第80話 渡海
昭和三十八年(一九六三年)一月 玄界灘上空
プロペラの唸りが、機内の床を、絶え間なく震わせていた。
窓の外には、灰色の雲の切れ間から、冬の海が鉛のように鈍く光っている。信格は窓際の席に座り、羽田を発ってから一度も口を開かずに、その海を見下ろしていた。通路を挟んだ隣の席では、天道が膝の上に帳面を広げ、ときおり鉛筆を走らせている。熊木と大島は一列後ろの席に並び、信格の鞄を一つずつ膝に抱えていた。
婚約を発表してから、まだ十日も経っていなかった。
招きの主は、韓国の政府だった。前の年に軍の将校たちが政権を握り、新しく作られた情報機関の長が、日本で大和魂の英雄と呼ばれている男を、ぜひソウルへ迎えたいと言ってきたのだ。表向きは、日韓の親善のための訪問である。両国の国交はまだ結ばれておらず、日本の新聞はこの訪問を、民間の英雄が架ける友好の橋だと書きたてていた。
信格は、海を見下ろしながら、去年の夏のことを思い出していた。
ベンツを贈ってから三月ほどが過ぎた頃、浜町の部屋に、あの眼鏡の男がもう一度だけ訪ねてきた。将軍様が、たいそうお喜びです、と、それだけを告げて、筆で書かれた短い礼状を一通、置いていった。娘のことも、兄のことも、男は何も言わなかった。それきり、北からは何の音沙汰もない。
その北に向かって、いま自分は、南の軍人たちの手を握りにいこうとしている。
大島が海を渡るのは、全羅南道の浜から小舟で密航して以来のことだった。岸本の力で大村の収容所から出されたとき、身元の書類は、一から作り直されている。いま大島の背広の内ポケットには、日本の役所が判を捺した旅券が入っていた。大島は窓の外の雲を見つめたまま、その旅券の上に、ずっと掌を当てていた。
「オヤジ」と、天道が、帳面から目を上げずに言った。「向こうに着いたら、記者が待ってます。日本からも、十人ほど一緒に来てる。どこで誰が聞いてるか、わかりませんよ」
信格は、海を見たまま答えなかった。天道の言葉の意味は、わかっていた。向こうの言葉を、一言も口にするな、ということだ。
雲の切れ間に、陸地の影が見えはじめた。灰色の海の向こうに、低い山並みが、雪をかぶって白く連なっている。信格の膝の上で、太い指が、ゆっくりと握りしめられていった。
同じ日 ソウル 金浦空港
タラップを降りた途端、刺すような寒気が、頬を打った。
滑走路の脇には、軍服と背広の男たちが一列に並び、その後ろに花束を抱えた女学生たちと、カメラを構えた記者たちがひしめいていた。日本の記者たちは、その人垣の端に、肩を寄せあうようにして固まっている。
列の真ん中から、恰幅のいい背広の男が進み出て、信格の手を、両手で握りしめた。
「ようこそ、おいでくださいました」
男は、たどたどしい日本語でそう言ってから、声を落として、何かを付け加えた。朝鮮の言葉だった。
熊木は、信格の背後で鞄を抱えたまま、その言葉を聞いていた。意味は、わからない。けれど、男がそれを口にしたときの目の色で、それが何か、温かい言葉であることだけはわかった。隣に立つ大島の喉が、ごくりと動くのが見えた。
信格の手が、男の両手の中で、ぴくりと動いた。それから信格は、白い歯を見せて笑い、日本語で答えた。
「お招きいただいて、光栄です。日本と韓国の友好のために、少しでもお役に立てれば」
男は、一瞬だけ、寂しそうな顔をした。それから大きく頷いて、日本の記者たちに向かって、通訳を介して歓迎の言葉を述べはじめた。
