第98話 分裂
昭和三十九年(一九六四年)一月 東京・渋谷 力王パレス九階 社長室
社長室の窓から見下ろす渋谷の街は、正月の松飾りがまだ取れないうちから、五輪の年の熱気に浮き立っていた。
道玄坂の電信柱という電信柱に、五つの輪を描いた看板が括りつけられ、代々木の選手村の工事現場では、元日から槌音が途絶えることがなかった。首都高速の灰色の高架は、もう、街の空を幾筋にも横切っていた。
その社長室の、窓を背にした大きな革張りの椅子は、空いていた。
部屋の中央の応接の卓を、男たちが囲んでいた。三友電機の重役が二人。松木の局の編成局長。そして、大和プロレスの、残された幹部たちだった。
沢登が、慣れない背広の襟を何度も直しながら、卓の端に座っている。その隣に、芳村が、膝の上に分厚い帳面を広げていた。少し離れた窓際に、天道が、煙草もくわえずに立っていた。
松木の局の編成局長が、手元の紙を読みあげた。
「新しい体制は、以上のとおりです。社長には、沢登さん。経理と興行の帳尻は、芳村さん。外回りと、外国人選手の招聘は、天道さん。そして、看板は」
編成局長は、紙から目を上げた。
「郷馬くんです。金曜夜八時の枠は、これまでどおり、三友さんのお力添えで続けます。番組の名前も、そのまま。看板が替わるだけのことです」
三友の重役が、満足げに頷いた。
沢登は、何か言いかけて、口をつぐんだ。社長、という言葉が自分の名前の前に置かれたことが、まだ呑みこめていないような顔をしていた。
「それから」と、芳村が、帳面から顔を上げずに言った。
「先生が個人で持っておられた会社のことです。箱根のゴルフ場、赤坂の店への出資、浜町と赤坂の家。それに、先生が個人で借りておられた金が、相当な額ございます」
芳村は、帳面の頁を、指先で静かにめくった。
「大和プロレスの帳簿とは、切り分けさせていただきます。先生個人の借金は、先生個人のものとして、奥様に引き継いでいただく形になります。プロレスの興行の上がりで、それを埋めるわけにはまいりませんので」
部屋の中が、一瞬、静まり返った。
天道が、窓際から、芳村の横顔を見た。芳村は、少しも表情を変えなかった。額の古い傷跡が、窓から差しこむ冬の陽に、白く浮いていた。巡業先の旅館で、ほかの者が酔い潰れている夜にも、一人だけ帳面と算盤を広げていた男の顔だった。
「……ずいぶん、手際がいいな、芳村」
天道が、低く言った。
芳村は、穏やかに顔を上げた。
「帳尻は、あわせなければなりませんので」
それだけ言って、芳村は、また帳面に目を落とした。
同じ月 横浜 山下埠頭
冬の海は、鉛色に濁っていた。
天道は、埠頭の突端に、一人で立っていた。外套の襟を立て、両手をポケットに突っこんでいる。冷たい海風が、帽子の鍔を、何度も煽った。
二十年近く前、この港で、朝鮮人の荷役たちに混じって、汗を流していた。仲間だと思わせるために、言葉を覚えた。昼飯の握り飯を半分分けてくれた男たちの顔を、天道はいまでも、何人か覚えている。
天道は、外套の内ポケットから、使い古した黒い帳面を取り出した。
表紙の角は擦り切れ、綴じ糸は何度も繕った跡がある。十年分の、あの男の暮らしが、そこにあった。日付と、場所と、会った相手の名前。聞き取れなかったものは、聞き取れなかったと書いた。わからないことは、わからないと書いた。事実だけを、書いてきた。
天道は、最後の頁を開いた。
十二月八日。赤坂の料亭。後援会。それきり、何も書かれていなかった。あの夜、自分が誰に電話をかけたのかも、書かれていなかった。
天道は、しばらく、その白い頁を見つめていた。
それから、帳面を閉じ、腕を大きく振りかぶって、鉛色の海へ向かって投げた。
黒い帳面は、冬の空に小さな弧を描いて、波の上に落ちた。しばらく、波間に浮いたり沈んだりしていたが、やがて、潮に引かれて、沖のほうへ、ゆっくりと流されていった。
天道は、その黒い点が見えなくなるまで、埠頭の突端に立っていた。
昭和三十九年(一九六四年)三月 東京・羽田
羽田の出発口には、記者もカメラマンも、ほとんどいなかった。
熊木は、古い背広を着て、鞄を一つだけ提げて、搭乗口の前に立っていた。三年前に郷馬が着ていたような、銀座の仕立ての背広ではなかった。切符も、一等ではなかった。
