第20話 手刀
昭和二十七年(一九五二年)二月 ハワイ・ホノルル
船を降りた瞬間、湿った潮風と、甘い花の匂いが鼻をついた。真冬の日本から来た体には、南国の陽射しが、痛いほど眩しかった。
「あんたが、力王山さんかね」
埠頭で待っていたのは、背の低い、日に焼けた初老の男だった。小柄だが、半袖のシャツから覗く腕は、鋼のように引き締まっている。
「沖田識吉だ。大河原さんから、あんたの面倒を見るよう頼まれとる」
訛りの強い日本語だった。内地の言葉とも、ハワイの日系人の言葉とも違う、南の島の抑揚があった。
「沖縄の生まれでね。こっちに渡って、もう三十年になる」
沖田は、信格の分厚い腹を、遠慮なく平手で叩いた。
「ずいぶん、だらしない体だね。相撲を辞めて、何を食っとったんだい」
信格は、黙って沖田を見下ろした。こんな小男に腹を叩かれたのは、生まれて初めてだった。
「まずは、その肺を診てもらおう。話は、それからだ」
その日のうちに、沖田は信格を、ホノルルの白い病院へ連れていった。
「肺ジストマですね。たしかに、寄生虫はいます」
白衣の医師は、レントゲンの写真を一瞥しただけで、こともなげに言った。
「この薬を、毎日飲んでください。三か月もすれば、きれいに治りますよ」
「……三か月?」
信格は、思わず聞き返した。
「ええ。それほど重くはない。運動も、続けてかまいません」
医師は、もう処方箋を書きはじめていた。
信格は、手渡された薬の瓶を、長いあいだ見つめていた。赤坂の病院で、相撲はもう無理です、と言われた日のことが、頭をよぎった。
アメリカの薬は、それだけよく効くのだろう。信格は、そう思うことにした。
翌日から、地獄が始まった。
夜明け前のワイキキの砂浜を、何十往復と走らされた。足が砂に沈み、肺が焼け、何度も膝をついた。そのたびに沖田は、竹の棒で、信格の背中を容赦なく打った。
「立ちな。あんたの体は、もう相撲取りの体じゃいかんのだ」
午後は、ジムで鉄の塊を持ちあげさせられた。夜は、マットの上で、何百回と受身を取らされた。
薬は、驚くほどよく効いた。ひと月もすると咳は止み、ふた月目には血痰も出なくなった。三月が過ぎる頃には、腹の脂肪は削げ落ち、信格の体は、鎧のような筋肉に覆われていた。
ある日、沖田は、信格の張り手を見て首をかしげた。
「その手、掌で叩くより、こっちのほうが効くよ」
沖田は、自分の手の側面を、刀のように立ててみせた。
「掌は面で当たるが、手刀は線で当たる。同じ力でも、相手に食いこむ深さが違う」
信格は、手を刀の形に立て、砂袋に向かって、上から斜め下へ振り下ろした。
ずん、と鈍い音がして、砂袋の布が裂けた。
柱で何万回と覚えこませた角度に、刃がついた瞬間だった。
沖田が、目を細めて笑った。
「それだよ。それが、あんたの武器になる」
ホノルル シビック・オーディトリアム
試合が始まると、ホノルルの会場は、日系人の客で埋め尽くされた。
「力王山! 日本の力王山!」
日の丸の小旗を振り、年寄りも若い者も、目を潤ませて声援を送る。戦争のあいだ、敵国の民として扱われ、収容所に送られた者もいる人々だった。その彼らが、白人レスラーを手刀で薙ぎ倒す日本の大男に、熱狂していた。
ある夜の試合で、白人の相手を応援しに来ていた酔った水兵が、客席から、空のビール瓶を投げつけた。
瓶はリングの鉄柱に当たって砕け、飛び散った破片の一つが、信格の左の肩に、深々と突き刺さった。
試合を終えて控室に戻ると、信格は、肩に刺さった硝子の破片を、指で摘まんで引き抜こうとした。
「抜くんじゃないよ」
沖田の声が、鋭く飛んだ。
沖田は、信格の手首を、小さな手で掴んで止めた。
「刺さったもんは、医者が来るまで抜いちゃいかん。栓をしてるようなもんだからね。抜けば、そこから血が一気に出る。覚えときな」
信格は、舌打ちをして、手を下ろした。
医者が来て破片を取り除くまで、沖田は、信格の手首を離さなかった。
同じ頃 ホノルルの宿
試合のあと、控室の前には、いつも日系人たちの人だかりができた。
「力王山さん、うちで飯を食っていってください」
「娘に、サインを一つ」
信格は、その誰とも、まともに目を合わせなかった。宿に戻ると、沖田に向かって吐き捨てた。
「ここの連中は、なんだ。英語混じりの半端な日本語で、日本人の顔をしやがって。アメリカに尻尾を振ってるくせに」
沖田は、しばらく黙って、信格を見ていた。
「……あんたも、内地の生まれじゃないだろう」
信格の顔色が、変わった。
「わかるよ。わしも、沖縄の人間だからね。こっちの日系人の中でも、ウチナーは、内地の連中から一段下に見られる。言葉も、顔立ちも、ちょっと違うってだけでね」
沖田は、穏やかに笑った。
「どこの生まれでも、かまやしないさ。あんたは、強い。それで、十分だ」
信格は、何も答えなかった。その夜、信格は宿を抜け出し、ホノルルの裏町の酒場を、朝まで飲み歩いた。
それからの信格は、沖田に、何もかもたかるようになった。
飯は沖田の家で食い、酒は沖田の金で飲んだ。ファイトマネーが入っても、宿代すら沖田に払わせた。夜ごと酒場の女を連れ歩き、その勘定まで、沖田の名前でつけさせた。
沖田は、文句一つ言わなかった。
「若い頃は、そういうもんさ」
そう言って、黙って勘定を払いつづけた。
東京の秀貞からは、ひと月に一度、手紙が届いた。信格は、一通も封を切らなかった。ただ、毎月の給金の半分は、欠かさず大河原の事務所を通して、上野の部屋に送らせた。手紙は読まない。けれど、金だけは送る。それが、自分にできる精一杯だと思っていた。
昭和二十七年(一九五二年)六月 ホノルル港
アメリカ本土へ渡る船が、出航を待っていた。
ハワイで四か月、負けなしの快進撃を続けた力王山を、本土のプロモーターが呼び寄せたのだ。
埠頭には、日系の新聞記者たちが待ちかまえていた。
「力王山さん! ハワイで、あの手刀の技は、どうやって身につけたんですか!」
信格は、足を止めた。
記者たちの後ろに、沖田が立っていた。手には、風呂敷に包んだ握り飯を提げている。船の中で食えと、朝から握ってきたのだろう。
信格は、記者たちに向き直った。
「誰にも、教わっちゃいねえよ」
沖田の手が、わずかに揺れた。
「あれは、俺が相撲の稽古場で、一人で編み出した技だ。この島で覚えたことなんざ、何一つねえ」
ふっ、と、信格は口の端を吊りあげた。記者たちが、一斉に鉛筆を走らせた。
信格は、沖田のほうを一度も見ずに、タラップを上っていった。
汽笛が、鳴った。船が、ゆっくりと岸壁を離れていく。
甲板から見下ろすと、沖田は、まだ埠頭に立っていた。風呂敷の包みを提げたまま、小さく、手を振っていた。
信格は、背を向けた。
握り飯は、受け取らなかった。