フラッシュが焚かれるあいだ、信格は一度も、笑顔を崩さなかった。日本の記者たちの鉛筆が走り、韓国の記者たちのカメラが回る。熊木はその背中を見ながら、更衣室で大島の暗い井戸のような目を見たときのことを思い出していた。
同じ夜 ソウル 政府の迎賓館
歓迎の晩餐会は、政府の迎賓館で開かれた。
長い食卓の上座に信格が座らされ、その左右に、軍服の将校たちと、政府の高官たちが並んでいる。日本の記者たちは、少し離れた別の卓に案内されていた。
宴の前に、信格は奥の一室で、この国の最高権力者である議長と、短い会談を持っていた。黒い眼鏡をかけた小柄な軍人は、通訳を挟まずに、朝鮮の言葉で静かに語りかけたという。ソウルに、国じゅうの若者が集える大きな競技場を造りたい。そのために、力を貸してもらえないか、と。信格は日本語で、喜んで、と答えた。いくら出すのかは、その場では口にしなかった。
晩餐会では、料理が運ばれてくるたびに、将校たちが信格の盃に酒を注ぎ、口々に何かを話しかけた。そのほとんどが、朝鮮の言葉だった。日本の記者たちの卓には届かない、低い声で。
信格は、そのすべてに、日本語で答えた。通訳が信格の言葉を朝鮮の言葉に直して伝えるたびに、将校たちは困ったように顔を見あわせ、それから曖昧に笑った。
壁際に控えて立っていた熊木は、その奇妙なやりとりを、黙って見ていた。
通訳など、要らないはずだった。この男には、相手の言葉がすべてわかっている。わかっていて、わからないふりをしている。目の前の将校たちも、そのことを知っている。知っていて、何度も、何度も、同じ言葉で話しかけてくる。まるで、閉ざされた戸を、外から叩きつづけるように。
宴の終わり近く、白髪の痩せた老人が一人、杖をついて信格の席に近づいてきた。誰かの父親か、あるいは政府に呼ばれた古老か、熊木にはわからなかった。老人は信格の前で立ち止まると、震える手で信格の太い手を取り、何かを、ゆっくりと、噛みしめるように言った。
信格の顔から、笑顔が消えた。
ほんの一瞬だった。信格はすぐに白い歯を見せ、日本語で、ありがとうございます、と言って、老人の手を両手で包み返した。けれど熊木は、その一瞬を見逃さなかった。老人の手を包む信格の指先が、細かく震えていたことも。
天道が、壁際の熊木の隣に、いつのまにか立っていた。
「何て言ったんですか」と、熊木は、声を落として訊いた。「あの爺さん」
天道は、しばらく黙っていた。それから、熊木の顔を見ずに答えた。
「よく、帰ってきたな、とさ」
翌日 板門店
ソウルから北へ、軍用の車で二時間近く走った。
窓の外には、雪をかぶった裸の山と、凍りついた田んぼと、鉄条網とが、どこまでも続いていた。ところどころに、砲弾の跡のような窪みが、雪の下に黒く口を開けている。十年前の戦争の傷跡は、まだどこにも消えていなかった。
板門店に着くと、韓国の将校が、日本の記者たちを、境界線から百メートルほど離れた見張り台の陰に留め置いた。ここから先は危険だから、というのが理由だった。天道と大島も、記者たちと一緒にそこへ残された。信格と、付き人の熊木だけが、将校に伴われて、境界線のすぐ手前まで進むことを許された。
境界線といっても、それは低いコンクリートの縁石が一本、雪の上に引かれているだけだった。その向こうに、同じ雪をかぶった、同じ山が続いている。縁石のこちら側にも向こう側にも、銃を構えた兵士が立っていて、互いに目を合わせることもなく、凍った空気の中で、身じろぎもせずにいた。
信格は、縁石の手前で立ち止まり、北の山並みを見ていた。
山の向こうから、雪の粒を含んだ、骨まで凍える風が吹いていた。熊木は信格の後ろ、ほんの三歩ほどのところに立ち、信格の外套の襟が、その風にはためくのを見ていた。