アメリカへ行け、と言われたのは、正月が明けてすぐのことだった。言ったのは、松木の局の編成局長だった。向こうの興行師に話はつけてある、一年か二年、揉まれてこい、と。
体よく追い払われるのだということは、熊木にもわかっていた。郷馬が看板を張る新しい大和プロレスに、あの男に夜の海へ突き落とされた弟子の居場所は、なかった。それでも、熊木は、行くと答えた。
来年の春になったら、お前を、アメリカへやる。
去年の暮れ、道場のリングの上で、あの男はそう言った。郷馬と同じだ、向こうで揉まれてこい、名前も、こっちで考えておいてやる、と。
その約束が、あの男が死んだあとで、別の誰かの口を借りて、果たされようとしていた。
「寛人」
背後から、間延びした声がした。
振り返ると、沢登が、慣れない背広の上にくたびれた外套を引っかけて、息を切らして立っていた。手に、競艇の予想紙を丸めて握っている。
「間にあったか。よかった」
「沢登さん。社長が、こんなところに」
「社長なんて、柄じゃねえよ」
沢登は、喉の奥で笑った。それから、熊木の顔を、少しだけ真面目な目で見た。
「なあ、寛人。向こうで、うんと強くなってこい。それで、帰ってきたらな」
沢登は、声を落とした。
「俺と、一緒に、何かやろうぜ。大和でも、郷馬でもねえ、俺たちの、新しいやつをな。金のことは、心配すんな。競艇で、一発当ててやる」
熊木は、少しのあいだ、沢登の顔を見ていた。
「……考えておきます」
「おう。考えといてくれ」
沢登は、熊木の肩を、一度だけ強く叩いた。
搭乗の時刻を告げる声が、出発口に響いた。熊木は、沢登に深く頭を下げ、鞄を提げて、搭乗口へ向かって歩きだした。
タラップを上る途中で、熊木は、ふと足を止めた。背広の内ポケットに、手を当てた。そこには、何も入っていなかった。あの男が、二つに折った古い写真を、いつも入れていた場所だった。
いつか、ぶっ殺す。
その相手は、もう、どこにもいない。行き場を失った拳だけが、まだ、熊木の胸の中で、熱く握りしめられていた。
熊木は、タラップを上りきり、機内の、窓のない通路側の席に、長い体を折りたたむようにして腰を下ろした。
昭和三十九年(一九六四年)三月 夜 東京・赤坂 目立たない建物の一室
赤坂の、大通りから一本裏に入った坂道の途中に、看板も表札も出ていない、四階建ての白い建物があった。その最上階の一室に、大河原は、通されていた。
部屋の主は、窓を背にした机の向こうに座っていた。痩せた、金髪を短く刈りこんだアメリカ人だった。
十年あまり前、麻布の岸本の屋敷の奥座敷で、一人だけ椅子を用意されて座っていた、あの書記官だった。肩書きは、その後、何度か変わったと聞く。けれど、日本人と変わらないほど流暢な日本語と、少しも笑っていない目だけは、あの頃のままだった。
大河原は、机の前の椅子の端に、浅く腰かけていた。
世田谷の屋敷の座敷では、床の間を背に、悠然と膝を崩して座っている男だった。その前で、政財界の男たちのほうが、一度も膝を崩せずにかしこまっていた。その大河原が、この部屋では、両手を膝の上に揃え、背筋を伸ばして、相手の言葉を待っていた。
「……以上でございます」
大河原は、低く言った。
「大和プロレスは、郷馬に看板を掛け替えました。金曜夜八時の枠も、これまでどおり、三友が守ります。北の選手団の世話役の話は、立ち消えになりました。北系の団体の幹部も、こちらの意向は、よく呑みこんでおります」
アメリカ人は、大河原の報告を最後まで黙って聞き終えると、机の上の書類を一枚めくり、穏やかに頷いた。
「結構です。五輪は、滞りなく」
大河原は、椅子の端に浅く腰かけたまま、深く頭を下げた。それから立ちあがり、もう一度頭を下げて、静かに部屋を出ていった。
扉が、閉まった。
廊下を遠ざかっていく足音が、やがて聞こえなくなった。部屋の隅の机で、若い秘書が、タイプライターの手を止めて顔を上げた。
アメリカ人は、閉まった扉を、しばらく眺めていた。それから、窓の外の、工事の灯りが瞬く赤坂の夜景に目を移し、流暢な日本語で、ほとんど独り言のように言った。
「そろそろ、次の人形を考えておかなければいけませんね」
秘書は、何も答えずに、また、タイプライターを叩きはじめた。
窓ガラスに、アメリカ人の痩せた横顔が映っていた。その目は、さっきまで大河原が座っていた椅子のほうを、じっと見つめていた。




