第24話 偽装
昭和二十八年(一九五三年)三月 東京・目黒
上野の六畳間を出たのは、夜明け前だった。
キャデラックの後部座席で、信格は、目黒の家に着くまで、一言も口をきかなかった。
四年前、関脇に上がった年に建てた、瓦屋根の二階家だった。黒塀に囲まれた庭には、京都から取り寄せた松が植わっている。表札には、対馬、と墨で書かれていた。
門を開けると、庭は、ひどく荒れていた。松の枝は伸び放題で、玄関の前には、落ち葉が積もったままになっている。
信格は、玄関の戸を引いた。鍵は、かかっていなかった。
「千鶴」
返事は、なかった。
家の中は、しんと冷えきっていた。台所の竈には、灰が白く固まっている。子供部屋の小さな布団は、きちんと畳まれたまま、埃をかぶっていた。箪笥を開けると、妻の着物も、息子の小さな服も、一枚残らず消えていた。
居間の卓袱台の上に、二つのものが置かれていた。
一つは、離縁状だった。妻の名前の下に、判が押してある。墨の色は、もう褪せかけていた。
もう一つは、一通の封書だった。薄汚れた、見慣れない封筒で、表書きの宛名は、日本の字ではなかった。朝鮮の文字で、こう書かれていた。
崔信格。
昭和二十四年(一九四九年)秋 京都
縁談を持ってきたのは、谷町の一人だった。
京都の祇園で、何代も続く料亭の、末の娘だという。
「関脇ともなれば、そろそろ嫁をもらわにゃいかん。独り身の関取なんぞ、世間の目が許さん」
親方も、黙って頷いていた。
信格には、わかっていた。日本人の嫁をもらい、日本人の家を構え、日本人の子を作る。そうして初めて、長崎の対馬光夫という仮面は、完成する。これは、縁談ではなかった。仮面の、最後の仕上げだった。
見合いの席で、千鶴は、ほとんど顔を上げなかった。色の白い、細面の娘だった。京言葉で小さく挨拶をし、それきり、膝の上で指を組んだまま、黙っていた。
信格は、その娘を見て、何も感じなかった。上野の安宿に、秀貞がいた。そのことは、もちろん、誰にも言わなかった。
祝言は、祇園の料亭の大広間で、盛大に開かれた。
協会の幹部、谷町、新聞記者。金屏風の前で、信格は紋付袴に身を包み、白無垢の千鶴の隣に座っていた。
「力王山関、まことにおめでとうございます」
「長崎のご両親も、さぞお喜びでしょう」
祝いの言葉が、次々と注がれた。信格は、そのたびに、深々と頭を下げた。
長崎の両親。あの日焼けした小柄な農夫の顔を、信格は、もう、はっきりとは思い出せなかった。
その夜、上野の六畳間で、秀貞は一人、灯りもつけずに座っていたという。
翌年の春、千鶴は、男の子を産んだ。信格は、その子に、光一と名づけた。
対馬光一。自分の偽りの名前から、一文字を取った。
昭和二十八年(一九五三年)三月 東京・目黒
信格は、卓袱台の前に座りこんだまま、朝鮮文字の封書を手に取った。封は、もう切られていた。
中の便箋には、たどたどしい朝鮮の文字が並んでいた。故郷の村の、遠縁の者からだった。戦争で村が焼け、親族が散り散りになった。東京で相撲取りになったという崔信格を探して、人づてに人づてを重ね、ようやくこの住所にたどり着いたのだという。
手紙の最後には、こう書かれていた。
〈信格、生きているなら、どうか村の者を助けてくれ〉
便箋の隙間から、もう一枚、紙切れが落ちた。日本語だった。千鶴の、細く震える字だった。
『朝鮮の方にお頼みして、読んでもらいました。
上野の女の方のことも、存じております。
毎月のお金が、どこへ送られているのかも。
わたくしは、あなたが、どなたなのか、存じません。
光一は、連れて参ります。
どうぞ、お探しになりませんよう』
信格は、その紙切れを、長いあいだ見つめていた。
悲しみは、湧いてこなかった。最初に胸を突きあげてきたのは、冷たい恐怖だった。
知られた。京都の、あの料亭の一族に。あの家の者たちが、誰かに喋ったら。新聞に、売ったら。いま、日本じゅうが大和魂の英雄と叫んでいる男が、朝鮮の農家の末っ子だと知れ渡ったら。
信格は、立ちあがった。
電話の受話器を取り、銀座の大河原の事務所を呼び出した。
「……俺だ。京都に、口を塞いでほしい家がある」
受話器の向こうで、大河原の子分が、何かを書きつける音がした。
「金は、いくらかかってもいい。倅の分も、毎月送ってやれ。その代わり、二度と、あの家の者に口を開かせるな」
受話器を置いてから、信格は、ふと子供部屋のほうを見た。埃をかぶった、小さな布団があった。
光一は、三つになったはずだった。最後に抱きあげたのは、アメリカへ発つ前の晩だった。重くなったな、と言った気がする。それ以外に、何を話したのかは、思い出せなかった。
信格は、子供部屋の襖を、静かに閉めた。
それから、卓袱台の上の離縁状に、自分の判を押した。
朱肉の色が、紙の上に滲んだ。十三年前、長崎の農夫の前で押した判と、同じ色だった。