不意に、信格が外套を脱いだ。
脱いだ外套を、振り返りもせずに後ろへ放り、熊木がとっさにそれを両腕で受け止めるあいだに、背広の上着まで脱ぎ捨てて、白いシャツ一枚になった。零下の風が、シャツの背中を激しく波打たせた。
信格は、大きく息を吸いこんだ。そして、叫んだ。
朝鮮の言葉だった。熊木には、意味は一つもわからなかった。けれど、何を叫んでいるのかは、わかった。誰かの名を、何度も、何度も呼んでいる。それから、どこか遠い土地の名を。凍った川のある村の名を、きっと呼んでいるのだと、熊木は思った。
最後に、雪の夜のキャデラックの中で聞いたのと同じ言葉が、喉が裂けるような声で、北の山に向かって投げつけられた。
オモニ、と。
声は凍った風にちぎられて、境界線の向こうの雪の中へ消えていった。向こう側に立っている兵士は、眉一つ動かさなかった。山は、何も答えなかった。
信格は、叫ぶのをやめた。
白いシャツの肩が、大きく上下していた。その背中が、熊木の目の前で、少しずつ小さく丸まっていく。リングの上でアメリカの大男たちを薙ぎ倒し、日本じゅうの茶の間が拝んできた背中が、いま雪の上で、子供のように震えていた。
熊木は、外套を両腕に抱いたまま、動けなかった。
スカウトの日のことを、思い出していた。サンパウロの日系人街の外れの喫茶店で、この男は熊木の足元に屈みこみ、熊木の足の大きさを、自分の掌で測った。それから顔を上げて、何世だ、と訊いた。親はどこの生まれだ、じいさんは、ばあさんは、と、しつこく、何度も、熊木の血筋を問いただした。祖父は横浜の生糸を扱う商家の出で、祖母も横浜の生まれだと答えるまで、この男は、熊木の顔から目を離さなかった。
あの問いは、自分の血を隠して生きる男が、他人の血に怯えていた問いだったのだ。
熊木は、それを責める気にはなれなかった。わかってしまったのだ。この男がどれほど長いあいだ、たった一人で、この震えを背中に隠して生きてきたのかを。
だから、どうした。先生は、先生だ。
物干し場で自分に言い聞かせたその言葉を、熊木はもう一度、胸の中で繰り返した。それから三歩前に出て、震える白いシャツの肩に、黙って外套を掛けた。
信格の肩が、外套の重みに、一度だけびくりと跳ねた。
信格は、振り返らなかった。北の山を見たまま、外套の襟を、太い指で掻きあわせた。凍えた頬の上で、何かが光り、すぐに白く凍って、動かなくなった。
「……見たか」
かすれた声だった。熊木は、信格の背中に向かって、はっきりと答えた。
「何も、見てません。先生」
長い沈黙があった。風が、二人のあいだを吹き抜けていった。
「ふっ」
信格は、小さく笑った。それから足元の背広の上着を拾いあげ、外套の上から肩に引っかけると、熊木の脇を通り抜けて、見張り台のほうへ歩きだした。熊木は、その三歩後ろを、黙ってついていった。
見張り台の陰で待っていた日本の記者たちが、一斉にカメラを構えた。信格は、凍った頬のまま、白い歯を見せて笑ってみせた。その人垣の後ろで、大島だけが、記者たちの肩越しに北の山を見つめたまま、唇を固く結んでいた。
同じ夜 ソウル ホテルの一室
夜の九時を回った頃、部屋の扉が、控えめに叩かれた。
扉の外には、空港で信格の手を握った情報機関の男が立っていた。その後ろに、地味な灰色のチマチョゴリの上から古い外套を羽織った、三十を少し過ぎたほどの女が一人、うつむいて立っている。
「記者たちには、知らせておりません」と、男は、たどたどしい日本語で言った。「どうか、ごゆっくり」
