことがあったが、あながち子供を脅かすための与太話というわけでもなかったらしい。
「ん? ユイ、お前顔色悪いんじゃねえか?」
「そ、そんなことないよ」
(ウィルって結構私のこと、よく見てる。気を付けなくちゃ……)
ユイはウィルの気のせいだと誤魔化しながら、小柄な体をより一層縮こまらせ、ふるりと肩を震わせた。