男は女を部屋の中へ促すと、自分は廊下に残って、静かに扉を閉めた。
部屋の中には、信格と、大島と、熊木の三人がいた。天道は、記者たちと同じ階の別の部屋にいる。大島が、女のために窓際の椅子を引いた。熊木は、扉の脇に立ったまま、動かなかった。
女は椅子に腰を下ろさず、信格の前に立ちつくしていた。信格も、立ったまま、女の顔を見つめていた。
長い沈黙のあとで、女が、朝鮮の言葉で何かを言った。震える声だった。信格の喉が、大きく動いた。それから信格は、朝鮮の言葉で答えた。
熊木は、扉の脇で、息を詰めた。空港でも、迎賓館でも、日本の記者たちの前では一言も口にしなかった言葉を、この男がいま、目の前の女に向かって、ためらいもなく口にしている。低く、かすれた声で。
女の顔が、くしゃりと歪んだ。女は両手で顔を覆い、そのまま信格の胸にすがりついた。信格の太い腕が、女の細い背中を抱きとめた。
熊木には、二人が交わす言葉の意味はわからなかった。わかったのは、大島が窓際で背を向け、肩を震わせていることだけだった。
女は、信格の兄の娘だった。
信格の生まれた村で育ち、戦争が始まった年の冬、北から押し寄せてきた戦火を逃れて、母親と二人で南へ下ってきたのだという。父親は、亡くなったばかりの祖母の墓を守ると言って、ひとり村に残った。母親は南へ下る途中で病に倒れ、女ひとりがソウルにたどり着いて、市場の片隅で針仕事をしながら生きてきた。それから十三年、村に残った父の消息は、一度も届いたことがない。日本で大和魂の英雄と呼ばれている男が自分の叔父だということも、女は誰にも話したことがなかった。話せば、どんな目に遭うかわからなかったからだ。
「お祖母様は」
女は、信格の胸から顔を上げ、涙に濡れた目で言った。
「わたしたちが村を出る少し前の、冬に亡くなりました。叔父さんの名前を、最後まで呼んでいました」
信格の腕が、女の背中の上で、止まった。
板門店の雪の上で、喉を裂くようにして叫んだあの言葉は、もう、誰にも届かない人に向けたものだったのだ。
「日本の新聞に叔父さんの写真が載っていると、村の誰かが言ったことがあるんです。お祖母様は、字が読めないのに、その新聞を枕元に置いて、毎晩撫でていました。長崎の生まれだと書いてあると教えたら、笑っていました。あの子は、嘘が下手だ、と」
信格の膝が、ゆっくりと折れた。
熊木が思わず一歩踏みだしかけたが、信格は、床に膝をついたまま、片手を上げてそれを止めた。それから、もう一方の手で顔を覆い、声を殺して、肩を震わせはじめた。
女が、信格の大きな背中に、そっと手を置いた。大島は、窓のほうを向いたまま、動かなかった。熊木は、扉の脇に立ったまま、膝をついた男の背中を、黙って見つめていた。
どれほどそうしていたのか、やがて女が、信格の背中に手を置いたまま、ためらいがちに口を開いた。
「叔父さん。父は……父は、まだ、生きているのでしょうか」
信格の肩の震えが、止まった。
去年の春、浜町の部屋で、あの眼鏡の男が口にした言葉が、耳の奥に甦っていた。お兄様は、いまも、あの川のほとりで、おひとりで田を耕しておられます。
それを、この娘に告げることはできなかった。北の男から聞いたと言えば、自分が北と通じていることを、南の情報機関の男が廊下で待つこの部屋で、口にすることになる。それに、あの男の言葉が本当なのかどうかも、確かめようがないのだ。兄が生きているという言葉そのものが、自分を縛る綱の一本にすぎないのかもしれなかった。
〈……わからん〉
信格は、朝鮮の言葉で、それだけ答えた。
女は、黙って頷いた。十三年、何も知らずに生きてきた娘は、わからない、という答えにも、もう慣れているようだった。
やがて信格は、膝に手をついて、ゆっくりと立ちあがった。それから大島に向かって顎をしゃくり、部屋の隅の鞄を開けさせた。
大島が取り出したのは、銀行の帯封のついた札束だった。日本から持ちこんだドル紙幣で、本来は議長への手土産の一部になるはずのものである。信格はそれを封筒ごと受け取ると、黙って女の手に押しつけた。
女は驚いて、首を横に振った。両手で封筒を押し返し、朝鮮の言葉で、何かを言いつのる。受け取れない、と言っているのだということは、熊木にもわかった。
信格は、それ以上何も言わずに、女の両手ごと、封筒を自分の大きな掌で包みこんだ。女の細い指が、その中で震えていた。信格の目は赤く腫れていたが、口元だけは、いつものように、ふっと緩んでいた。
それから信格は大島を振り返り、朝鮮の言葉で、短く何かを命じた。大島は深く頭を下げると、廊下に出て、扉の外で待っていた情報機関の男と、低い声で話しはじめた。
あとで熊木は、大島から一言だけ聞かされた。
「毎月、送る。あの男の手を通して」
窓の外では、ソウルの雪が、音もなく降りつづいていた。
同じ夜更け ソウル ホテルの別の一室
天道は、ホテルの部屋の小さな机に向かって、帳面を開いていた。
隣の階の、あの部屋の扉が、夜の九時過ぎに一度開き、十一時近くにもう一度開いたことを、天道は廊下の端から見て知っていた。出てきたのは、灰色のチマチョゴリの女と、情報機関の男だった。女は、胸に封筒を抱きしめ、もう一方の手で顔を覆いながら、男に支えられるようにして階段を下りていった。
部屋の中で何が話されたのかは、わからない。
昼間の板門店でも、同じだった。百メートル離れた見張り台の陰から、天道は双眼鏡で、白いシャツ一枚になった男の背中を見ていた。男が北に向かって何かを叫んでいるのは、わかった。けれど、山から吹き下ろす風がその声をちぎり、天道の耳に届いたのは、切れ切れの音の端だけだった。言葉の形は、何ひとつ聞き取れなかった。
ただ、その音の調子が、日本語のものではなかったような気がした。横浜の港で、朝鮮人の荷役たちが遠くの仲間を呼ぶときに張りあげていた声に、どこか似ていたような気が。
気がした、というだけのことだった。
天道は鉛筆を握り、ゆっくりと書きつけた。
『一月某日。板門店。
力王山、境界線の前にて外套と上着を脱ぎ、北へ向かって何事か叫ぶ。
風強く、言葉は聞き取れず。日本語にあらざる様子。
記者たちは、遠方にて気づかず。
付き人の熊木のみ、すぐ背後に在り。
同日夜。ホテルにて、姪と称する女と面会。約二時間。
情報機関の手配。記者には伏せる。
同席、大島、熊木。
女、帰り際に封筒を抱える。
内容、不明』
天道は、「様子」と「不明」の二つの言葉を、長いあいだ見つめていた。
帳面には、事実だけを書く。それが、天道の決めごとだった。わからないことは、わからないと書く。聞こえなかったものは、聞こえなかったと書く。天道は鉛筆を置き、帳面を閉じて、鞄の底にしまった。
数日後 東京 松木の新聞 朝刊一面
『力王山、板門店で平和を叫ぶ 分断の地に響いた大和の雄叫び』
一面の真ん中に、境界線を背にして、白い歯を見せて笑う信格の写真が載っていた。
記事によれば、力王山は、分断された隣国の悲劇に深く心を痛め、境界線の前で、両国の平和と友好を願って、大声で叫んだのだという。その言葉が何語であったのかは、どこにも書かれていなかった。




